おはようございます。今日はトレイシー・チャップマンの「ファスト・カー(Fast Car)」です。
You got a fast car
I want a ticket to anywhere
Maybe we make a deal
Maybe together we can get somewhere
Any place is better
Starting from zero, got nothing to lose
Maybe we'll make somethin'
Me, myself, I got nothing to prove
You got a fast car
I got a plan to get us outta here
I been working at the convenience store
Managed to save just a little bit of money
Won't have to drive too far
Just across the border and into the city
You and I can both get jobs
Finally see what it means to be living
See, my old man's got a problem
He lives with a bottle, that's the way it is
He says his body's too old for workin'
His body's too young to look like his
When mama went off and left him
She wanted more from life than he could give
I said, "Somebody's gotta take care of him"
I quit school and that's what I did
You got a fast car
Is it fast enough so we can fly away?
We gotta make a decision
Leave tonight or live and die this way
So I remember when we were drivin', drivin' in your car
Speed so fast, I felt like I was drunk
City lights lay out before us
And your arm felt nice wrapped 'round my shoulder
And I had a feeling that I belonged
I had a feelin' I could be someone
Be someone, be someone
You got a fast car
We go cruisin', entertain ourselves
You still ain't got a job
And I work in a market as a checkout girl
I know things will get better
You'll find work and I'll get promoted
And we'll move out of the shelter
Buy a bigger house and live in the suburbs
So I remember when we were drivin', drivin' in your car
Speed so fast, I felt like I was drunk
City lights lay out before us
And your arm felt nice wrapped 'round my shoulder
And I had a feeling that I belonged
I had a feelin' I could be someone
Be someone, be someone
You got a fast car
I got a job that pays all our bills
You stay out drinkin' late at the bar
See more of your friends than you do of your kids
I'd always hoped for better
Thought maybe together, you and me'd find it
I got no plans, I ain't going nowhere
So take your fast car and keep on drivin'
You got a fast car
Is it fast enough so you can fly away?
You gotta make a decision
Leave tonight or live and die this way
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あんたは速い車を持っている
私はどこかに行けるチケットがほしい
取引できるかも、一緒にどこかに行けるかも
どこだってここよりマシ
ゼロから始めるの、失うものなんてない
何かを作り出せるかも
私を、私自身を、証明するものは何もない
あんたは速い車を持っている
私はここを抜け出すプランがある
コンビニで働いて、少しだけお金を貯めたの
そんな遠くまで行かなくても
国境を越えて そこの街に入るだけでいい
あんたも私も仕事を見つけて
そしたら、「生きる」ってどういうことか分かるよ
父親には問題があって
毎日酒瓶が手放せない、そんなありさま
「もう仕事をするには年を取りすぎた」って彼は言うけれど
そんな風に見えるには若すぎる
母親が家を出て行ったとき
彼女は彼が与えられる以上のものを人生に求めたの
私は言ったわ、「誰かが彼の面倒を見なきゃ」って
学校を辞めた、それが私のしたこと
あんたは速い車を持っている
それは私たちが飛んでいけるくらい速いのかしら?
私たちは決断しなきゃいけない
今夜出て行くのか、それともこのまま生きて死ぬのか
覚えている、あんたの車で走ったときのこと
スピードが速すぎて、酔っ払ったみたいだった
街のあかりが目の前に広がっていて
私の肩を抱いたあなたの腕が心地よかった
そして、私の居場所を感じた
「私だって何者かになれる」って思えた
何者かに、何者かに
あんたは速い車を持っている
私たちは楽しむために走りまわった
あなたはいまだに仕事がなくて
私は市場でレジ係として働いている
でも、きっと状況は良くなる
あんたは仕事を見つけて、私は昇進する
そしたらこの仮住まいを出て、大きな家を買って郊外に住む
覚えている、あんたの車で走ったときのこと
スピードが速すぎて、酔っ払ったみたいだった
街のあかりが目の前に広がっていて
私の肩を抱いたあなたの腕が心地よかった
そして、私の居場所を感じた
「私だって何者かになれる」って思えた
何者かに、何者かに
あんたは速い車を持っている
私は全部の生活費を払う仕事を手に入れた
あんたは夜遅くまでバーで飲んでいて
友達といる方が、子供たちといるより長い
私はいつだってもっと良くなることを望んでた
あんたと一緒ならそれを見つけられると思ってた
でも、もうプランはないし、どこへも行くつもりもない
だからあんたのその速い車で、走り去っていけばいい
あんたは速い車を持っている
それはどこかに行ってしまうのに十分な速さかしら?
