まいにちポップス

1日1ポップス。エピソード、歌詞の和訳、謎解き、勝手な推理、などで紹介していきます

「ミセス・ロビンソン(Mrs. Robinson)」サイモン&ガーファンクル(1968)

 おはようございます。

 今日はサイモン&ガーファンクルの「ミセス・ロビンソン」です。


Simon & Garfunkel - Mrs. Robinson (Audio)

 

  "それでは乾杯 ミセス・ロビンソン

          イエスはあなたが思うよりもあなたのことを愛していますよ

    神のご加護を、どうか、ミセス・ロビンソン

    天国は祈るものの場所を用意しています

 

          私たちのファイル用にあなたのことを少し知りたいのです

          あなたが自分でやっていけるようになるお手伝いをしたいのです

     周りを見渡してみてください 同情している視線ばかり

     くつろいだ気分になるまで    グラウンドを散歩してください

 

   それでは乾杯 ミセス・ロビンソン

           イエスはあなたが思うよりもあなたのことを愛していますよ

      神のご加護を、どうか、ミセス・ロビンソン

      天国は祈るものの場所を用意しています

 

             誰も絶対行かない隠れ場所に隠してください

    貯蔵庫に入れるんです カップケーキと一緒に

    それは、ちょっとした内緒の、ロビンソン家の問題 

       なにより、子供達からは隠さなければいけないですよ

 

   すべてOK   ミセス・ロビンソン

           イエスはあなたが思うよりもあなたのことを愛していますよ

      神のご加護を、どうか、ミセス・ロビンソン

      天国は祈るものの場所を用意しています

 

   日曜の午後はソファでくつろいだり

   選挙候補者の討論会に行くんですね

   そこで笑ったり 叫んでみたり

   選ばなければならなくなったら

   どうみてもあなたの負けです

 

   どこに行ってしまったんですか?ジョー・デマジオさん

   国民はさみしい視線をあなたに向けていますよ

   あなたが言うことはなんですか?ミセス・ロビンソン

           ジョルティン・ジョー(ジョー・デマジオ)はもう行ってしまったんです”

                           (拙訳)

             

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And here's to you, Mrs. Robinson
Jesus loves you more than you will know
(Whoa, whoa, whoa)
God bless you, please, Mrs. Robinson
Heaven holds a place for those who pray
(Hey, hey, hey Hey, hey, hey)

We'd like to know a little bit about you for our files
We'd like to help you learn to help yourself
Look around you all you see are sympathetic eyes
Stroll around the grounds until you feel at home

And here's to you, Mrs. Robinson
Jesus loves you more than you will know
(Whoa, whoa, whoa)
God bless you, please, Mrs. Robinson
Heaven holds a place for those who pray
(Hey, hey, hey Hey, hey, hey)

Hide it in the hiding place where no one ever goes
Put it in your pantry with your cupcakes
It's a little secret just the Robinson's affair
Most of all you've got to hide it from the kids

Koo-koo-ka-choo, Mrs. Robinson
Jesus loves you more than you will know
(Whoa, whoa, whoa)
God bless you, please, Mrs. Robinson
Heaven holds a place for those who pray
(Hey, hey, hey Hey, hey, hey)

Sitting on a sofa on a Sunday afternoon
Going to the candidates' debate
Laugh about it, shout about it
When you've got to choose
Every way you look at this you lose

Where have you gone, Joe DiMaggio?
Our nation turns its lonely eyes to you
(Woo, woo, woo)
What's that you say, Mrs. Robinson?
Jolting Joe has left and gone away
(Hey, hey, hey Hey, hey, hey)

 

Writer/s: Paul Simon

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  1967年、ダスティン・ホフマン主演の映画「卒業」で使われ、翌68年にシングルとして全米1位に輝いた曲です。

 ”ミセス・ロビンソン”とは、ダスティン・ホフマン演じる主人公ベンジャミンが関係を持つ相手の名前です。彼女は父親の共同事業者の奥さんで自分の母親ほど年齢がはなれています。演じたのはアン・バンクロフトでした。ミセス・ロビンソンの娘がキャサリン・ロス演じるエレイン。

 結婚式の最中のエレインをベンジャミンが奪って逃亡するというクライマックスは、当時最も有名な映画のシーンの一つとして強烈なインパクトを残したものですが、さすがに50年もたつので、若い世代では知らない人がほとんどかもしれません。

 

 映画のシーンはこんな感じです。


The Graduate [1967] Mrs. Robinson (Alternative Version) Wedding Day Scene HD

 歌詞が違っていて

 (”Stand up tall, Mrs. Robinson God in Heaven smiles on those who pray”)

 リズムが、ボー・ディドリー風ですね。

 

 実は映画の段階では、曲が完成していなかったんです。

 映画用の曲を依頼されたポール・サイモンは2曲仕上げましたが、監督のマイク・ニコルズから却下され、マイクはサイモン&ガーファンクルの既存曲(「サウンド・オブ・サイレンス」「スカボロー・フェア」「4月になれば彼女は」)を先に映画にはめていました。

 ポールはルーズベルト大統領の奥さんで女性や黒人の権利のために活動したエレノア・ルーズベルトをイメージした「ミセス・ルーズベルト」という曲を書き始めます(歌詞の選挙候補者の討論会のくだりなどは、その名残だという説があります)。

 そのあと、映画の登場人物に合わせて「ミセス・ロビンソン」にしようかとも思って2つのパターンをいったりきたりしていたようですが、アート・ガーファンクルがマイクに「ミセス・ロビンソン」という曲があると話し、そんな曲があるならすぐ聴かせろという話になります。そして彼らが歌って聴かせるとマイクは気に入り採用されたので、自然と曲は「ミセス・ルーズベルト」ではなく「ミセス・ロビンソン」に決まったそうです。

 

 そしてあらためて自分たちのアルバム用にこの曲をレコーディングします。

”レッキング・クルー”のハル・ブレイン(ドラムス)、ラリー・ネクテル(ベース)にポール(ギター)という編成で、ハルはコンガも叩いたそうで、アート・ガーファンクルによるとコンガ、ベース、ギターは一本のマイクを囲むようにして録音したそうです。

 

 結果映画は大ヒットし「ミセス・ロビンソン」はグラミー賞のレコード・オブ・ザ・イヤーに輝きます。

 ただ大ヒットしただけではなく、映画も楽曲もスタンダードになっていきます。

 

