まいにちポップス(My Niche Pops)

令和初日から毎日、1000日連続で1000曲(せんきょく)を選曲(せんきょく)しました。。。古今東西のポップ・ソングのエピソード、洋楽和訳、マニアックなネタ、勝手な推理、などで紹介しています。キャッチーでメロディアスなポップスは今の時代では”ニッチ”なものになってしまったのかなあとも思いますが、このブログを読んでくださる方の音楽鑑賞生活に少しでもお役に立てればと願っています。みなさんからの追加情報や曲にまつわる思い出などコメントも絶賛募集中です!text by 堀克巳(VOZ Records)

「オール・ザット・シー・ウォンツ(All That She Wants)」エイス・オブ・ベイス(1992)

 おはようございます。

 今日はエイス・オブ・ベイスの「オール・ザット・シー・ウォンツ」です。

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She leads a lonely life
She leads a lonely life

When she woke up late in the morning light
And the day had just begun
She opened up her eyes and thought
"Oh, what a morning"

It's not a day for work
It's a day for catching tan
Just lying on the beach and having fun
She's going to get you

 

All that she wants is another baby
She's gone tomorrow, boy
All that she wants is another baby, yeah
All that she wants is another baby
She's gone tomorrow, boy
All that she wants is another baby, yeah
(All that she wants)
(All that she wants)

 


So if you are in sight and the day is right
She's the hunter, you're the fox
The gentle voice that talks to you won't talk forever
It is a night for passion
But the morning means goodbye
Beware of what is flashing in her eyes
She's going to get you

 


All that she wants is another baby
She's gone tomorrow, boy
All that she wants is another baby, yeah
All that she wants is another baby
She's gone tomorrow, boy
All that she wants is another baby, yeah (Is one more baby, yeah)
Ahhh, ahh

 

All that she wants is another baby
She's gone tomorrow, boy
All that she wants is another baby, yeah (Is one more baby)
All that she wants is another baby (Is one more baby)
She's gone tomorrow, boy
All that she wants is another baby, yeah (Is one more baby, yeah)

 

All that she wants
All that she wants 

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彼女は孤独な人生を送っている
彼女は孤独な人生を送っている


朝の光の中、遅い時間に彼女が目を覚ますと
その日は始まったばかりだった
彼女は目を開けて考えた
"ああ、なんて朝なんだろう"
今日は仕事はない
日焼けをする日
ビーチに寝そべって楽しむの
彼女は君をつかまえるのさ


彼女がほしいのは  別の相手だけ
明日には彼女はいなくなるのさ、ボーイ
彼女がほしいのは、一夜の恋人だけ
彼女がほしいのは その場限りの相手だけ
明日には彼女はいなくなるのさ、ボーイ
彼女がほしいのは  別の相手だけさ


だから、もし君が彼女の視界に入って
都合のいい日なら
彼女はハンター、君はキツネさ
君に語りかける優しい声は永遠には続かない
それは 情熱のための夜
でも、朝はさよならを意味してる
彼女の瞳に光るものに気をつけるんだ
彼女は君を手に入れようとしているのさ


彼女がほしいのは  別の相手だけ
明日には彼女はいなくなるのさ、ボーイ
彼女がほしいのは、一夜の恋人だけ
彼女がほしいのは その場限りの相手だけ
明日には彼女はいなくなるのさ、ボーイ
彼女がほしいのは  別の相手だけさ


彼女がほしいのは  別の相手だけ
明日には彼女はいなくなるのさ、ボーイ
彼女がほしいのは、一夜の恋人だけ
彼女がほしいのは その場限りの相手だけ
明日には彼女はいなくなるのさ、ボーイ
彼女がほしいのは  別の相手だけさ

彼女がほしいのは
彼女がほしいのは

         (拙訳)

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 ロクセットの成功を追いかけるようにスウェーデンから現れてチャートを賑わしたのがエイス・オブ・ベイスです。

 彼らはジョナス“ジョーカー”バーグレン、リン・バーグレン、ジェニー・バーグレン、ウルフ“ブッダ”エクバーグの4人組。

    男女2人ずつの4人組のためアバと比較されましたが、アバが”2カップル”でしたが、こちらは3兄妹プラス1という編成です。

 

 90年代初にバーグレン兄妹がTECH NOIRというテクノ・バンドを結成し、やがて彼らのリハーサル室の隣で別のバンドで演奏していたウルフと意気投合し、ジョナスとウルフは一緒に作曲やプロデュースをするようになります。

 

 この「オール・ザット・シー・ウォンツ」を含むオリジナル曲のデモを録音すると彼らはストックホルムに行き、主要なレコード会社をすべて訪問しましたが、どこも興味を示してくれなかったそうです。

 しかし、その後デンマークコペンハーゲンにあるMega Recordsに認められデビューすることになります。

 デビュー曲は「Wheels of Fortune」(1992)という曲でした。

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 あるとき、彼らはKayoの「Another Mother」という曲を聴いて、自分たちが探していたドラム・ビートはこれだと思い、プロデューサーにデモテープを送ることにしたそうです。

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 そのプロデューサーがデニス・ポップ、彼はDJとしても知られていました。 

 そして、彼の家にエイス・オブ・ベイスのデモのカセットが届いたそうですが、その後面白いことがおきます。

 デニスが車のカセットデッキにそのテープを突っ込んで聴いていると、そのカセットが何かにひっかかって取り出せなくなったそうなんです。しかたなく彼は毎日仕事の行き帰りに彼らのデモを聴くハメになったという、なんとも不思議な話です。

 

 そして、メンバーがデニスに電話をすると、わかったという返事が戻って来て、最初に一緒に作ったのがこの「オール・ザット・シー・ウォンツ」だったのです。

 

 曲が完成に近づくとデニスは毎日リズムを変えると、それをクラブでかけて客の反応を確認したそうです。そして、皆が踊らないパートがあると、翌日それを修正したといいます。

 毎晩クラブでかけていたのは、インスト・ヴァージョンだったそうです。純粋にウケる最良のリズムを探っていたんですね。そして、ある日デニスとジョナスとウルフで車でこの曲のインストを一晩中聴き続け、これだと確信したそうです、そして、それをデニスがクラブでかけるとインストであるにも関わらず、人々は熱狂的に踊ったといいます。

 

 そして、特筆すべきことは、これだけ、クラブで”テスト走行”を繰り返して完成させた作品ですから、クラブ・ミックスを作る必要がなかったということです。クラブもラジオもまったく同じ音源が流れたんですね。

 

 発売すると世界中で大ヒット、アメリカでも最高2位まで上がり、彼らは一躍有名になり、デニス・ポップも仕事が殺到しはじめ、”シェイロン”という自分のスタジオをオープンし、若い才能を集めました。その中に、ポップ・ミュージック史上、レノン、マッカートニーの次に数多くの全米1位の楽曲を書いたマックス・マーティンもいたのです。

