まいにちポップス(My Niche Pops)

令和元年初日から毎日更新中〜1日1ポップス。エピソード、歌詞の和訳、謎解き、マニアックな捜査、勝手な推理、などで紹介していきます。text by 堀克巳(VOZ Records)

「ママ・ユーストゥ・セイ(Mama Used To Say)」ジュニア(Junior)(1982)

 おはようございます。

 今日はジュニアの「ママ・ユースト・トゥ・セイ」です。

www.youtube.com

******************************************************************

Said a small boy once asked
When will I grow up?
When will I see what grown-ups do see?

In his fight to come of age
He would act an older age
To be recognized as one
And not a mass

And mama used to say
Take your time, young man
Mama used to say
Don't you rush to get old

Mama used to say
Take it in your stride
Mama used to say
Live your life

As the years went rushing by
He would cut down on his age
He would tell his girl of how it used to be

 

How his mommy passed away

But these lines she would say
And at the time
He couldn't understand


You're young
So enjoy
Don't hold on back
Do all you want to do

Now is the time
For you to stride
For you to get better in what you are doing

And mama used to say
Take your time, young man
Mama used to say
Don't you rush to get old

Mama used to say
Take it in your stride
Mama used to say

Live your life
Live your life
Live your life

Hey, mama used to say
Take your time, young man
Mama used to say
Don't you rush to get old

And Mama used to say
Take it in your stride
Mama used to say

Ooh  Mama used to say,,,

 

******************************************************************

まだ小さな少年がたずねた

いつになったら僕は大人になれるの?

いつになったら大人が見ているものが見えるの?

 

大人になるための戦いの中で

彼はその他大勢じゃなく

一人前だと認められるために

年上のふりをするだろう

そして、ママはこう言っていた

ゆっくりでいいのよ、坊や

ママは言っていた

急いで年をとらないで

ママはこう言っていた

落ち着いてやるのよ

ママは言っていた

あなたらしく生きなさい

 

急ぎ足で年月が過ぎてゆくごとに

彼は自分の年齢を減らして言うようになり

彼女に昔話するようになるだろう

どんな風にママが亡くなったのか

だけど、彼女が言っていた言葉は

その時彼には理解できなかった

 

お前は若い だから楽しむのよ

遠慮しないで

やりたいことはみんなやりなさい

今がその時さ

胸を張って歩いて やっていることが好転するんだ

そして、ママはこう言っていた

ゆっくりでいいのよ、坊や

ママは言っていた

急いで年をとらないで

 

ママはこう言っていた

落ち着いてやるのよ

ママは言っていた

あなたらしく生きなさい

あなたらしく生きなさい、、、

                   (拙訳)

******************************************************************

 ジュニアはロンドン出身のR&Bシンガーで、本名はノーマン・ワシントン・ギスコムと言います。西インド諸島(たぶん、ジャマイカだと思われます)にルーツがある家系のため、いつも音楽がある環境で育ち、子供の頃はドゥワップ、初期モータウン、レゲエなどを聴き、大きくなってからはトム・ベルなどのフィラデルフィア・ソウルに大きな影響を受けます。そして、自分には歌ったり曲を書いたりする能力があることに気づきアーティストへの道を目指しました

  

 

 彼は”Linx"というソウル/ファンク・バンドのバックコーラスのメンバーとして活動します(Linxのヴォーカルは1985年に「フィラデルフィアから愛をこめて」をカバー・ヒットさせたデヴィッド・グラントです)。

 1981年インディーズからソロとして”ノーマン・ギスコム・ジュニア”名義でシングルをリリースします。

www.youtube.com

 そしてこれをきかっけにメジャーと契約し、Linxのキーボーディスト、ボブ・カーターと共作し、ボブのプロデュースでリリースした最初のシングルがこの「ママ・ユーストゥ・セイ」でした。

 

  そしていきなり全英チャートで7位の大ヒットになっただけではなく、アメリカでも全米30位、R&B(ソウル)チャート2位と、素晴らしい成績を残します。

 この頃は、イギリスの黒人シンガーが、アメリカでヒットさせるのは非常に稀なことでした(この数年後にビリー・オーシャンが大成功をおさめます)。

 「ママ・ユーストゥ・セイ」はアメリカで成功した英国産R&Bの”さきがけ”だったわけです。

 

 この曲を書いたときのことをジュニアはこう回想しています。

 

 「当時、僕は働いていたんだ。その頃は、靴の修理屋の職人をやっていた。この曲を作ったのは、若い女の子が店に来たからで、僕は22歳だった。彼女は18歳だと言っていて、ちょっと若いなと思ったんだ。それで、僕は彼女をデートに誘いやすくするため、自分の年齢を下げて20歳と言ったんだ。また、僕の母が「急いで年をとること」について言っていたことがあるんだ。16歳になるときに25歳になりたいと願うのは、あとで振り返ると、慌てて年をとることで自分の人生の10年を無駄にしてしまうことになるって」

 

最初から最後まで、この曲を作るのに5分か10分もかかっていないんだ。全部がいっぺんに衝突するようにできた。仕事をしながら歌っていると歌詞がただ浮かんできたんだよ」

       (PRS for MUSIC  19 Mar 2020)

 

 華々しいデビューを飾ったアーティストの圧倒的多数がその後失速してしまうということが、この音楽の世界の法則のように存在しますが、彼も例外ではなく、この曲を超えるヒットを生み出すことはできませんでした。

 それでも彼はこの曲以外に全英チャートに入る曲を14曲、全米R&Bチャートに入るシングルを9曲もリリースしています。

 

  この「ママ・ユーストゥ・セイ」はサンプリングのネタとしても人気になっています。

Heavy D&The Boyz「Is It Good To You」(1991) 

www.youtube.com

リチャード・ブラックウッド(ジュニアの甥)の「Mama  Who Da Man」は2000年に全英3位のヒットになっています。

www.youtube.com

 

 また、2011年にはUKの女性R&Bシンガー、ビヴァリー・ナイトがこの曲をカバーしていました。

www.youtube.com

 

  ジュニアの半生を調べていてわかったのですが、彼は奥さんを難病である多発性硬化症で亡くし、奥さんが亡くなる半年前に娘も同じ病気だと発覚したそうです。娘さんはやがて歩けなくなったそうですが、彼女は歌に生きがいを見つけ、彼は自分のステージで彼女を歌わせたりしていたようですが、2017年に彼女も亡くなってしまったようです。

   彼は彼女に捧げる「Everything Set」というアルバムを制作し、自身のWebサイトで販売しています。

 

 2019年の彼の動画を2つ見つけましたが、どちらも味わい深く素晴らしいものでした。

 

 まずは、BBC TWO(イギリスBBCのラジオ局)主催のニュー・イヤー・コンサート

www.youtube.com

 また、同じ年にレゲエ・シンガーのルチアーノと共演したレゲエ・ヴァージョンの「ママ・ユーストゥ・セイ」。彼自身のルーツに立ち返ったのかもしれません。

www.youtube.com

 

f:id:KatsumiHori:20210525123354j:plain