 「卒業」はAFI(アメリカン・フィルム・インスティチュート)が選定する「アメリカ映画ベスト100」で1998年年版で7位、2007年版で17位に入り、”名作”の地位を揺るぎないものにしています。

 

 「ミセス・ロビンソン」は同じくAFIが2004年に選出した、映画で使われた歌「ベスト100」でなんと6位になっています。

 1位「虹の彼方に」(オズの魔法使い)2位「アズ・タイム・ゴーズ・バイ」(カサブランカ)3位「雨に唄えば」4位「ムーン・リバー」(ティファニーで朝食を)5位「ホワイト・クリスマス」の次、7位が「星に願いを」(ピノキオ)ですから、大スタンダードの仲間入りしていると言っていいのでしょう。

 

 20世紀中にテレビ、ラジオで最もオンエアされた曲ランキングでも7位、「サウンド・オブ・サイレンス」が18位、「明日に架ける橋」が19位ですから、それよりも上です。

 アメリカでサイモン&ガーファンクルと言ったら「ミセス・ロビンソン」なんですね。

   

 最後にかまかいところなんですが、歌詞に出てくる「Koo-koo-ka-choo」という言葉がどうも気になって調べたんですが、

 「ミセス・ロビンソン」が発売される数ヶ月前に発売されたビートルズの「アイ・アム・ザ・ウォルラス」で”Goo goo g'joob”というフレーズが出てきて、これはウォルラス=せいうち、の鳴き声とGood Jobを混ぜたものだという説もありますが、Koo-koo-ka-chooと聞こえた人も少なくなかったようです。

 

 これを聞いてポール・サイモンが使ったという可能性もあるように思います。

 海外の”Yahoo知恵袋”みたいなサイトで、Koo-koo-ka-chooもGoo goo g'joobも当時のヒッピーが使ったもので、"Everything is fine"とか"All good"というような意味だという意見があって、なんか腑に落ちたので僕の和訳ではそれを採用しました。

 あのポール・サイモンがサビの冒頭にわざわざ使うのだから、ただ面白がっただけじゃなく、何か多少意味はあるんじゃないかと思ったのです。ただし彼は歌詞が思いつかないとスキャットにしてしまう(「ボクサー」のライラライ〜とか)場合もあるので、

なんとも言えませんが。

 

 だいたい、ヒッピーの流行語をジョンやポールが採用したのか、まずは彼らの歌ありきでヒッピーたちに広まったのかということもわかりません。

 

ちなみに、Koo-koo-ka-chooという言葉はその後広がって言ったようで、「My Koo Ka Choo」なんて曲があったり、映画「ファインディング・ニモ」に出てくるウミガメの”クラッシュ”が口にしています。

 (開始42秒後あたりです)


Finding Nemo Turtle Scene

 

 "Koo-koo-ka-choo"について何かご存知の方はぜひ教えてください!

 

 

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「恋よ、さようなら (I'll Never Fall in Love Again)」ディオンヌ・ワーウィック(1969)

 おはようございます。

 今日はバート・バカラックの「恋よ、さようなら」です。


I'll never fall in love again - Dionne Warwick

 

 ”恋をしたら何がもらえるの?

     あなたの夢をぶち壊す男がひとり

   あんなに大変な思いをしてそれだけなんて

   もう二度と恋なんてしない

   もう二度と恋なんてしない

 

      男とキスしたら何がもらえるの?

   肺炎にかかるほどのバイ菌よ

   そうなったあとは あなたに絶対電話もくれないわ

    もう二度と恋なんてしない

    もう二度と恋なんてしないって知らないの?

 

  恋がどんなものかなんて私に言わないで

  だって恋をしたばっかりで 

  恋の鎖から抜け出して嬉しいの

  あなたもその鎖にしばられてるでしょ

     それを思い出させるために私はここにいるの

 

  恋をしたら何がもらえるの?

  嘘と痛みと悲しみばかり

  だから今は少なくとも明日までは

  もう二度と恋はしないわ

  だから、もう二度と恋はしないわ  ”       (拙訳)

  

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What do you get when you fall in love?
A guy with a pin to burst your bubble
That's what you get for all your trouble
I'll never fall in love again
I'll never fall in love again

What do you get when you kiss a guy?
You get enough germs to catch pneumonia
After you do, he'll never phone ya
I'll never fall in love again
Dontcha know that I'll never fall in love again?

Don't tell me what it's all about
'Cause I've been there and I'm glad I'm out
Out of those chains, those chains that bind you
That is why I'm here to remind you

What do you get when you fall in love?
You only get lies and pain and sorrow
So far at least until tomorrow
I'll never fall in love again
No, no, I'll never fall in love again

Ahh, out of those chains, those chains that bind you
That is why I'm here to remind you

What do you get when you fall in love?
You only get lies and pain and sorrow
So far at least until tomorrow
I'll never fall in love again
Dontcha know that I'll never fall in love again
I'll never fall in love again

 

Writer/s: HAL DAVID, BURT BACHARACH

 

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   軽やかで洗練された曲ですが、”男とキスしてもらうのは何?肺炎になるのに十分な菌だけ”となんていう歌詞が出てくるところが斬新です。

 しかも「肺炎(pneumonia)」と「あなたに電話する(Phone ya)」で韻を踏んでいるのですから。

 実はこの曲を作曲したバート・バカラックは、作った時に本当に肺炎にかかっていたそうです。

 

 ヒット・ポップスだけではなく、映画音楽も手がけ始めた、バート・バカラックとハル・デイヴィッドのコンビに注目していたのは、ブロードウェイの人気作家ニール・サイモンでした。

 プロデューサーのデイヴィッド・メリックがニールに一緒に仕事をしてみたい作曲家はいるかとたずねたときに、彼はバカラック&デイヴィッドならブロードウェイに新風を吹き込めるだろうと答えたのだそうです。

 そして、ニールは舞台化してみたい映画として「アパートの鍵貸します」(1960年ビリー・ワイルダー監督)をあげたそうです。

 (「アパートの鍵貸します」は出世のために、愛人との密会場所として上司に自分の部屋を貸すサラリーマンの悲哀を描いたロマンティック・コメディのバイブル的作品、アカデミー作品賞もとっています)

 

 そういった流れで、「アパートの鍵貸します」の舞台化作品「プロミセズ・プロミセズ」の音楽をバカラックとデイヴィッドが手がけることになりました。

 

 ミュージカルはほとんど出来上がりましたが、ブロードウェイではじめる前に、テストを兼ねて他の都市で公演するのが慣例らしく、まずボストンで初演されたそうです。

 