 

 最後は彼らの大ヒット曲をもう2つ。

 

「The Sign」1993年全米1位。この曲のデモを聴いたクライヴ・デイヴィスはデニス・ポップにブラッシュアップするよう指示したそうです。デニスと一緒に作業したのはダグラス・カー。のちにメイヤで大当たりする人ですね。松本英子佐藤康恵などもプロデュースしていました。この頃はデニスのシェイロン・スタジオで仕事をしていたようです。ダグラスはベースライン作りに苦労したとのちに語っています。

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「Don't Turn Around」1994年全米4位。オリジナルはティナ・ターナーでレゲエ・グループ、アスワドのカバーも人気がありました。作者はアルバートハモンドとダイアン・ウォーレン。

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(参考:「This Is Pop:ポップスの進化〜ストックホルム症候群NETFLIX

 

 

スウェーデン出身のポップ・アーティストは他にも。

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f:id:KatsumiHori:20211114202355j:plain

 

 

「The Look」ロクセット(1989)

 おはようございます。

 今日はロクセットの「The Look」です。

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Walkin' like a man
Hitting like a hammer
She's a juvenile scam
Never was a quitter
Tasty like a raindrop
She's got the look

 

Heavenly bound
'Cause heaven's got her number
When she's spinnin' me around
Kissin' is a color
Her lovin' is a wild dog
She's got the look


She's got the look (She's got the look)
She's got the look (She's got the look)
What in the world can make a
Brown-eyed girl turn blue?
When everything I'll ever do
I'll do for you
And I go la la la la la
She's got the look


Fire in the ice
Naked to the T-bone
Is a lover's disguise
Bangin' on the head drum
Shakin' like a mad bull
She's got the look

 

Swayin' to the band
Movin' like a hammer
She's a miracle man
Lovin' is the ocean
And kissin' is the wet sand
She's got the look


She's got the look (She's got the look)
She's got the look (She's got the look)
What in the world can make a
Brown-eyed girl turn blue?
When everything I'll ever do
I'll do for you
And I go la la la la la
She's got the look

 


Walkin' like a man
Hitting like a hammer
She's a juvenile scam
Never was a quitter
Tasted like a raindrop
She's got the look


And she goes
A-na na na na na
Na na na na na
Na na na na na na
Na na na na na
Na na na na na na na na
She's got the look

 

She's got the look
(She's got the look)
She's got the look
(She's got the look)
What in the world can make a
Brown-eyed girl turn blue?
When everything I'll ever do
I'll do for you
And I go la la la la la
She's got the look

 

What in the world
Can make you so blue?
When everything I'll ever do
I'll do for you
And I go la la la la la


Na na na na na
Na na na na na
Na na na na na na
Na na na na na
Na na na na na na na na
She's got the look、、、、、

 

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一人前の男みたいに歩いて
ハンマーみたいに一撃する
彼女は子供みたいな詐欺師
決してやめたことなんてない
雨粒のように甘く
彼女はそんな顔してる

天にも昇る気持ち
だって天国は彼女の電話番号を知っているのさ
彼女が私を振り回すとき
キスは色づいて
彼女の愛し方は野良犬みたいさ
彼女はそんな顔をしてる


彼女はイカしている
彼女はイカしている
いったい、茶色の瞳の女の子をブルーにできるものがあるだろうか
これから僕のすること全部は
君のためにやるのさ
そして、僕はララララ
彼女はイカしてる


氷の中の炎
素っ裸になることは恋人たちの偽装
ドラムみたいに頭を叩きながら
猛牛みたいに体を震わす
彼女はイカしている

バンドの演奏に合わせて
ハンマーみたいに体を動かす
彼女は奇跡の人
海のように愛して
キスは濡れた砂のよう
彼女はイカしている


彼女はイカしている
彼女はイカしている
いったい、茶色の瞳の女の子をブルーにできるものがあるだろうか
これから僕のすること全部は
君のためにやるのさ
そして、僕はララララ
彼女はイカしてる


一人前の男みたいに歩いて
ハンマーみたいに一撃する
彼女は子供みたいな詐欺師
決してやめたことなんてない
雨粒のように甘く
彼女はそんな顔してる


彼女はこうさ、
na na na na na、、、、
彼女はイカしている


彼女はイカしている
彼女はイカしている
いったい、茶色の瞳の女の子をブルーにできるものがあるだろうか
これから僕のすること全部は
君のためにやるのさ
そして、僕はララララ
彼女はイカしてる

いったい、何が君をそんなにブルーにさせるのか?
これから僕のすること全部は
君のためにやるのさ
そして、僕はララララ


Na na na na na、、
彼女はイカしている

           (拙訳)

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 アバ以来スウェーデンのグループとして、久しぶりに全米チャートを制覇したのがロクセットでした。

 ギターとヴォーカル担当のペール・ゲッスルとヴォーカル担当のマリー・フレデリクソンからなる男女デュオで、ロクセット結成前にもそれぞれ活動していました。

 

 特にペールがフロントマンをつとめていた”Gyllene Tider(ユーレネ・ティーデル)”というバンドは、スウェーデン・チャートで1位を獲得するほどの人気バンドだったようです。

 

Gyllene Tider - När Vi Två Blir En

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 マリーはGyllene Tiderのバックコーラスをつとめ、ペールは彼女のソロ活動のために曲を書くなどして交流していきます。

 イギリス、パブ・ロックの代名詞的バンド、ドクター・フィールグッドの曲名からとっった”Roxette”は、最初Gyllene Tiderがアメリカ・リリースに際して考えられたものだったようです(実際にRoxetteという名前でアメリカでリリースされていたようです)

 ちなみに、これがドクター・フィールグッドの”Roxette"

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 彼らのファースト・シングル「Neverending Love」はいきなりスウェーデン・チャートで3位の大ヒットになります。

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 ペールはこう回想しています。

「デュオとして最初に作った曲は「Neverending Love」だったんだ。この曲は86年にスウェーデンで大ヒットしたんだけど、これは驚きだった。というのも、スウェーデンでは通常、スウェーデン人アーティストはスウェーデン語で活動するのがルールだから。英語でヒット曲を出したことは当時としては異例のことだったんだ」

(Classic Pop | December 18, 2018)

 

 彼らは特にアメリカで成功しようなんて思ってもいなくて、ドイツや他のヨーロッパの国々で成功したかったために英語の曲を作っていたのですが、それが思わぬきっかけでアメリカでブレイクすることになります。その経緯がすごくいい話なのでご紹介させてください。

 

