まいにちポップス(My Niche Pops)

令和元年初日から毎日更新中〜1日1ポップス。エピソード、歌詞の和訳、謎解き、マニアックな捜査、勝手な推理、などで紹介していきます。text by 堀克巳(VOZ Records)

「ロンリー・ガイ(You Oughta Know By Now)」レイ・ケネディ(1980)

 おはようございます。

 今日はレイ・ケネディの「ロンリー・ガイ」を。

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Here I mesmerized
Livin' in a world of broken dreams
Loneliness, no finesse
Everywhere I turn it always seems
So why do I pretend
That I'm never comin' back again
I know that it's not true
I'm comin' home to you

You oughta know by now

Here I am
Waitin' at the end of time for you
Ain't no fun
Never knowin' really what to do
All alone am I
Lookin' out into an empty sky
The dreams I see for us
Turn into sex and lust

You oughta know by now
You oughta know by now
I'll never let you down
Whenever you're not around
I'm sayin'
You oughta know by now
I'll never let you down

Here I am
Sittin' on the road without a friend
Can't get it up
So I'm gettin' down tonight again
All alone am I
Waitin' for the days just to go by
Woman,can't you see?
Please be there for me

You oughta know by now
You oughta know by now
I'll never let you down
Whenever you're not around
I'm sayin'
You oughta know by now

You oughta know by now
You oughta know by now
There ain't no love to be found
Whenever you're not around

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ここで僕は心奪われ
破れた夢の世界に生きている
ひとりぼっちで、なすすべもない
どこに行ってもそう思えるんだ
なぜ僕はそんなふりをするんだろう
もう二度と戻ってこないなんて
それが真実じゃないことはわかっている
僕は君のもとに帰ってくる

君ははもうわかっているはずさ

ここにいて
時の終わりに君を待っている
楽しくもなく
どうしたらいいのかわからない
ひとりぼっちの僕は
空っぽの空を見上げ
僕が見た二人の夢は
それはセックスと欲望に変わる

君はもうわかっているはずだ
君はもうわかっているはずだ
僕は決して君を失望させない
君がいないときはいつも
僕は言うんだ
君はもうわかっているはずだ
僕は君を絶対失望させないと

ここで僕は
道に座っている 友達もいないまま
元気も出せない
だから、今夜もまた落ち込むのさ
ひとりぼっちの僕は
日々がただ過ぎていくを待ちながら
ねえ、わからないのかい?
どうか僕のそばにいて

君はもうわかっているはずだ
君はもうわかっているはずだ
僕は決して君を失望させない
君がいないときはいつも
僕は言うんだ
君はもうわかっているはずだ


君はもうわかっているはずだ
君はもうわかっているはずだ
愛なんて見つからないと
君がそばにいない時はいつだって

         (拙訳)

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 ある年齢以上のポップス・ファンはよく記憶していると思いますが、当時、”パクリ騒動”で思いがけず注目され、日本でもヒットした曲でした。

 

 その騒動の元になったのが八神純子の「パープルタウン」。日本航空JALPAK「I LOVE NEWYORKキャンペーン」CMソングで使われ、オリコン2位、当時の人気TV番組「ザ・ベストテン」では2週連続1位という大ヒット曲でした。

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 これが「ロンリー・ガイ」とそっくりだということで訴訟騒ぎになったわけです。あらためて聴いてみると、酷似しているのはアレンジですよね。歌に関しては”アイ・ラヴ・ユー・モア・アンド・モア〜”というフレーズが”You Oughta Know By Now”というキー・フレーズとほぼ一緒というところが痛かったですね。今思えば。

 ここが違っていたら、別曲として全然成立したような。あくまでも、個人的な意見ですが、、。サビがメジャーになる展開なんて、実に日本人好みで、巧みなソングライティングだと思います。

 洋楽は一つのパターンで押し切るものが多いですが、日本人は変化のある展開を欲しがる傾向が強い、この2曲を比べるとそれがよくわかります。

 

 この曲のアレンジは僕の好きな大村雅朗さんですが、この当時は筒美京平さんにしろ林哲司さんにしろ、洋楽の元ネタにかなり近いアレンジをやっていたので、時流としてそのあたりのジャッジがちょっとゆるくなっていたのかもしれませんね。

 最終的には「パープルタウン」の共作者として、「ロンリー・ガイ」の作家陣がクレジットされることと「パープルタウン」の曲名を『パープルタウン 〜You Oughta Know By Now〜』に変更することで決着したようです。

 

 

  レイ・ケネディは1946年にフィラデルフィアに生まれました。9歳のときにサックスを始め、アカペラ・グループで歌も歌っていましたが、1960年には人気TV番組「アメリカン・バンドスタンド」のレギュラー・ダンサーもやっていたそうです。

 1963年にジョン&レイというデュオでアトランティック・レコードでレコーディングしましたが発売されなかったようで、初めてのシングルは1965年、なんとそれにはフィラデルフィア・ソウルの生みの親ケニー・ギャンブルがからんでいました。彼がまだ無名だった頃に作者に名を連ねた「Number 5 Gemini」という曲です。

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 彼はサックス奏者としても優秀だったようで、バリトン・サックス奏者ジェリー・マリガンのオーディションに受かって彼のステージでテナー・サックスを吹いたり、他にもディジー・ガレスピー、J.J.ジョンソンなどの大物とジャズ・サックス奏者として演奏してまわっていた時代があったようです。