 そこでの舞台を見て、もう4曲曲を加えることになったそうですが、バカラックは肺炎にかかり入院することになったそうです。

 病院にはプロデューサーのメリックから容赦ない催促が頻繁にきたそうで、退院するとすぐにホテルで、彼はデイヴィッドと曲を書くことになります。気分は最悪だったそうですが。

 

 ハル・デイヴィッドはバカラックの肺炎にヒントをもらった例のくだりの入った歌詞を完成させていました。

 

「私はピアノの前に座り、ハルの歌詞を目の前にセットした。多分、気分があまり優れなかったせいだろう、わたしは<恋よ、さようなら>のメロディを人生最速のスピードで書き上げた」

            (「バート・バカラック自伝 ザ・ルック・オブ・ラヴ」)

 別のインタビューで彼は

「ハルと書いた中では、一番速くかけた曲かも。ボストンの病院から退院して、翌日のショウに間に合わせようと書いた曲だ」

            (「インスピレーション」ポール・ゾロ著)

 

 次の日がもう本番だったんですね。

 

   このブログでは、名曲、大ヒット曲の多くはあっという間にかけたものが多い、という法則のようなものを掲げていますが、バカラックだけは例外なようで、曲が完全にできあがったかたちで降りてくるという経験はまだ一度もしたことがないし、あまりにも簡単に浮かんでくるメロディは全く使いものにならないと思っているので時間をかけて見直す、と断言しています。

 

 しかし、この時のようなやむにやまれない状況の中では例外もあるんですね。

 そして、バカラック史上最速で書かれたというこの「恋よ、さようなら」はまぎれもない名曲だと僕は思います。

 

 最後にこの曲のカバーで僕の好きなディーコン・ブルーのカバーを。1990年にイギリスで2位まで上がるヒットになっています。


Deacon Blue - I'll Never Fall in Love Again

 

 

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「レディ・マドンナ(Lady Madonna)」ビートルズ(1968)

 おはようございます。

 今日はビートルズの「レディ・マドンナ」です。


The Beatles - Lady Madonna

 

 ”レディ・マドンナ 足元にしがみついている子供たちは

   あなたがいったいどうやってやりくりしているのか不思議に思っているよ

   家賃を払うときはそのお金は誰が見つけるの?って

   お金は天国から送られて来たかって思っていたかい?

 

       金曜の夜はスーツケースも持たずに到着し

    日曜の朝は尼さんのようにそうっとやってくる

  月曜の子供は靴紐の結び方を習った

        彼らの走る姿を見てごらん

 

  レディ・マドンナ 胸に抱えた赤ちゃんは

  あなたがどうやって他の子供たちを食べさせてるのか不思議に思ってる

 

  彼らの走りっぷりを見てごらん

 

  レディ・マドンナ ベッドに横たわって

  頭で鳴っている音楽を聴いている

 

  火曜の午後は終わりがなくて

        水曜の朝刊は来なかった

        木曜の夜はストッキングを縫わなくちゃ

 

   彼らの走る姿を見てごらん

 

   レディ・マドンナ 足元にしがみついている子供たちは

    あなたがいったいどうやってやりくりしているのか不思議に思っているよ”

                                            (拙訳)

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Lady Madonna, children at your feet
Wonder how you manage to make ends meet
Who finds the money when you pay the rent?
Did you think that money was heaven sent?

Friday night arrives without a suitcase
Sunday morning creeping like a nun
Monday's child has learned to tie his bootlace
See how they run

Lady Madonna, baby at your breast
Wonders how you manage to feed the rest

See how they run

Lady Madonna lying on the bed
Listen to the music playing in your head

Tuesday afternoon is never ending
Wednesday morning papers didn't come
Thursday night your stockings needed mending
See how they run

Lady Madonna, children at your feet
Wonder how you manage to make ends meet

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 この曲で印象的な

 ”See How They Run”というフレーズは、イギリスの古くからある童謡(マザーグース)「Three Blind Mice(三匹の盲目ねずみ)」に出てくるものです。


Three Blind Mice | Nursery Rhymes | Original Version By LittleBabyBum!

 Three blind mice. Three blind mice.

 See how they run. See how they run.

 They all ran after the farmer's wife,

 Who cut off their tails with a carving knife,

 Did you ever see such a sight in your life,

 As three blind mice?

 

 ”三匹の盲目のねずみ 三匹の盲目のねずみ 

 走る姿を見てごらん 走る姿を見てごらん

 みんなで農家の奥さんを追いかけてる

 大きな包丁で彼らの尻尾を切っちゃったのさ

 こんな光景見たことあるかい  三匹の盲目のねずみのさ”

 

 よく考えるとかなり酷い歌です。目が見えない上に尻尾を切られたらねずみの方向感覚は完全におかしくなるわけで、そんなねずみの走る姿を見てごらん?っていうのは、ちょっと、、。(昔の童謡には確かに、怖いものがけっこうありますが、、)

 ともかく、この歌はかなり浸透しているようで、アガサ・クリスティが「三匹の盲目のねずみ」という小説を書いていますし、ビートルズではジョン・レノンが「アイ・アム・ザ・ウォルラス」でこの”See How They Run”というフレーズを先に使っています。そういう前提もあって「レディ・マドンナ」でもわざとこのフレーズを入れたのでしょう。

 

 

 

 大書「ザ・ビートルズ史」を書いているマーク・ルイソンはこの曲のイントロをハンフリー・リトルトン・アンド・ヒズ・バンドの「バッド・ペニー・ブルース」との類似を指摘しています。ハンフリー・リトルトンはイギリスのジャズ界を代表するトランペッターです。


Humphrey Lyttelton and his Band 1956 Bad Penny Blues

 

 「レディ・マドンナ」を書いたのはほとんどポール・マッカートニーだと言われています。ピアノに向かってファッツ・ドミノをイメージしながら、ブルースっぽいブギウギを作ってみようと思ったそうで、具体的には「Blue Monday」という曲でした。


Blue Monday

    月曜から日曜までその曜日ごとの出来事を歌っている曲なので、「レディ・マドンナ」はあきらかにそれを踏襲しています。こちらは”毎日働きづくめ”という内容ですが。

 面白いのは「レディ・マドンナ」は木曜の夜にストッキングを縫わなければいけないのですが、「ブルー・マンデー」の男は水曜に靴下に穴を開けてしまうんです。ポールはわざと入れているんですね。

 そのファッツ・ドミノ本人も実は「レディ・マドンナ」をカバーしています。


Lady Madonna

 