 アメリカのミネソタ州ミネアポリスからストックホルムに来ていたディーン・クシュマン(Dean Cushman)という留学生が、スウェーデンで流行っていたロクセットの「The Look」を気に入り、CDを母国に持ち帰り自分で聴くだけじゃなくプロモーションを始めます。その中で、ミネアポリスのラジオ局KDWBのDJに渡したところ、気に入られオンエアされ、その火が全米に広がったということなんです。

 

 ディーンはこう語っています。

「僕はこの曲が大好きだった......。スウェーデンの友達もみんな好きだった。人気のある曲だし、キャッチーな曲だからね」

「僕が好きなら、友達も好きだろうし、ミネソタの人も好きだろうと思ったんだよ」

ロクセットに宝くじの当選券を売ったレジ係のような気分さ。僕は彼らの音楽や芸術性とは何の関係もないけど、ほんのちょっとしたやり方で彼らを助け、他の人々に彼らの音楽を楽しんでもらうことができたんだ」

CBC Radio

 

 ディーンはロクセットのメンバーと交流できただけじゃなく、レコード会社から「The Look」のゴールド・レコードを送られ、しかもなんと、スウェーデンロクセットのコンサートで知り合った女性と結婚したのだそうです。

 

 今はSNSでたくさんの人が好きな曲をレコメンしていますが、それってすごく根源的で大事なことだな、と思います。それに、大きなメディアの仕掛けで売れるものももちろん魅力的ですが、こういう草の根的に広がったものは、息長く続くことが多い、僕はそんな気がします。

 

 ロクセット一発屋じゃなく、たくさんのヒットを残しています。

「The Look」のようなトリッキーでキャッチーな曲だけじゃなく、北欧的な独特の哀愁のある曲を作れたことが大きかったようで、そういう曲の方が今も人気があるようです。

 スウェーデンが生んだ作曲家は、アバのベニー・アンデションとマックス・マーティンが双璧だと思いますが、ペール・ゲッスルはそれに次ぐくらいの才能を持っていた人だったように思えます。

 

 もちろん、曲がいいだけじゃだめですから、マリー・フレデリクソンという存在感のあるボーカリストと組めたことが、なによりロクセットの成功につながったのでしょう。

 マリーは長く脳腫瘍で闘病していたそうで、2019年に合併症で亡くなったというニュースが報じられています。21世紀に入っても彼らは母国でヒットを連発していましたから、本来ならまだまだ活躍できたはずですから、とても残念なことです。

 

 最後は彼らの代表的なヒット曲を。

 

「リスン・トゥ・ユア・ハート(Listen To Your Heart)」1989年全米1位

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「愛のぬくもり(It Must Have Been Love)」1990年全米1位。映画「プリティ・ウーマン」に使われていました。

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「ふたりのときめき(Joyride)」1991年全米1位

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「消えゆく花のように(Fading Like A Flower (Everytime You Leave)」1991年全米2位

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「愛を感じて (Can You Feel the Love Tonight)」 エルトン・ジョン(1994)

 おはようございます。

 今日はエルトン・ジョンの「愛を感じて」です。

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There's a calm surrender to the rush of day
When the heat of a rolling wind can be turned away
An enchanted moment, and it sees me through
It's enough for this restless warrior just to be with you


And can you feel the love tonight?
It is where we are
It's enough for this wide-eyed wanderer
That we got this far
And can you feel the love tonight?
How it's laid to rest
It's enough to make kings and vagabonds
Believe the very best


There's a time for everyone if they only learn
That the twistin' kaleidoscope moves us all in turn
There's a rhyme and reason to the wild outdoors
When the heart of this star-crossed voyager beats in time with yours


And can you feel the love tonight?
It is where we are
It's enough for this wide-eyed wanderer
That we got this far
And can you feel the love tonight?
How it's laid to rest
It's enough to make kings and vagabonds
Believe the very best


It's enough to make kings and vagabonds
Believe the very best

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慌ただしい日に静かに身を委ねることがある
吹き荒れる熱風が向きを変えるかもしれない時は
魔法にかけられた瞬間、それは僕の心を見通す
戦い続ける戦士にとっては あなたと一緒にいるだけで十分さ


あなたは今夜愛を感じますか?
それは僕たちがいるところ
この世間知らずの放浪者には十分なことさ
ここまで来られたのだから
あなたは今夜愛を感じますか?
どのように終わらせるのか
王や放浪者たちに最高のものを信じさせるには
それで十分さ


誰にでも学ぶ時が来る
ねじれた万華鏡が僕たちを順番に動かしていくことを
大自然には摂理がある
星回りの悪い航海者の心があなたの鼓動と同期する時


あなたは今夜愛を感じますか?
それは僕たちがいるところ
この世間知らずの放浪者には十分なことさ
ここまで来られたのだから
あなたは今夜愛を感じますか?
どのように終わらせるのか
王や放浪者たちに最高のものを信じさせるには
それで十分さ


王や放浪者たちに最高のものを信じさせるには
それで十分さ

 

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 映画「アラジン」の楽曲の作詞で大成功をおさめたティム・ライスに、ディズニーから次回作「ライオン・キング」のオファーが来ました。

 しかし、作曲家のアラン・メンケンが都合が悪かったっため、ティムは自分が作曲家を決めていいなら、という条件を出したそうです。

 最初は一緒にミュージカルをやったことのある、アバのベニーを誘いますが彼が別のミュージカルに取り掛かっていたため、代わりにエルトン・ジョンに白羽の矢を立てます。

 

「10年前に1曲共作したティム・ライスが突然電話をかけてきて、また一緒に仕事をする気はないかと聞かれた。ディズニーが初めて既存の作品に基づかないオリジナル・ストーリーのアニメーション映画を製作中だという。それに参加してほしいと言われ、興味をそそられた」

(「ME ELTON JOHN エルトン・ジョン自伝」)

 

  エルトンがティム・ライスと一緒に書いた曲はこれです。

「Legal Boys」。1982年のアルバム「Jump Up」に収録されていました。

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  作業はティム・ライスの歌詞先行で曲作りは進められ、バーニー・トーピンの歌詞先行でいつも曲を書いていた、歌詞によってメロディのインスピレーションが湧くタイプのエルトンにとっては、やりやすいものだったようです。

 

 しかし、数々の名曲を生み出してきた彼にとっては、映画のキャラクターや物語に合わせた曲を作ることに戸惑いもあったようです。

 

「そして今、おならばかりしているイボイノシシの曲を書いているという事実からは逃げようがなかった」

 

 ボブ・ディランザ・バンドから賛辞を送られたことのあるこの自分が、、と思ったそうです。

 「でも、このあきれるほどバカバカしい状況にも何か心惹かれる点はあると気を取り直し、仕事を続けた」

(「ME ELTON JOHN エルトン・ジョン自伝」)

 

