まいにちポップス(My Niche Pops)

令和元年初日から毎日更新中〜1日1ポップス。エピソード、歌詞の和訳、謎解き、マニアックな捜査、勝手な推理、などで紹介していきます。text by 堀克巳(VOZ Records)

「ハート悲しく(Hearts)」マーティ・バリン(1981)

 おはようございます。

 今日はマーティ・バリン。

 ジェファーソン・エアプレインの創立メンバー、言い出しっぺの一人です。

 彼が1981年にソロ活動を始め、この曲はアメリカでも大ヒットしましたが、日本人好みの哀愁感のある歌謡曲フィーリングがウケて、日本ではアメリカ以上に大ヒットしました。


Hearts - Marty Balin

 彼の本名はマーティン・ジェレル・バックウォルドでしたが、ソロシンガーとしてデビューするにあたってマーティ・バリンという芸名にしました。


Marty Balin - Nobody But You

 ちなみにこの曲を書いたのはデイヴ・バージェス。「テキーラ」で有名なザ・チャンプスのバンド・リーダーだった人です。


Tequila - The Champs

 ソロ・デビューはうまくいかず、ザ・タウン・クライアーズというフォーク・グループに参加します(1964年まで)。この人は本来フォークやポップ寄りなものを指向していたんですね。

 そして、ジェファーソン・エアプレインを結成するメンバーと出会うわけです。

 ファーストアルバムでは彼はメイン・ボーカルでメイン・ソングライターでしたが、グレイス・スリック加入後は、彼女だけじゃなくもう一人のメイン・メンバーであるポール・カントナーや他のメンバーのウェイトが高くなっていきます。

 彼は一度バンドを辞め、バンドも解散しますがポールを中心にグレイスも参加して

”ジェファーソン・スターシップ”と言う名前で活動を再開し、マーティンもゲスト参加し途中からは正式メンバーになります。

 ジェファーソン・エアプレインの最大のヒット曲”Miracles”(1974)はマーティの作品です。


JEFFERSON STARSHIP - 1974 - "Miracles"

 元々メロディアスな曲を好むマーティは、サイケデリックな時代には本領を発揮できず、1970年代半ばころになってやっと時代と自分の個性がマッチし始めたのかもしれません。

 しかし、1970年代後半になるとグレイス・スリックがドラッグ問題でバンドを離脱することになり、彼はソロ・プロジェクトを始めリリースしたシングルがこの「ハート悲しく」だったわけです。

 時代はよりポップになり、メロウな楽曲もウケていました。自分にぴったりの時代が来ている、だったらバンドがやれないならソロでやろう、しかもバンドではやれないようなメロウなものを、そんなふうに思ったんじゃないかと想像します。

 

 曲を書いたのはジェシ・バリッシュ。ジェファーソン・スターシップにも曲を書いていて「Count On Me」という曲は全米8位の大ヒット。彼自身もセルフカバーしていて、彼のアルバムはAORマニアから高く評価されています。

 


Jesse Barish - Count On Me

 

 この曲が日本で大変人気が高かった証拠として、日本人のカバーを。

稲垣潤一はまさにぴったりという感じですが、河合奈保子も歌ってるんですね。


稲垣潤一 (Junichi Inagaki) - ハート悲しく


ハート悲しく

  そして、マーティはそのお返しとして(?)、稲垣潤一の曲をカバーした4曲入りミニアルバムを日本企画として発売しています。


Marty Balin - There's No Shoulder

ハート悲しく

ハート悲しく

  • アーティスト:マーティ・バリン
  • 出版社/メーカー: EMI Catalog (USA)
  • 発売日: 2009/01/06
  • メディア: MP3 ダウンロード
 

 

ハート悲しく

ハート悲しく