 ”レディ・マドンナ”というタイトル、テーマの由来については、ポールは最初は聖母マリアをイメージしていて、それがリヴァプールの労働者階級の女性へと広がり、ひいてはあらゆる女性に向けたものにまで広がっていった、と語っていたといいます。

 

 また、2017年にポールは「ナショナル・ジオグラフィック」誌(1965年1月号)に掲載されていた、アメリカのフォト・ジャーナリスト、ハワード・ソチュレクが戦時中のベトナムで撮影したマレー・ポリネシアンの女性の写真がこの歌を書く大きなきっかけだったと「ナショナル・ジオグラフィック」の編集長に語ったと言われています。

  この写真の女性が大変誇り高く思え、聖母マリアのような、母と子を連想させたそうです。

 

 その写真と記事が掲載された「ナショナル・ジオグラフィック」のページ

 

  とても強い印象を残す写真です。確かに、足元には子供が胸には赤ちゃんがいます。それでも、この写真から来たインスピレーションとファッツ・ドミノが融合して「レディ・マドンナ」になる、というのは凡人の想像をはるかに超えたものだなあ、と思ってしまいます。天才の頭の中のことですからわからなくて当然ですが、創作とは本当に不思議なものだと思います。

 

 

 最後に、僕はずっと、レディ・マドンナが 子供を抱えてどうやってやりくりしているの?って不思議に思ってるのは歌い手だとずっと思っていたのですが、そう思っているのは彼女の子供たちなんじゃないかという気がしてきました。文章としては成り立ちますし。

 胸にしがみついている赤ちゃんも、ママは他の兄弟たちをどうやって食べさせているんだろう?って疑問に思っているっていう。

 もちろん、赤ちゃんがそんなこと考えるわけないわけですが、わざとそう歌詞にしているんじゃないかと。僕はこの写真を見ながら、子供達にもポールは思いを馳せたのではないかという気がして、あらためて歌詞を読み直したのです。

 

 ネットで和訳をされている方がたくさんいたので見てみると、ほぼ ”歌っている人目線”でしたが、”子供目線”の方もいらっしゃいました。僕はそちらに一票入れたいと思います。

 

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「チェイシング・ペイヴメンツ(Chasing Pavements)」アデル(2008)

 おはようございます。

 今日はアデルの「チェイシング・ペイヴメンツ」を。


Adele - Chasing Pavements

 

 ”もう心は決まっているの 考え直す必要もない

   たとえ私が間違っていても 正しくても

      これ以上見る必要はないの

      これは欲望などではなく これは愛なの だけど

 

   もし世界にこの気持ちを告げるなら

      きっと言い尽くせないわ

   あなたに言っているわけじゃないから

   そしてあなたに言うことが 私がやるべきこと

    もしあなたを愛しているなら

 

      あきらめるべきなの?

   それともただこの舗道を進み続けたほうがいいの?

    たとえどこにもたどりつけなくても

    それともこれは無駄なことなの?

    たとえ私が自分の立場をわかっていたとしても

    そこでやめたほうがいいの?

  あきらめるべきなの?

    それともただこの舗道を進み続けたほうがいいの?

     たとえどこにもたどりつけなくても

 

       もっと自分に自信を持って 空を旋回しながら待つの

  心が壊れそうになりながら 背中が痛みはじめても

  最後はこんな風になるの?それとも

 

  あきらめるべきなの?

     それともただこの舗道を進み続けたほうがいいの?

     たとえどこにもたどりつけなくても

     それともこれは無駄なことなの?

     たとえ私が自分の立場をわかっていたとしても

     そこでやめたほうがいいの?

  あきらめるべきなの?

     それともただこの舗道を進み続けたほうがいいの?

     たとえどこにもたどりつけなくても                           ”(拙訳)

 

 

  

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I've made up my mind
Don't need to think it over
If I'm wrong I am right
Don't need to look no further
This ain't lust
I know this is love but

If I tell the world
I'll never say enough
Cause it was not said to you
And that's exactly what I need to do
If I'm in love with you

Should I give up
Or should I just keep chasing pavements?
Even if it leads nowhere
Or would it be a waste?
Even If I knew my place  should I leave it there?
Should I give up
Or should I just keep chasing pavements?
Even if it leads nowhere

I'd build myself up
And fly around in circles
Waiting as my heart drops
And my back begins to tingle
Finally could this be it or

Should I give up
Or should I just keep chasing pavements?
Even if it leads nowhere
Or would it be a waste?
Even if I knew my place should I leave it there?
Should I give up
Or should I just keep chasing pavements?
Even if it leads nowhere yeah

Should I give up
Or should I just keep chasing pavements?
Even if, it leads nowhere
Or would it be a waste?
Even if I knew my place should I leave it there?
Should I give up,
Or should I just keep on chasing pavements?
Should I just keep on chasing pavements? Or

Should I give up
Or should I just keep chasing pavements?
Even if it leads nowhere
Or would it be a waste?
Even if I knew my place should I leave it there?
Should I give up
Or should I just keep chasing pavements?
Even if it leads nowhere

 

                           Writer/s: ADELE LAURIE BLUE ADKINS, FRANCIS EG WHITE

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  この曲はアデルのデビュー・アルバム「19」からのセカンド・シングルでした。

 「19」は当時の彼女のボーイフレンドとの関係がそのまま反映されているものだったようです。

「彼とは数ヶ月しか付き合ってなかったけど、ちょうどレコード会社と契約して曲を書かなければいけない時期で、ほとんど曲が書けていなかったから、彼について書いたの」

「かなり長い間曲が書けなかった。単なる楽しみのためとか、誰かが私にお金と時間を投資してくれるからという理由で曲を書くのは本当に難しいのよ。無理だった。それから、元カレに会って最初すごくいい感じで、それからはちょっとね、、。

 それから5週間で10曲書いたの。彼のことは今も好きで、彼のおかげでできたアルバムだった。彼が私を利用する以上に私が彼を利用したの。彼も気に入ってくれたわ。嫌なことではなかった。曲がラジオから流れてきたら気に入ってたわ。”オレの歌だ”とか言って。私は”失恋の歌よ、バカね”なんて言ったの」

 

 この「チェイシング・ペイヴメンツ」も彼との関係の中で生まれた歌で、ロンドンのウェストエンドのバーで飲んでいる時にケンカになり彼女が怒って飛び出したことがきかっけになったと「Qマガジン」のインタビューで語っています。