 そのイボイノシシの曲はこれです。「Hakuna Matata(ハクナ・マタタ)」。アカデミー歌曲賞にもノミネートされました。

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  「愛を感じて」はエルトンとティムが最初に書いた曲でした。

 ティムはこう語っています。

 

「依頼内容はラブソングを書くことだった、たぶんデュエットの、まっすぐなラブソングを、それを僕は書いた。そしてエルトンは美しいメロディをつけてくれた。”素晴らしい、いいスタートが切れた”と思った。だけど、映画のスタッフはこの曲を本編でうまく使える方法を見つけられなかったんだ」

 (Los Angels Times  JUNE 12, 1994 )

 また、エルトンのデモはピアノの弾き語りだったことで、ディズニー関係者は”エルトンの歌”として聴いて、映画で使うものとしてイメージできなかったようです。

 

 前作「アラジン」を担当したアラン・メンケンとハワード・アシュマンは、ミュージカル出身者なので人脈を使って、アレンジも十分にして、曲を使う場面をすぐにイメージできるデモを作っていたのです。それで、ティムは「アラジン」のキャストに頼んで歌ってもらい、アレンジも施して本編をイメージしやすいデモを新たに作ったそうです。

 

 ちなみに、今の日本の音楽界でも、作曲家が歌手に曲を提供する時には、弾き語りじゃなく、缶製品がイメージしやすい、きちんとアレンジされたものを提出する必要があることがほとんどになっています。

 

 

 さて、映画「ライオン・キング」の出来上がりは素晴らしく、いたく気に入ったエルトンはプライベートな上映会を2回も開いて友人たちに見てもらったそうです。

 「愛を感じて」は全米最高4位、アカデミー賞最優秀歌曲賞も受賞しました。

サントラの売り上げは1500万枚以上で、アニメ史上最高、エルトンのアルバムとしても「グレイテスト・ヒッツ」に次ぐものなんだそうです。

 

「愛を感じて」は当時のエルトンのプロデューサーのクリス・トーマスがプロデュースしていますが、クレジットを見てニヤっとしてしまうのは、バックコーラスのメンバーです。全米NO.1の大ヒット曲「恋のデュエット」をエルトンとデュエットしていたキキ・ディ、それにテイク・ザットのゲイリー・バーロウにリック・アストリーなんてメンツが揃っていたんですね。

 

 最後はブライアン・ウィルソンのカバーを。2011年のアルバム「IN THE KEY OF DISNEY」に収録されていました。

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ライオン・キング (字幕版)

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  • ジェームズ・ア・ジョーンズ
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「ア・ホール・ニュー・ワールド(A Whole New World)」ピーボ・ブライソン&レジーナ・ベル(1992)

 おはようございます。

今日はピーボ・ブライソンとレジーナ・ベルの「ア・ホール・ニュー・ワールド」です。

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I can show you the world
Shining, shimmering, splendid
Tell me, Princess, now when did you last
Let your heart decide?
I can open your eyes
Take you wonder by wonder
Over, sideways and under
On a magic carpet ride


A whole new world
A new fantastic point of view
No one to tell us no
Or where to go
Or say we're only dreaming


A whole new world
A dazzling place I never knew
But now from way up here
It's crystal clear
That now I'm in a whole new world with you


Unbelievable sights
Indescribable feeling
Soaring, tumbling, freewheeling
Through an endless diamond sky


A whole new world (Don't you dare close your eyes)
A hundred thousand things to see (Hold your breath, it gets better)
I'm like a shooting star
I've come so far
I can't go back
To where I used to be


A whole new world
With new horizons to pursue
I'll chase them anywhere
There's time to spare
Let me share this whole new world with you


A whole new world (A whole new world)
A new fantastic point of view
No one to tell us no
Or where to go
Or say we're only dreaming


A whole new world (Every turn a surprise)
With new horizons to pursue (Every moment, red letter)
I'll chase them anywhere
There's time to spare
Anywhere
There's time to spare
Let me share
This whole new world with you


A whole new world (A whole new world)
That's where we'll be (Where we will be)
A thrilling chase (A wondrous place)
For you and me

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君に世界を見せるあげられるよ
輝いて、きらめいて、素晴らしいんだ
教えてほしい、お姫様、最後に
自分の心に決めさせたのはいつ?
僕は君の目を開いてあげられるよ
素敵な場所に次々と連れていくよ
上に、横に、下に
魔法の絨毯に乗って


全く新しい世界
新しくてファンタスティックな視点
誰も言わないのさ ダメだとか
どこに行けとか
二人は夢を見ているだけだとか


全く新しい世界
全く知らなかったまぶしい場所
だけど、ここまで来ただけで
はっきりとわかるわ
私はまったく新しい世界にあなたといることを


信じられないような光景
言葉にできないような気持ち
急上昇して、宙返りして、自由自在
どこまでも続くダイヤモンドの空の中を


全く新しい世界 (目を閉じちゃダメさ)
10万もの見るべきものがある (息を止めて、そうすれば良くなるよ)
私はまるで流れ星
ここまで来たんだから
自分がいた場所にはもう戻れない


全く新しい世界
追い求めるべき新しい地平線
どこまでも追いかけていこう
時間は十分にある
このまったく新しい世界を君と分かち合おう


全く新しい世界
新しくファンタスティックな視点
誰も言わないのさ ダメだとか
どこに行けとか
二人は夢を見ているだけだとか

 

全く新しい世界 (すべてが驚き)
追い求めるべき新しい地平線 (一瞬、一瞬が記念日)
どこまでも追いかけていこう
時間は十分にある
このまったく新しい世界を君と分かち合おう

 

全く新しい世界 (全く新しい世界)
それが二人がいるべき場所 (二人がいるべき場所)
胸ときめかせて追いかける (驚くような場所を)
あなたと私のために

          (拙訳)   

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 映画「美女と野獣」の音楽を作り終えると、すぐにアラン・メンケンとハワード・アシュマンは「アラジン」の音楽制作に入ったようですが、アシュマンはHIV/AIDSのために作業の半ばで亡くなってしまいます。

 そして彼の代わりに歌詞を手がけることになったのはイギリス人作詞家のティム・ライスでした。

 ライスは1970年代にアンドリュー・ロイド・ウェバーと組んで「ジーザス・クライスト・スーパースター」や「エビータ」といったミュージカルの傑作を作っていましたので、実績は十分でした。

 1980年代にはウェーバーと袂を分かち、ジョン・バリーと「007オクトパシー」(1983)の主題歌「オール・タイム・ハイ」(作曲ジョン・バリー 歌リタ・クーリッジ)や、エルトン・ジョン、アバのベニーとビヨルンなどの曲の歌詞を書いていました。

 

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 アラン・メンケンがこの曲を書いた時に、絨毯で空を飛ぶイメージがあって「The World At My Feet(足下の世界)」というタイトルをつけていたそうです。