 

 しかし歌に専念する決意をした彼はニューヨークに渡り、「グループ・セラピー」というサイケデリック・ブルース・ロック・バンドに加入します。

  彼らのファースト・アルバムはジミヘンの「フォクシー・レイディ」で幕を開けます。

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 かなりの歌いっぷりですね。彼らは2枚のアルバムを残して解散してしまいますが、1970年に彼はソロ・アーティストとして正式にデビューすることになります。

「She's a Lady」

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  その後、1972~1973年に彼はA&Mレコードで、エリー・グリニッチと組んでロネッツ「ビー・マイ・ベイビー」やクリスタルズの「ダ・ドゥ・ロン・ロン」などを書いたジェフ・バリーのプロデュースでシングルを二枚録音していますが、一枚フランスでリリースされただけで、アメリカではプロモ盤しかないようです。

 A&Mジェフ・バリーということは、この頃彼はLAにいたようですね。そして、ブライアン・ウィルソンとも交流があったようで、ビーチ・ボーイズの曲を共作しているんです。

 「Sail On Sailor」1973年に全米79位、1975年に再度チャートインし49位

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 最初にブライアンとレイとスリー・ドッグ・ナイトのダニー・ハットンの三人でスリー・ドッグ・ナイト用に書いて完成しなかったものを、のちにブライアンとヴァン・ダイク・パークスで完成させたようです。レイは最初の歌詞を書いたと言われています。

 また、彼は1973年にベック、ボガート&アピスのデビューアルバムに「Why Should I Care」という曲を提供し、1974年には、ポール・ウィリアムズが音楽を手がけ出演した映画「ファントム・オブ・パラダイス」で2曲、シンガーとして参加しています。

 

 そして1976年にはカーマイン・アピス、バリー・ゴールドバーグ、マイク・ブルームフィールド、リック・グレッチと「KGB」というブルース・ロック・バンドを結成し、シングルとして「セイル・オン・セイラー」をカバーしています。

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 また1977年〜78年には作家として、ジョン・ウェイトが在籍していたベイビーズの2大ヒット曲「愛の出発(Isn't It Time)」(77年全米13位)「ときめきの彼方へ(Everytime I Think of You)」(78年全米13位)の両方を、ドアーズ後期のベーシストでデイヴ・メイソンなどの曲も書いているジャック・コンラッドと一緒に書いています。

「愛の出発」

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 彼が10年ぶりにソロアルバムを作ることになったのは、このベイビーズのヒットというのが大きかったと思われます。

 レーベルはコロンビア・レコード内に作られた、E,W&Fのモーリス・ホワイトがハンドリングしていたARC。この時期、モーリスから大変信頼されていたデヴィッド・フォスターがプロデューサーになり、ジェフ・ポーカロスティーヴ・ルカサー、ビル・チャンプリンなどおなじみのメンバーが集まっています。

 「セイル・オン・セイラー」や「愛の出発」のセルフ・カバーも収められていました。

 ハスキーで声量のある彼は、泥臭いブルース・ロックをずっとメインに歌ってきましたが、ベイビーズに提供したようなメロディアスなハードロック・サウンドを自ら歌うことで新境地を開拓しようとしたわけです。

 残念ながらアメリカではヒットしませんでしたが、日本では八神純子がらみでスマッシュ・ヒットになりました。

 

 その後、1983年の映画「地獄の7人」のサントラで2曲歌っていましたが、それ以降レコーディングしていたデータは見つかりませんでしたが、1984年にはなんとマイケル・シェンカー・グループのヴォーカルとして「スーパー・ロック・フェスティバル84」というイベントで来日していたようです。

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 この時の彼はメタル・ファンにはボロクソに言われたようです。AOR野郎が畑違いのメタルに来やがって、みたいな論調の文章は今でもネットで数多く見受けられます。

 確かにメタルは彼の畑違いでしたが、実はAORも畑違いで、本来ブルースロックの人だったんですけどね、、。声量のあるヴォーカリストはなんでも歌おうとする傾向はありますけど、何でもかんでも仕事を受けちゃ、ね、と僕は思います。

 

 

 さて、その後、彼は作家としては1995年にフリートウッド・マックのアルバム「Time」の「These Strange Times」という曲を共作しています。

 そして、彼は2014年に亡くなってしまったようです。作家としてはそれなりの成果をあげましたが、シンガーとしては力量がありながら、決定打は打つことはできなかったんですね。日本だけは「ロンリー・ガイ」で記憶されていることになりましたが、、。

 

 しかし、ディジー・ガレスピージェリー・マリガン、ケニー・ギャンブル、カーマイン・アピス、マイク・ブルームフィールド、ブライアン・ウィルソンジェフ・バリーデヴィッド・フォスター、そしてマイケル・シェンカー、、こんなに幅広いジャンルの偉人たちと共演した人は他にはいないでしょう。

 面白い人生だったな、と思えたんじゃないでしょうか。もちろん、彼の本心は分かりませんが。

 

 最後は、アルバム「ロンリー・ガイ」から名バラード「マイ・エヴァー・ラスティング・ラヴ」とそれを少し変えてカバーしたビル・チャンプリンの「トゥナイト・トゥナイト」を続けて。

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