「彼は私を追いかけてこなかったのよ。だからそのまま走ったの。目の前に大きく広がる舗道( pavements)を見つめながら」

 その2日後に彼女はこの曲を書いたそうです。

 また、「ローリングストーン」のインタビューでは、ケンカの原因は彼氏の浮気だったと答えています。

「私は彼がいるパブに行って、彼の顔にパンチしたの。そしたら外に追い出されて、それで、そこから走り去ってゆくときに”chasing pavements”というフレーズが思い浮かんだのよ」

 

 僕はこの「チェイシング・ペイヴメンツ」は、切実ですごくいい曲だと以前から思っていました。でも、それが元カレとつかの間ヨリを戻した間の痴話喧嘩が元になっていると知りちょっと驚いたのは確かです。でも、がっかりしたというより、元ネタはどうあれ、彼女が歌うと”生涯に一度の恋”くらいに聴こえるよなあ、という方向にとらえ直して、かえって感心してしまいました。

 

 それに、生涯に一度の恋などしていたら、曲を書くどころじゃないかもしれないですね。元カレとヨリを戻すくらいが、客観性もある程度キープできて曲も書けそうです(正直どうかわかりませんが、、)。この曲もケンカの直後にタイトルを思いついて、2日後に書きあげたわけですし。

 

   また、曲を共作し、トラックを作ったのがエド・ホワイト。彼のところにやってきてアデルはこう言ったそうです。

「スケールが大きくて、ヒットしそうで、感傷的なバラードを作りたいの」

それに対してエドは「それにはぴったりな奴のところに来たね!じゃあ、やってみようか」と答えたそうです。

 やはりアデルさん、けっこう客観的になれていたみたいですね。

 

 

 ともかく、創作、ソング・ライティングというのは、たとえ”小さな種”でも、そこにイマジネーションが加わることによって大きく花になるんだなあ、とまた僕は思ったわけです。

 

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「ルージング・マイ・レリジョン(Losing My Religion)」 R.E.M(1991)

 おはようございます。

 今日はR.E.Mの「ルージング・マイ・レリジョン」です。


R.E.M. - Losing My Religion (Official Music Video)

 

 ”ああ、人生は思うより大きくて 君の存在よりも大きいんだ

  君は僕ではないけど 

     これから僕が進む距離の長さは  君の目には遥か彼方に見える

  ああ、僕はかなり言い過ぎた   やってしまった

      

     隅にいるのは僕だ  スポットライトを浴びているのも僕だ

  我を忘れて

     なんとか君についていこうとしている

  だけど、それができるかどうかわからない

     ああ 僕はしゃべり過ぎた 本当はしゃべり足りない

 

   君の笑い声が聞こえた気がした

   君の歌声が聞こえた気がした

      君がやろうとするのを見た気がしたと思うんだ

 

    起きている間に僕が囁いたことすべての中から

    僕は告白することを選んでいる

    君から目を離さないようにしながら

       まるで傷つき、道に迷い、目の見えない愚か者みたいに

    ああ、僕はかなり言い過ぎたかな   やってしまった

 

  よく考えて よく考えるんだ 最大のヒントを

     よく考えるんだ  跪くように転んで、失敗してしまったことを

  この空想がもっとエスカレートしたらどうなるだろう?

   また僕はしゃべり過ぎた

 

     君の笑い声が聞こえた気がした

     君の歌声が聞こえた気がした

        君がやろうとするのを見た気がしたと思うんだ

 

        だけどそれはただの夢 それはただの夢だったんだ

 

  隅にいるのは僕だ  スポットライトを浴びているのも僕だ

     理性を失って

       なんとか君についていこうとして

    それができるかどうかわからない

       ああ 僕はしゃべり過ぎた 本当はしゃべり足りない

 

        君の笑い声が聞こえた気がした

     君の歌声が聞こえた気がした

        君がやろうとするのを見た気がしたと思うんだ

  

        だけどそれはただの夢

   挑んで、泣いて、どうしてまた挑む

  それはただの夢 ただの夢 ただの夢  ”  (拙訳)

  

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Oh, life It's bigger
It's bigger
Than you and you are not me
The lengths that I will go to
The distance in your eyes
Oh no, I've said too much
I set it up

That's me in the corner
That's me in the spotlight
Losing my religion
Trying to keep up with you
And I don't know if I can do it
Oh no, I've said too much
I haven't said enough

I thought that I heard you laughing
I thought that I heard you sing
I think I thought I saw you try

Every whisper
Of every waking hour
I'm choosing my confessions
Trying to keep an eye on you
Like a hurt lost and blinded fool, fool
Oh no, I've said too much
I set it up

Consider this
Consider this
The hint of the century
Consider this
The slip
That brought me to my knees
Failed
What if all these fantasies
Come flailing around
Now I've said too much

I thought that I heard you laughing
I thought that I heard you sing
I think I thought I saw you try

But that was just a dream
That was just a dream

That's me in the corner
That's me in the spotlight
Losing my religion
Trying to keep up with you
And I don't know if I can do it
Oh no, I've said too much
I haven't said enough

I thought that I heard you laughing
I thought that I heard you sing
I think I thought I saw you try

But that was just a dream
Try, cry why try
That was just a dream, just a dream, just a dream

 

Writer/s: William Thomas Berry, Peter Lawrence Buck, Michael E. Mills, John Michael Stipe

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” Losing My Religion”は直訳すると”信仰を失う”ですが、この曲の歌詞を書いたR.E.Mのマイケル・スタイプによるとアメリカ南部特有の言い回しで「何かにひどくフラストレーションを与えられたときに」使うそうです。

 例えば、結婚式でおじさんが立ち上がってスピーチをはじめてやめそうもないと感じた時に、

 ”I almost lose my religion”

 などと言うようで、思った以上にカジュアルで日常的なもののようです。

 

 曲名とビデオ・クリップの印象で、”信仰心を失う”歌なのだと僕は長い間思い込んでいましたが、マイケル・スタイプは”報われない愛”についての歌なのだと語っています。

 

   R.E.Mの代名詞とも呼べる大ヒット曲であり、バンドのギタリストのピーター・バックいわく”カルトからリスペクトされるバンドから世界的なビッグ・バンドへと移行する”中核”となった曲でもあるこの「ルージング・マイ・レリジョン」は特殊な成り立ちでできた曲でした。

 

 何と言ってもマンドリンのフレーズが個性的ですが、曲自体がそのワンフレーズから発展していってできたものだったのです。

 