 

「僕はティム・ライスに曲と、その曲の僕の考える構成を伝えるためにダミーの歌詞をつけて送ったんだ。僕が彼に送った曲の構成には"The World At My Feet"となっていたよ。賢明なティムは”feet"という言葉は、ディズニーのラヴソングにはあまりふさわしくないと感じたんだ」

 

 確かに"The World At My Feet"は、映画の場面にはぴったりだったでしょうが、ロマンチックさには少し欠ける気がしますよね。"A Whole New World”なら映画と切り離しても、普遍性があるもののような気がします。

 

 さて、この「ア・ホール・ニュー・ワールド」を歌っていたのがピーボ・ブライソンとレジーナ・ベル。日本人で例えるなら五木ひろし坂本冬美(?)のように、徹底的に鍛えられた歌のスキルを持つ、非の打ち所がない組み合わせですね。

 

 大成功した前年の「美女と野獣」のデュエットとパートナーが変わったことについて、ピーボ・ブライソンはこう語っています。

 

「奇妙なことに、ディズニーは決してリピートしないんだ。彼らはいつも新鮮な気持ちで始めたいんだ。だけど、これはアラン・メンケンティム・ライスの曲だから、歌うのはチャレンジングなものになる。セリーヌは別の仕事をしていたし、レネ(彼女の夫でありマネージャー)ももう一度仕事をすることにそれほど興奮していなかったと思う。この曲には、本当にヴォーカルを扱える人が必要だったんだ。それは、レジーナ・ベルが得意とするものだし、ラトガーズ大学でのトレーニングの成果でもあるんだけど、難しいことをとてもシンプルにできるんだ。彼女は難しい曲をとても簡単に聴かせるのさ」

 あなたはリピートされたじゃないかという質問にはこう答えています。

「繰り返しになるけど、それにはある種の化学反応と、あるレベルのボーカルの才能が必要なんだ。 誰かの名前、それだけでは仕事にならないんだ。今の音楽界で起こっていることと同じことさ。 名前があっても、声を持っているとは限らないんだ」

 (SAC CULTURAL HUB    February 14, 2014)

 

 ボーカリストとしての自負がよく伝わってきますね。

 なにせ、日本のレコード会社に「ピーボよりうまいのは、ピーボだけ」(元ネタの”ビーボより美味いのはビーボだけ”を覚えている人はどれだけいるでしょうか、、、)というキャッチコピーをつけられただけのことはあります。

 

 実は僕は、ピーボ・ブライソンとレジーナ・ベルレコード会社の担当者、スタッフとして、ご両人ともライヴを見て取材も立ち会わせてもらっています。

 

 ピーボはこの曲の前年、レジーナは翌々年だったと思います。

 ご両人とも歌はもう”べらぼうに”うまかったです。ご両人ともイタズラに熱唱してうまさをアピールするなんてことは絶対にせず、これはピーボ本人も語っていたことなんすが、実にリラックスして簡単そうに歌うんですよね、でも曲の細部にいたるまで実に繊細に声を滑らかにコントロールしている。うまさの極致です。日本で言うなら五木ひろし坂本冬美の顔合わせでしょうか(?)

 

 そういうピーボも実は若い頃は熱唱していました。これもいいんですけどね。

「Feel The Fire」(1977)

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 僕が立ち会っていたピーボのインタビューで今も覚えているのは、ダニー・ハサウェイの話です。彼はダニー・ハサウェイの後釜としてロバータ・フラックのデュエット・パートナーとして有名になって、もともとハサウェイ本人とも親しくしていました。

 ハサウェイはホテルの部屋から転落死(自殺とも言われています)してしまうのですが、ちょうどその日のそれくらいの時間に、彼は自宅にいて、窓の外に何かが落ちたような大きな音が聞こえたんだと語ったんですね。そして、それからしばらくしてから電話でハサウェイの死の知らせを受けた、と。

 彼は実に真面目な表情で語っていました。さすがに冗談でそんなことを言うわけはないですから、今もその言葉は記憶に残っています。

 

 レジーナのほうは、母性というか包容力がすごくあって、姉御肌な印象があります。僕のたった一歳上でしかないのですが、自分がひよっこに思えました。自分にもこんな姉貴がいたらいいなあと思った生涯唯一の人です(苦笑)。

 彼女のことでよく覚えているのは、インタビューアーの方が、たぶん彼女の歌に対する賛辞だったんでしょうね

 "ホイットニー・ヒューストンR&Bじゃないけど、あなたは本物のR&Bだ”というようなことを言ったんです。

 

 僕はホイットニー大好きでしたし、これはロックじゃねえ、ソウルじゃねえ、みたいな論議も大嫌いでしたから、内心ちょっとカチンときていました。

 

 そしたら、それまでおだやかにゆったりと対応していた彼女の眼光が、突然きびしくなって、少し身を乗り出して、きりっと相手を見据えると落ち着いた声で

「何の根拠があって、あなたがこれはR&BでこれはR&Bじゃない、って判断できるの?なんと言おうと、ホイットニーは素晴らしいR&Bシンガーよ」ときっぱり言ったんですよね。

 僕は思わず”姉さん!”と叫びながら、彼女にすがりつきたい気持ちになりました(笑)。もう気分がスッキリしました。そんな女性でした。

 

 最後は、そんなレジーナ・ベルの名唱「Make It Like It Was」(1989年R&B1位)を。

 普通に上手いシンガーはサビにきていきなりドーンと盛り上がっちゃうんですが、彼女の場合は、抑えるところから盛り上げるところまで実に滑らかにつながるように、繊細に気持ちを行き届かせながら歌っている感じがするんですよね。

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 追記:2019年には実写版映画が公開されましたので、そちらのMVもどうぞ

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実写版はこちら

アラジン (字幕版)

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「美女と野獣(Beauty and the Beast)」セリーヌ・ディオン&ピーボ・ブライソン(1992)

 おはようございます。

 今日はセリーヌ・ディオン&ピーボ・ブライソンの「美女と野獣」を。

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Tale as old as time
True as it can be
Barely even friends
Then somebody bends
Unexpectedly


Just a little change
Small, to say the least
Both a little scared
Neither one prepared
Beauty and the Beast


Ever just the same
Ever a surprise
Ever as before
Ever just as sure
As the sun will rise


Ever just the same
Ever a surprise
Ever as before
Ever just as sure
As the sun will rise


Tale as old as time
Tune as old as song
Bittersweet and strange
Finding you can change
Learning you were wrong


Certain as the sun (Certain as the sun)
Rising in the east (Tale as old as time)
Song as old as rhyme
Beauty and the beast
(Tale as old as time)
Song as old as rhyme
Beauty and the beast

Beauty and the beast

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とても古くからある物語
まぎれもない真実
友達さえいなかった
そして、誰かがそれを変えた
思いがけないほうへ