あんたは決断しなきゃいけない
今夜出て行くのか、それともこのまま生きて死ぬのか (拙訳)
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ユーロビート、ニュージャック・スウィングなど”にぎやかな”ダンス・ミュージックが巷に溢れていた1980年代後半に、”揺り戻し”のように現れた、”地味な”ヒットソング、僕はそんな印象を持っていました。
今回、あらためて和訳してみて、とんでもない完成度の楽曲だと思い知らされました。貧困層の男女が陥ってしまう”負のループ”を実に淡々と、しかし鮮やかに描いています。優れた映画や小説に接した時の感覚に近いです。しかもこれがデビュー曲とは。。
実際に彼女は貧困の中を生きてきました。、両親が幼い頃に離婚し、シングルマザーとなった母が福祉手当をもらいながら彼女と妹を育てたのです。読書好きだった彼女はそのせいでいじめられたこともあったといいます。教育の行き届かない環境ではそういうことも起こりうるのでしょう。
貧困から抜け出すには学校に行くしかないと考えた彼女は、運よく私立寄宿学校への奨学金を得て、その後タフツ大学に進みます。しかし、まわりの学生たちの多くは貧困とは無縁で、あらためて人種問題やそれに関連する経済格差の問題を意識するようになった彼女はそういう歌を作り、歌っていくことになります。
貧しいとはいえ彼女のまわりにはいつも音楽がありました。音楽好きで教会やナイトクラブで歌っていたという母親が、お金がないのに40ドルのオルガンを買ってくれたことを彼女はよく覚えているそうです。そして12歳になるとギターを弾き始め、やがて曲も作るようになります。大学時代はボストンのコーヒー・ハウスや広場で精力的にパフォーマンスするようになります。
そしてデビューのチャンスをつかんだわけですが、この「Fast Car」がヒットしたのには意外なきっかけがありました。
1988年6月11日にイギリスのウェンブリー・スタジアムで行われた、ネルソン・マンデラの70歳の誕生日を祝うコンサートでのことでした。マンデラは南アフリカ共和国初の黒人大統領で、人種差別政策であるアパルトヘイトの撤廃に尽力し、多くのアーティストからリスペクトされていました。ホイットニー・ヒューストン、ピーター・ガブリエル、ジャクソン・ブラウンといった大物アーティストも出演したこのイベントで彼女は3曲を演奏し出番を終えました。しかしメインの一人だったスティーヴィー・ワンダーの機材トラブルのため、急遽、彼女が再びステージに登場しアコースティックギター一本で「Fast Car」を演奏することになったのです。
このパフォーマンスがきっかけとなり、曲はチャートを駆け上がり、イギリスで5位、アメリカでは6位まで上昇。アメリカでは彼女のアルバムが1位を記録しました。
「Qマガジン」のインタビューで、彼女はこう語っていたそうです。
「この曲は実際の車についての曲ではありません……基本的には、最初から間違った地点で始まったためにうまくいかなくなった関係についての曲です。」
主人公は男の速い車に乗せられて、そのスピードに酔いしれて、このままどこかに行って新しい人生を始めたいと夢想し実際に行動に移すわけですが、考えてみれば、たいして金もないくせに速い車を持っているような男に、生活を改善し向上させていくような”甲斐性”があるわけがないですよね。それでも、生活に苦しむ人々こそ、現実を忘れられるような息抜きが必要で、車を思い切り走らせることは、手っ取り早くかつ効果の大きい行動だというのも間違いないでしょう。
そういう意味では、<速い車>とは、いろんな意味を含んでいて、労働者階級の男女の”間違った出発点”を見事なまでに象徴していると思います。
人間が生きている限り貧困があり、そこから脱出しようとあがき、自分だって何者かになれるはずと切実に願う人々は数多くいるわけで、そういう意味ではこの曲の説得力は時代にまったく左右されるものではないはずです。
21世紀に入ってもこの曲は支持され続け、2015年にはイギリスのDJ、ジョナス・ブルーがこの当時流行っていた”EDM"としてカバーすると、イギリスで2位、アメリカのダンス・クラブ・チャートで1位、MVはYouTubeで6億回以上再生されています。
そして2023年にカントリー歌手のルーク・コムズがこの曲をカバーすると、全米2位、カントリーチャートでは1位を記録しています。
黒人女性が単独で書いた曲がカントリーチャートで1位になるのは史上初のことで、また2023年のカントリー・ミュージック協会の最優秀楽曲賞も受賞し、これもまた黒人女性初の快挙だったそうです。
2024年のグラミー賞の授賞式で、彼女とルークがこの曲を共演していますのでその映像を最後に。アムネスティのコンサートから35年もたっているのに、全く変わらないですね。長い年月ずっと同じ歌を歌ってゆくとどこかしら”こなれれしまった”ところがどんなアーティストにも出てくるものですけど、彼女の場合は全くそれがなくて、余計なものがいっさいない、彼歌うたたずまいの純粋さに驚かされます。
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