 1980年のバンド結成から10年近くが経ち、バンドのメンバーは何か大きな変化を求めていました。そこでギターのピーター・バックマンドリンをおぼえはじめ、家で練習を兼ねていろんなフレーズを録音していた中に、このフレーズがありました。

 (何かのフレーズに似ているとような気がして、かなりたってからそれが「戦場のメリークリスマス」だったと気づいた、と語っています)

 このリフを聴いて気に入ったドラマーと一緒に曲を作ってゆき、そこにベースが加わるという流れで、曲をどんどん膨らませていったようです。メロディ自体はものの5分でできたそうです。

 そして最終的にそれを聴いたのが、バンドのボーカル、ソングライターのマイケル・スタイプで、彼はポータブル・レコーダーとタイプライターに向かい1時間ほどでこの歌詞を書いたといいます。歌詞を書いている時彼は瞑想状態になったらしく、”Losing My Religion"と言う言葉が浮かぶとそこから一気に歌詞ができていきました。

 

 そのときに彼が思い出したのはポリスの「見つめていたい」で、彼はこの曲を”史上最も美しい、気味の悪い歌”だと称し絶賛していて、愛されている対象の人物が歌の主人公の存在に気づいているかどうかもわからない、ストーカーかもしれない、それと同じことを自分もやってみようと思った。

 ただし、彼は”心の脆弱性”(Vulnerability)という主題に、歌を落とし込むことにしました。

 確かに、歌詞をあらためて読んでみると、主人公の気持ちの独白が続いてゆくだけで、本当に相手が目の前にいるのかどうかもわかりません。

 自分で勝手に葛藤し妄想して空回ってゆく思い、そういうことが愛でありラヴソングなのだとマイケルは語っています。

 

 マンドリンの短いリフがきっかけで生まれ、バンドによって音楽的に膨らんでゆき、そこに歌詞でイメージが付与され、その世界観と”Losing My Religion”という言葉から、ビデオ・クリップが新たなイメージを加えてゆく。そして、そこにリスナーはそれぞれが自分なりの解釈を加えてゆくわけです。

 

 ”小さな種”(マンドリンのリフ)が、様々な人間のイマジネーションという栄養を吸収してゆき大きな花になってゆく、そんな映像が浮かぶようです。

 すぐれた楽曲とは、そういう多様なイマジネーションを引き寄せることができるものなのかもしれません。

 

 

          (参考:「SONG EXPLODER 音を紡ぐ者」(Netflix)、Songfacts)

 

 

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「ビューティフル・サンデー(Beautiful Sunday)」ダニエル・ブーン(1972・1976)

 おはようございます。

 今日はダニエル・ブーンの「ビューティフル・サンデー」を。


Daniel Boone - Beautiful Sunday 1972 (Original Stereo)

 

  "日曜日の朝 ひばりの声とともに目覚めた

 公園に散歩にでも行ってみようかな

 ヘイヘイヘイ、素晴らしい日じゃないか

 僕を待ってくれている人がいる

 会ったら、彼女はきっとこう言うのさ

 ヘイヘイヘイ、なんて素敵な日なんでしょう

 

 やあ!素晴らしい日曜日

 これが僕の最高の一日

 君が僕を愛しているって言ってくれたから

 それはもう素晴らしい日だよ

 

  鳥たちは歌い となりには君がいる

  車でちょっとドライヴしよう

     ヘイヘイヘイ、素晴らしい日じゃないか

 

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Sunday morning, up with the lark
I think I'll take a walk in the park
Hey hey hey, it's a beautiful day
I've got someone waiting for me
And when I see her I know that she'll say
Hey hey hey, what a beautiful day

Hi hi hi, beautiful Sunday
This is my my my beautiful day
When you said said said said that you loved me
Oh my my my its a beautiful day

Birds are singing, you by my side
Lets take a car and go for a ride
Hey hey hey, it's a beautiful day
We'll drive on and follow the sun
Making Sunday go on and on
Hey hey hey it's a beautiful day
Hi hi hi, beautiful Sunday
This is my my my beautiful day
When you said said said said that you loved me
Oh my my my its a beautiful day

Hi hi hi, beautiful Sunday
This is my my my beautiful day
When you said said said said that you loved me
Oh my my my its a beautiful day

Hi hi hi, beautiful Sunday

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  今聴くとびっくりするくらい明快で陰のない歌です。

  そして、これが日本の洋楽史上最大のヒット曲です。

 オリコン総合チャートで15週もの間1位を独走し、 シングルの売り上げ総数は192万4千枚で、洋楽の史上2位がセリーヌ・ディオンの「トゥ・ラヴ・ユー・モア」(126万4千枚)3位がマライア・キャリーの「恋人たちのクリスマス」(109万4千枚)ですから、”CDバブル期”の大ヒット曲を遥かに突き放すような売れ方をしています。

 

 この曲が大ヒットした1976年のヒット曲を見てみると、年間1位は日本の音楽史上最大のヒット曲「およげ!たいやきくん」(453万6千枚)で、2位がこの「ビューティフル・サンデー」、3位が都はるみの「北の宿から」(87万6千枚)4位が太田裕美の「木綿のハンカチーフ」(86万7千枚)で、国民的ヒットだった「北の宿から」や「木綿のハンカチーフ」の倍以上売れているというのはちょっと普通じゃない感じがします。

 

 しかも、”歌のおにいさん”田中星児がカバーしたヴァージョンも51万9千枚も売れているのです。

 当時僕は小6で、夏休みのラジオ体操の会場や、運動会でも「ビューティフル・サンデー」がかかっていたような記憶はあるので、相当なヒットだったとは思うのですが、それにしても、、と思ってしまう爆発的な売れ方です。

 

 

  ダニエル・ブーンはイギリスのシンガー。本名はピーター・チャールズ・グリーンといいます。1950年代終わりころから音楽活動を始め、1963年にリー・スターリングという芸名にしてレコードを出しています。


Lee Stirling - My Heart Commands Me - Columbia : DB 4992 DJ (45s)

 その後、ピーター・リー・スターリングという名前でリリースを続けますがヒットを生み出すことはできませんでした。しかし、作家としてはマージービーツの「I Think Of You」(全英5位)などいくつかヒット曲を書いています。

 1971年に彼は、キンクスのマネージャーとして知られるラリー・ペイジのレーベルと契約、その際に芸名を、アメリカの西部開拓期のヒーローの名前である”ダニエル・ブーン”に変更します。