ほんのささやかな変化
小さなこと、控えめに言ったとしても
二人ともちょっと怖くて
心の準備もできていなかった
美女と野獣


いつも変わらずに
いつも突然に
いつも同じように
いつも間違いなく
太陽が昇るように


いつも変わらずに
いつも突然に
いつも同じように
いつも間違いなく
太陽が昇るように

とても古くからある物語
昔から歌われる旋律
ほろ苦くて不思議
自分が変われることを知る
自分が間違っていたことを知る


太陽が東から昇るように確かに
(とても古くからある物語)
昔から韻を踏んで歌われた歌
美女と野獣
(とても古くからある物語)
昔から韻を踏んで歌われた歌
美女と野獣

美女と野獣

         (拙訳)

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 昨日このブログに登場した「サムホエア・アウト・ゼア」を主題歌にしたアニメ映画「アメリカ物語」が大ヒットした1980年中頃は、いわばアニメ氷河期、ディズニーも低迷していました。

 ターゲットを子供に限定したアニメーションを手堅く作っていました。

 そして、ディズニーが久しぶりに息を吹き返す大きなきっかけになったのが、1989年の「リトル・マーメイド」でした。

 当時のディズニー映画の最高責任者ジェフリー・カッツェンバーグは、この映画が女の子向けのため、それほど大ヒットしないだろうと考えていたと言われています。

 

 しかし予想を超え大ヒットした「リトル・マーメイド」には”プリンセスものの復権”と”音楽とのコラボ”という、その後のディズニー映画の大躍進を支える”柱”が備わっていました。

 

 「リトル・マーメイド」の音楽を手がけたのはアラン・メンケン。ニューヨークで生まれ育った彼は、父親が歯科医でピアノ奏者だったため、音楽家を志しながらも医師になる勉強もしていたようです。最終的に、作曲家にフォーカスし、大学卒業後、作曲のワークショップに参加するなどして学び続けたそうです。

 その後、ブロードウェイでミュージカルの音楽を手がけていて、劇作家で作詞家のハワード・アシュマンと組むことで成功し始めます。二人が手がけた「リトル・ショップ・オブ・ホラーズ」が話題を呼び、それにディズニーが注目したことで「リトルマーメイド」の楽曲制作の依頼がきました。

  ディスニーはハワード・アシュマンにオファーし、アシュマンが曲作りのパートナーとしてメンケンを指名したようです。

 

    この映画のためにメンケンが書いた曲では「Under The Sea」がアカデミー賞歌曲賞に輝いています。

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 そして、次のディズニー映画にも彼に声がかかり、「リトル・マーメイド」を遥かに凌ぐ大ヒットになります。

 それが「美女と野獣」(1991)でした。

   彼らが作った音楽の評価は非常に高く、アカデミー賞の歌曲賞で「美女と野獣」「Belle」「Be My Guest」の3曲がノミネートされました。

 

 映画ではポット夫人を演じた、ブロードウェイのベテラン女優、アンジェラ・ランズベリーが歌っていました。この曲はもともと、アップテンポを得意とする彼女のためにロック・スタイルで書かれていたそうで、バラードになったため彼女は自信がなかったそうですが、最終的にとてもいい雰囲気で歌い上げています

 

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 そこでディスニーは票が割れるのを防ぐためにも、1曲に集約して映画の宣伝をすることに決めます。

 そして、「アメリカ物語」の「サムホエア・アウト・ゼア」の成功を手本にして、ポップ・シンガーに歌わせてヒットを狙おうということになりました。

 

 そこで抜擢されたのがセリーヌ・ディオン。彼女はフランス系カナダ人で80年代からカナダで活動をしていましたが、1990年にデヴィッド・フォスターのプロデュースで英語によるアルバムをリリースしたばかりでした。

 彼女が選ばれた理由の一つが、まだアメリカ進出したばかりで、ギャラが安かったからだとも言われています。この当時のディスニーは潤沢には資金がなかったのでしょうかね、、。

 

 彼女には大きなチャンスでしたが、躊躇してしまう理由がありました。それは、当時のディスニーのライバルである、アニメ映画『アメリカ物語2/ファイベル西へ行く』の主題歌「Dreams To Dream」を歌うことになっていて、デモも録音していたのです。

 しかし、「Dreams To Dream」は前作「アメリカ物語」の主題歌を歌っていたリンダ・ロンシュタットが歌うことになり、セリーヌはショックを受けたようですが、結果「美女と野獣」を無事歌うことができ、より大きな成功をおさめることができたわけです。

 

 リンダ・ロンシュタットの「Dreams To Dream」

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 そして「Dreams To Dream」を作曲したジェームズ・ホナーは、この曲のデモを歌ったセリーヌの印象が強く残っていて、映画「タイタニック」の「マイ・ハート・ウィル・ゴー・オン」を書いた時に、セリーヌに歌わせたいと思ったと言われています。

 

 それから、セリーヌとピーボのデュエットをプロデュースしたのがウォルター・アファナシエフ。1980年代にナラダ・マイケル・ウォルデンの片腕として評価を上げて行き、マライア・キャリーの大ブレイクの貢献者(「ヒーロー」「恋人たちのクリスマス」などの作曲、プロデュース)として、この当時超売れっ子になりました。

 ちなみに、ウォルターは「マイ・ハート・ウィル・ゴー・オン」でプロデューサーの一人としてジェームズ・ホナーと一緒に仕事をしています。

 

  さて、この「美女と野獣」はビルボード・チャートで9位のヒットになり、アカデミー賞最優秀歌曲賞も受賞しましたが、作詞家のハワード・アシュマンはHIV/AIDSに感染していて、音楽制作の途中から容体が悪くなっていったそうです。そして、アカデミー賞を獲得したことを知ることのないまま、1991年3月に亡くなってしまいます。「美女と野獣」のエンド・クレジットには彼に捧げたメッセージが掲載されています。

 

 最後は、2017年の実写版「アラジン」のアリアナ・グランデとジョン・レジェントのヴァージョンを。プロデュースはデヴィッド・フォスターです。

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美女と野獣 (字幕版)

 

 

 

 

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「サムホエア・アウト・ゼア(Somewhere Out There)」リンダ・ロンシュタット&ジェイムス・イングラム(1986)

 おはようございます。

 今日はリンダ・ロンシュタットとジェイムス・イングラム「サムホエア・アウト・ゼア」です。

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Somewhere out there
Beneath the pale moonlight
Someone's thinking of me
And loving me tonight


Somewhere out there
Someone's saying a prayer
That we'll find one another
In that big somewhere out there


And even though I know how very far apart we are
It helps to think we might be wishing on the same bright star
And when the night wind starts to sing a lonesome lullaby
It helps to think we're sleeping underneath the same big sky