 そこでの第一弾シングル「Daddy Don't You Walk So Fast(行かないでパパ)」は全英17位のスマッシュヒットを記録しました。


Daniel Boone - Daddy Dont You Walk So Fast

  そして1972年、彼がロッド・マックィーンと共作した「ビューティフル・サンデー」を聴いたスタッフはヒットを確信し、翌週にはレコーディングしたそうです。そして、曲はイギリスで21位までしか上がりませんでしたが、アメリカでは15位、そして、ドイツ、ニュージーランドノルウェイ南アフリカでは1位になるなど世界的な大ヒットになりました。

 このタイミングで日本でも「すてきなサンデー」という邦題でリリースしたそうですが、ほとんどヒットしませんでした。

 ヒットするのは4年後の1976年、TBSの朝の情報番組『おはよう720(セブンツーオー)』内の看板コーナー「キャラバンII」(車でユーラシア大陸を横断する企画)のテーマ曲になったのです。これは西ドイツのロケで現地ドライバーが車でかけていたのを番組スタッフが”やる気が出る曲だ”と気に入ったことがきっかけだったそうです。

 シングルを発売するとすぐさま爆発的に売れたそうですから、番組の影響で発売前から相当盛り上がっていたのでしょう。

 そして2週間後には日本語のカバーが2ヴァージョン発売されます。

   ひとつは最初に触れた田中星児のカバー。彼は「おはよう720」が終わった後同局の8時からの番組「8時の空」に出演していて、「8時の空」のテーマとのカップリングでリリースしています。

 


Beautiful Sunday

 当時から「すば!すば!すば!すばらしいサンデー」という言葉のはめ方の猛烈な違和感が、心にずっとひっかかっていました。しかし考えて見たら、強引でもなんでも、聴き手の記憶に残れば、ヒット・ソングとしては”勝ち”なんでしょうね。訳詞は「亜美ゆう」という名義になっていて、これは田中星児ご本人との説もありますが真偽はどうなんでしょう?

 

 そして同日に発売されてなかなかヒット(オリコン9位)したのがトランザムのカバー。

 今では後藤次利が在籍していたことで知られていて、当時たくさんのCM曲を歌っていたバンドでした。


トランザム - ビューティフルサンデー /

 ”隣に住んでる 下宿屋のマドンナ ヘイ ヘイ ヘイ 出ておいでよ
カーテンとざして あなたは泣くだけ ヘイ ヘイ ヘイ 訳きかせて”

 

 田中星児の歌詞は原曲のイメージに近いのに対してこちらの歌詞は、かなり独自の世界に行っています、、。歌詞は松本隆、なるほど、という感じですね。

 

 そのほか当時のNHKの歌番組「ヤング101」のメンバーや、「北の宿から」が大ヒット中だった都はるみまでカバーしています。

 

 まず、番組タイアップでの盛り上がりがあって、それを日本語カバーがいちだんと盛り上げていった、という流れがあったわけです。

 ただ、それだけでは200万枚近い特大ヒットとなった根拠としては、何か足りない気がします。

 

 僕が興味を持ったのは、この曲が”メジャーで明るい”ことです。この時代の大ヒット曲の中ではかなり異例だと感じるほどです。

  1970年代前半の年間オリコンチャートを見直すと、演歌、歌謡曲、フォーク、びっくりするくらいマイナーキーの叙情的な曲で占められていることに気づきます。

およげ!たいやきくん」だってマイナーキーですし。

 洋楽でも「ビューティフル・サンデー」以前の最大のヒットを調べてみると、サイモン&ガーファンクルの「サウンド・オブ・サイレンス」(81万枚)で、洋楽も叙情的なメロディのもののほうが日本では売れる傾向が強かったわけです。

 

 マイナー調が日本人の本来の気性に合うのは間違いないですが、そういう曲があまりに多すぎて、さすがに”揺り戻し”もあったのかな、などとも思います。

 (「木綿のハンカチーフ」や、あおい輝彦「あなただけを」などメジャーで軽快な曲が他にもヒットしていましたし)

 

 それまでのオリコン年間シングル・チャートの1位は、さくらと一郎「昭和枯れすすき」(1975)殿様キングス「なみだの操」(1974)ぴんからトリオ「女のみち」(1973)という風に、演歌の中でも一番”ベタで濃いもの”が売れていたわけですから。

 

  そして、1973年のオイルショックで落ち込んだ景気が順調に回復してきた時期でもありますから、社会的にもパッと前向きな歌のニーズがあったのかもしれません。そんなとTVで毎朝元気になる曲としてイメージが作り上げられ、同時に「明るく楽しい日曜日」というテーマを持っていたこの曲はまさにうってつけだったのでしょう。

 

 個人個人が自分の好みで欲していたものではなく、社会全体のムードが欲していた歌、だったのじゃないかと、僕は推測するのです。その大きなムードに大衆が同調していった、と。おかしな表現になってしまいますが、”公共ポップス”とでもいいますか。

 でなかったら、あれほど公共の場でこの曲を耳にするはずはないと思うのです。

 

 そんなことを考えると「ビューティフル・サンデー」人気は、洋楽というくくりとはほとんど関係のないものじゃないかとも思うのですが、だとしたら一層親しみやすい田中星児の方が売れても良さそうなものですから、洋楽であることがなにかプラスに働いたのも間違い無いでしょう。

 

 この曲以降で、これに近いウケかたをしたのは「YMCA」だったように思いますが、こちらは西城秀樹のカバーの方が全然売れていましたし。

 

 毎朝TVで海外を冒険し旅する映像とともにこの曲が流れていたことが、大きいのかもしれません。

 ”ど演歌”に象徴されるようなドメスティックな閉塞感から、解放されたいという気分があったのでしょうか。そのために洋楽の方がよかった、と。あくまでも僕の想像ですが。

 「ビューティフル・サンデー」の次にこの年に売れた洋楽はジグゾーの「スカイ・ハイ」でした。人気プロレスラーのテーマ曲として火がついたものでしたが。ともかく、日本人らしいウェットな叙情的なものから、抜け出そうというムードが、この当時やはりあったように僕は思います。

 

 

 そういえば、「ビューティフル・サンデー」を耳にすることが本当になくなったなあ、などと思いながら、この曲のことを調べていたのですが、びっくりするような事実を知りました。この曲が伊丹市などで「盆踊り」のレパートリーとして定着しているというのです。田中星児のヴァージョンのほうですが。

 この曲、やっぱりもはや洋楽じゃないのかもしれないですね。


【盆踊り】ビューティフルサンデー 田中星児 伊丹ふれあい夏まつり

 

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「愛に賭けて(How Do I Survive)」エイミー・ホーランド(1980)