Somewhere out there
If love can see us through
Then we'll be together
Somewhere out there
Out where dreams come true

 

And even though I know how very far apart we are
It helps to think we might be wishing on the same bright star
And when the night wind starts to sing a lonesome lullaby
It helps to think we're sleeping underneath the same big sky


Somewhere out there
If love can see us through
Then we'll be together
Somewhere out there
Out where dreams come true

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どこか 向こうの
淡い月の光の下で
誰かが私のことを想っている
そして、私を愛してくれているわ 今夜


どこか 向こうで
誰かが祈りを捧げている
僕たちがお互いを見つけられるように
向こうにある、あの大きなどこかの場所で


たとえ、僕たちがどれだけ離れているかわかっていても
それが、同じ輝く星に願いをかけていると思わせてくれるよ
夜風がひとりぼっちの子守唄を歌い始めたら
それが、同じ大きな空の下で眠っていると思わせてくれるわ


どこか 向こうで
もし、愛が私たちを見守ってくれるなら
二人は一緒になれる
どこか 向こうで
夢が叶う場所で


たとえ、僕たちがどれだけ離れているかわかっていても
それが、同じ輝く星に願いをかけていると思わせてくれるよ
夜風がひとりぼっちの子守唄を歌い始めたら
それが、同じ大きな空の下で眠っていると思わせてくれるわ


どこか 向こうで
もし、愛が私たちを見守ってくれるなら
二人は一緒になれる
どこか 向こうで
夢が叶う場所で

             (拙訳)

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「サムホエア・アウト・ゼア」の楽譜はこちら

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 この曲のリズム隊は「セクション」のリーランド・スカラー(ベース)とラス・カンケル(ドラムス)だったんですね。そしてギターはスティーヴ・ルカサー、そう思ってギター・ソロを聴くと”なるほど”ってなりますね。

 

 そして、この曲のプロデューサーの一人が、昨日このブログに登場したピーター&ゴードンのピーター・アッシャーです。彼はずっと、リンダ・ロンシュタットのプロデューサーでしたから、その流れでの抜擢だったのでしょう。

 ピーターはこう回想しています。

「「サムホエア・アウト・ゼア」を録音したとき、彼女とジェームス・イングラムは、実際には同時にスタジオにはいなかったんだ。これは今ではよくあることででけど、当時はそうじゃなかったよ。全部をひとつに合わせるために、ビブラートや最後の音やそういったものをそろえたりと、いまはPro Toolsでやれば2秒にですむことなんだけど、かなりの時間がかかったよ。それぞれ別々に2つのテイクを録っていたからね」

  (Songfacts interview 2018)

 

 離れ離れの二人がお互いを思い合う歌で、ミュージック・ビデオでもリンダとジェームスは離れ離れでしたが、レコーディングでも離れ離れだったんですね、、。

 

 この曲はスティーブン・スピルバーグが製作総指揮をつとめたアニメ映画「アメリカ物語(An American Tale)」の主題歌として1986年に全米2位まであがり、グラミー賞の”ソング・オブ・ザ・イヤー”にも輝いています。

 

 映画の方も当時のアメリカの長編アニメ映画として最大のヒットを記録しています(ディズニーが大ヒット映画を連発し始めるのは、この何年か後です)。監督をしたドン・ブルースはもともとウォルト・ディズニー・プロダクションで働いていましたが、会社の方針と合わず一緒に辞めた仲間たちと会社を作ったという経歴の持ち主です。

 

 この曲を書いたのは、このブログでもおなじみバリー・マン&シンシア・ワイル。「ふられた気持ち」(ライチャス・ブラザーズ)など数々の大ヒット曲を持つアメリカ・ポップス史上屈指のソングライター・チームです。そこに、この映画の音楽を手がけたジェームズ・ホナーが加わっています。

 ジェームズ・ホナーは数々の映画音楽を手がけ、のちに「タイタニック」の主題歌「マイ・ハート・ウィル・ゴー・オン」(セリーヌ・ディオン)を作曲する人ですね。

 

 シンシア・ワイルはこう語っています。

「私達のエージェントが『アメリカ物語』のシナリオを送ってきて、私達が興味があるかどうかをたずねてきたの。とっても可愛いシナリオで、とっても気に入ったわ。でも、その当時、アニメーションは全く人気が無くて、この作品も直ぐに消え去ってしまうと思ったの。”一体誰がユダヤのネズミについての映画を見るの?”ってね。」

 

「そう言えば、このシナリオの中に「The Mouse In The Moon」というタイトルがあって、それを私が使わなくてはいけないのかと尋ねたら、「いいえ、その必要はない」と言われたので、その代わりに、この「サムホエア・アウト・ゼア」を思いついたのよ」

 (「BARRY MANN&CYNTHIA WEIL Original Demos, Private Recordings and Rarities」ライナーノーツより) 

 

 この曲はあくまでも映画の中で使うもので、ポップ・ヒットを狙う意図はなかったようです。

 たまたま、バリーのオフィスに来た、もう一人のプロデューサー、スティーヴ・ティレルがこの曲を聴いてヒットすると思い、映画の最後に持っていって、別のアーティストにレコーディングさせるというアイディアを思いついたのだそうです。

 

 スティーヴ・ティレルタイレルと表記するところもあります)は、元々シンガーでしたが、1960年代後半にはセプターレコードのA&Rプロデューサーとしても大活躍した人です。シンガー時代に地元のライバルだったB.J.トーマスを連れて来て「雨にぬれても」などのヒット曲を手がけことで有名です。

 

 21世紀に入ると彼はシンガーとしてまた精力的に活動していて、マン&ワイルの曲もカバーしています。

 

 ヒットしそうもなかったアニメ映画と、ヒットさせる意図が全然なかったその劇中歌が、大ヒットしたことで、その後の流れは変わってゆくことになった。僕はそう解釈しています。

 

 最後は、やはり、ピーター・アッシャー、スティーヴ・ティレルのプロデュースでバリー・マン&シンシア・ワイル(共作トム・スノウ)作品を、リンダ・ロンシュタットがデュエットで歌い、やはり全米最高2位になった「ドント・ノウ・マッチ」を。リンダの相手はアーロン・ネヴィル。

 この曲はもともと、バリー・マンの1980年リリースのソロ・アルバム「Barry Mann」の収録されていました。その後、ビル・メドレーやベット・ミドラーもカバーしています。

 バリーとトム・スノウが曲を書いていて歌詞に煮詰まったため、シンシアに相談したところ、彼女はバリーをモデルにした、彼のための歌詞を書いたそうで、彼はこの歌を自分で歌うたびに泣きそうになると語っています。評判通りの”おしどり夫婦”なんですね。

 