 おはようございます。

 「恋のサバイバル(I Will Survive)」の少しあとに、やはり”Survive”をタイトルに入れた曲がヒットしました。エイミー・ホーランド。マイケル・マクドナルドの奥さんです。


AMY HOLLAND - How Do I Survive (1980)

 

  "ただ微笑んで ものごとを簡単に割り切ってしまえるほど

 私は強くないの これ以上強気なフリなんかできない

 

 私はいつもあなたがくれるものなら

 何でももらって当然だと思っていた 

 あなたはまったく知らないと思うけど

 

 私の心に疑いなんて全然なかったから

 それがどう言う意味だったのか

 あなたがいなくなったら 私は誰を頼ればいいの

 

 どうやって生きていけばいいの もしあなたをなくしたら

 どうやって生きていけばいいの もし心に痛手を負ったら

 

 あなたの虜になってしまったことは言い訳できない

 ずっとそうなるなんて思ってもいなかった

 だけど一緒の時間が長くなると あなたに頼るようになったわ

 他にどうすればよかったって言うの?

 

 私の心に疑いなんて全然なかったから

 たやすいことじゃない

 だけど、あなたがこんなに大切な人だって気づかなかったの 

 

 どうやって生きていけばいいの もしあなたをなくしたら

 どうやって生きていけばいいの もし心に痛手を負ったら  ”(拙訳)

*******************************************************************

I'm not strong enough
Just to smile and make things easy
I can't put on that brave face anymore

I always took it for granted
That I could take whatever you gave me
I guess you never really know for sure

'Cause there was never a doubt in my mind
How it was meant to be
So who do I turn to darlin' if you should leave me?

How Do I Survive, if you break my heart?
How Do I Survive, if you break my heart?

I've got no excuses for being your fool
I never thought that it would be forever
But after so much time together, I've come to depend on you
What else am I supposed to do?

'Cause there was never a doubt in my mind
It wouldn't be easy
But I never realized how much you mean to me

How Do I Survive, if you break my heart?
How Do I Survive, if you break my heart?

But there was never a doubt in my mind
How it was meant to be
So who do I turn to darlin' if you should leave me?

How Do I Survive, if you break my heart?

***************************************************************

 

 AORファンにはお馴染みの曲だと思いますが、全米最高22位ですから中ヒットくらい、ややマニアックかなと思ったのですが、調べてみたら当時来日して「夜のヒットスタジオ」や「ヤングおー!おー!」(懐かしい、、)などに出演していたようです。その「ヤングおー!おー!」の動画がアップされていました。


Amy Holland - How Do I Survive

 海外のアーティストとはいえ彼女は”ソコソコのヒットを出した新人”でしかないわけですから、当時の日本の担当者は番組に出演させるために相当頑張ったのでしょう。とはいえ、決して派手ではない彼女のようなシンガーが日本のメジャーのTV番組に出演できたということは、”都会的なポップス”が当時の新しい潮流として大きく注目されていた証拠ではないかと僕には思えます。

 

 「あなたに捨てられたら、どうやって生きていけばいいの?」という、よくある(?)パターンですが、"Live"じゃなく"Survive"を使ったのがポイントでしょう。グロリア・ゲイナーの「恋のサバイバル(I Will Survive)」が流行したての時期でしたので、当然作者も”狙って”使ったのでしょう。

 実はこの曲はカバーで、もともと歌っていたのは男性でした。「君に捨てられたら、僕はどうやって生きていけばいいんだ?」という歌だったんですね。

 作者であるイギリスのミュージシャン、ポール・ブリスが自身が率いる”ブリス・バンド”のレパートリーとして1979年に発表しています。


The Bliss Band - How Do I Survive (1979)

 

 イングランド・ダン&ジョン・フォードのダン・シールズが1980年にこれと近いアレンジでカバーをしています。

 

  このブリス・バンドはイギリスのバンドでしたが、ライヴでイギリスに来ていたドゥービー・ブラザーズのジェフ・バクスターが偶然彼らのデモを耳にして気に入り、ジェフがプロデュースするということでメジャー契約を勝ち取り、ドゥービーの全米ツアーのオープニング・アクトに抜擢されたという経緯があります。

 スティーリー・ダンに憧れていた彼らは、当時パンク、ニューウェイヴ旋風が吹き荒れていたイギリスでは自分たちのような音楽は売れないと思っていたそうですから、それは願ってもないチャンスだったのです。

 

  エイミー・ホランドはニューヨーク出身でしたが、シンガー・ソングライターになるために十代でLAに移住し、やはりミュージシャンになるためにセントルイスからLAに移ってキーボーディストとして活動していたマイケル・マクドナルドとも出会っていました。

 彼女がメジャーデビューを果たしたのはLAに来てから10年もたっていましたが、プロデュースをやることになったマイケルはちょうどドゥービー・ブラザースの中心メンバーとして「ホワット・ア・フール・ビリーヴス」が大当たりして”時の人”になっているというちょうどいいタイミングでした。

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 詳しい経緯はわかりませんが、先にマイケル・マクドナルドがプロデュースを買ってでたことがプラス材料になって、レコード契約に至った可能性もあるように思います。。

 

 そして、デビュー曲に選ばれたのが、ブリス・バンドの二枚目のアルバム「ネオン・スマイルズ」に収録されていた「愛に賭けて」だったのです。マイケル・マクドナルドは当然ブリス・バンドを知っていたわけですから、彼の選曲だったのじゃないかと思います。

 

 その頃、この曲を書いたポール・ブリスは”ブリス・バンド”のアルバムが二枚とも全く売れず、失意の日々を送っていたそうです。そこで、他の人に曲を書くことにシフトすることを思い立った彼は、ブリス・バンドの契約が終了したこともあり、作家として自分をあらためて売り込み、オリヴィア・ニュートン・ジョンシーナ・イーストンジャネット・ジャクソンなどに曲を提供するに至っています。また、キーボーディストとしてムーディー・ブルースにも参加していた時期があったようです。

 

 エイミーはこの曲のヒットでグラミー賞の最優秀新人賞候補にまでなりました。その後はヒットは出ませんでしたが、マイケル・マクドナルドと結婚し彼をサポートしながら現在もコンスタントに音楽活動を続けています。

 

 最後に作者のポール・ブリスが1997年に再度レコーディングしたヴァージョンを。

ブリス・バンドのものより”スティーリー・ダン寄り”になっているように思います。


Paul Bliss - How Do I Survive (1997)

 

 

 

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