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「サムホエア・アウト・ゼア」の楽譜はこちら

「愛なき世界(A World Without Love)」ピーター&ゴードン(1964)

 おはようございます。

 今日はピーター&ゴードンの「愛なき世界」です。

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Please lock me away
And don't allow the day
Here inside
Where I hide
With my loneliness


I don't care what they say
I won't stay in a world without love


Birds sing out of tune
And rain clouds hide the moon
I'm okay
Here I'll stay
With my loneliness


I don't care what they say
I won't stay in a world without love


So I wait and in a while
I will see my true love smile
She may come, I know not when
When she does, I'll know, so baby, until then


Lock me away
And don't allow the day
Here inside
Where I hide
With my loneliness


I don't care what they say
I won't stay in a world without love


So I wait and in a while
I will see my true love smile
She may come, I know not when
When she does, I'll know, so baby, until then


Lock me away
And don't allow the day
Here inside
Where I hide
With my loneliness

I don't care what they say
I won't stay in a world without love


I don't care what they say
I won't stay in a world without love

************************************************************

どうぞ僕を閉じ込めて鍵を閉めて
お日様も見せないで
この部屋の中で 僕は隠れるさ
孤独と一緒に

 

人がなんて言おうと気にしない
愛のない世界にいるつもりはないんだ

 

鳥が調子外れに歌い
雨雲が月を隠す
僕はOKさ
ここにとどまるよ
孤独と一緒に

 

人がなんて言おうと気にしない
愛のない世界にいるつもりはないんだ

 

だから待つよ しばらくの間
本物の愛が微笑むのが見れるさ
彼女は来るかもしれない いつかわからないけど
来ることになったら 僕にはわかるさ
だからベイビー そのときまで

 

僕を閉じ込めて鍵を閉めて
お日様も見せないで
この部屋の中で 僕は隠れるさ
孤独と一緒に

 

人がなんて言おうと気にしない
愛のない世界にいるつもりはないんだ

 

だから待つよ しばらくの間
本物の愛が微笑むのが見れるさ
彼女は来るかもしれない いつかわからないけど
来ることになったら 僕にはわかるさ
だからベイビー そのときまで

 

僕を閉じ込めて鍵を閉めて
お日様も見せないで
この部屋の中で 僕は隠れるさ
孤独と一緒に

 

人がなんて言おうと気にしない
愛のない世界にいるつもりはないんだ

 

人がなんて言おうと気にしない
愛のない世界にいるつもりはないんだ

           (拙訳)

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 ピーター&ゴードンこと、ピーター・アッシャーとゴードン・ウォーラーはロンドンの私立学校であるウェストミンスター・スクール・フォー・ボーイズ時代から一緒に歌っていたそうです。ピーターはジャズやフォークが好きでゴードンはプレスリーバディ・ホリーが好きでしたが、二人ともエヴァリー・ブラザーズが好きだったのでデュオを組んだそうです。

 

 そして、ピーター・アッシャーは、ポール・マッカートニーのガールフレンド、ジェーン・アッシャーの兄だったため、ビートルズが録音していないレノン=マッカートニーの曲をゲットできるという、なんともラッキーな立場にいました。

 

 2013年にピーター・アッシャーがポールが歌う「愛なき世界」のデモを見つけたことがニュースになりました。

 

「始まりは、ポールがロンドンの僕たちの実家に住んでいて、僕の妹と付き合っていたということだった。彼と僕は最上階をシェアしていた。彼はゲスト・ベッドルームにいたんだ。僕たちはどんどん仲良くなって、書かれた曲を様々な段階でいくつも聞けたのさ。未完成の曲だった「愛なき世界」について、ポールはジョン(レノン)があまり乗り気ではないと言っていた。だから、ビートルズはこの曲を録音する予定はなかったんだ。ジョンは、特に最初の行の "Please lock me away "がバカバカしいと思っていた。彼はよくポールに「ああ、曲が終わったら君を閉じ込めるよ(笑)」と言っていたよ」

   (Forbes Jul 22, 2021)


「ポールはテープ・レコーダーを2台持っていて、ぼくも1台持っていて、ふたりともテープ録音に凝ってたんだよね。ポールがこの曲のことを教えてくれて、それで演奏してみてくれたんだよ」」

 (rockin'on.com  2013.01.20)

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 デモはヴァース(Aメロ)だけだったみたいですね。

 

 「ゴードンと僕がEMIレコードと契約したときは、僕たちはたいていクラブやパブで演奏していたんだ。レーベルのA&Rは、僕たちがすでに演奏していた曲をいくつか選んでくれた。でも、もし他にいい曲があったら、自由に持ってきていいよとも言われたんだ。僕たちはアビー・ロード・スタジオで大勢のミュージシャンとのセッションが予定されていた。僕はポールのところに行って「愛なき世界」がまだ使えるかどうか尋ねてみた。彼は「うん」と答えたので、僕は「この曲はハーモニーがいいので、僕らがやってもいいかな?」ときいたんだ。ポールは「いいよ」と言ってくれたけど、セッションの前に、できていない曲のブリッジを書く必要があったんだ。セッションまであと数日という時期になって、僕はポールを説得した。そしてついに、彼は自分の部屋に入って8分という驚くべき短い時間で、"And so I wait, and in a awhile/I will see my true love smile. "というブリッジを書き上げたんだ。そして、この曲は僕たちのリストに入ったという、そういうことさ」

  (Forbes Jul 22, 2021)

 

 「愛なき世界」の作者はレノン=マッカートニーとクレジットされていますが、100%ポールの曲なんですね。

  ビートルズもこの曲のリハーサルはやっていたようで、そのデモは現在聴くことができます。

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 この「愛なき世界」は1964年に全米、全英ともに1位に輝きます。その2ヶ月前にはビートルズが全米チャートの1位から5位まで独占するという前代未聞の”大フィーバー”があったタイミングでした。

 

 その後も彼らはレノン=マッカートニー(実はマッカートニーのみ)の曲をリリースしています。

 

「二人だけのパラダイス(Nobody I Know)」全英10位 全米12位

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「会いたくないさ(I Don't Want To See You Again)」全米16位

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ポールが”バーナード・ウェッブ”というペンネームで書いた「ウーマン」(1966年 全英28位 全米14位)

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  彼らは1968年に解散し、ピーターはビートルズのアップル・レコードのA&Rとしてジェームス・テイラーを担当、1970年代もワーナーでテイラーやリンダ・ロンシュタットを手がけ大ヒット・プロデューサーになります。

 ゴードンはソロ活動を続けますが、脚光をあびることはなかったようです。

 2005年には再結成しツアーを行っていますが、ゴードンは2009年に亡くなっています。

 最後は再結成のライヴ動画を。曲は「愛なき世界」と並ぶ彼らの代表曲「アイ・ゴー・トゥ・ピーセス」

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