まいにちポップス(My Niche Pops)

令和元年初日から毎日更新中〜1日1ポップス。エピソード、歌詞の和訳、謎解き、マニアックな捜査、勝手な推理、などで紹介していきます。text by 堀克巳(VOZ Records)

「風のシルエット(What You Won't Do For Love)」ボビー・コールドウェル(1978)

 おはようございます。

 今日は”ミスターAOR"ボビー・コールドウェルのデビュー曲にして代名詞「風のシルエット」です。


Bobby Caldwell - What You Won't Do for Love (Album Version)

 

  ”僕がどこに行っていたのかって君は思ってるんだろう

 自分の中の愛を探していたんだ

 君に伝えたくて戻って来たよ

 君に魅かれているってことを そして離したくないってことを

 

 友達は僕がおかしくなったって思ってる

 君への愛で目が眩んでいるんだ、わかるだろ

 君に伝えたくて戻って来たんだ

 君に魅かれている そしてもう離したくないんだ

 

 愛のために世界中を巡っている人もいるけど

 きっと夢見たものは見つけられないかもしれない

 
 愛のために、君がやらないこと

 君は全部やろうとして、あきらめない

 僕が生きる世界では君だけなんだ

 僕がやらないようなことを

 愛のためにやらせるのは

 

 友達は僕がおかしくなったって思ってる

 君への愛で目が眩んでいるんだ、わかるだろ

 君に伝えたくて戻って来たんだ

 君に魅かれている そしてもう離したくないんだ

 

 できる限りのことをしたいだけさ、本当さ

 君のためにこんなことをしているなんて

 自分でも信じられないけど


 愛のために 、君がやらないこと

 君は全部やろうとしてきて、あきらめないだろう

 僕の生きる世界では 君だけなんだ

 僕がやらないようなことを愛のためにやらせるのは

 愛のために、僕がやらないようなことをやらせてほしい

 愛のために、僕がやらないようなことをやらせてほしい ”(拙訳)

 

 AORとはアメリカではシングルではなくアルバム志向のロック、Album-Oriented Rock(アルバム・オリエンテッド・ロック)を指し、日本では”大人向けロック”Adult-Oriented Rock(アダルト・オリエンテッド・ロック)を指す、といった説明がネットでは見つかります。

 その日本特有の解釈での”AOR”において”ミスター”の称号を与えられているボビー・コールドウェルについて「なぜだかわからないけど、日本ですごく人気がある」なんて記述がアメリカのサイトにありました。

 そんなことを考えると、AORという独特で漠然ともしているジャンルを象徴する、究極の1曲を選べというとこの「風のシルエット」になるんじゃないか、というのが僕の持論です。

 

 

    マイアミで育ったボビー・コールドウェルに最初のチャンスが訪れたのはリトル・リチャードがフロリダでツアーをやっている時でした。ボビーのバンドとステージを共にする機会があり、リチャードが自分のバンドをクビにして、ボビーたちを自分のバックバンドとして雇ったのです。

 彼らはLAに行き、リチャードとのツアーが終わってもそこに残り、バーバンドとして演奏したり、デモを録音してレーベルに送ったりしました。

 その頃、ボビーはソロとしてカリフォルニアのインディーレーベルから一枚ディスコ調のシングルをリリースしています。


Bobby Caldwell - The house is rockin

 しかし曲は当たらず、LAで計6年間がんばったのですが、夢破れてマイアミに帰ったそうです。

 彼が実家でうだうだしていると、ある日彼の母親が彼に新聞(”マイアミ・ヘラルド”)を手渡したそうです。

 そこには”マイアミのお気に入りの息子たち”という見出しで、KC&サンシャイン・バンドが紹介されていました。

 


KC & The Sunshine Band - That's The Way 1977

   ボビーの母親はKCをリリースしている、マイアミのレーベル”TKレコーズ”にあたってみたら?と示唆したそうです。

 TKはディスコもので大当たりしたレーベルで、社長のヘンリー・ストーンはニューヨーク生まれの白人ですが、リリースしているのはほとんどが黒人アーティストでした。

 しかし、ディスコがそろそろ頭打ちになってきていて、彼はディスコ以外のアーティスト、例えばその頃大ヒットしていたボズ・スキャッグスのようなアーティストを探していました。タイミングがぴったりだったんですね。ボビーのお母さんの”勘”は相当なものです。

 そして、彼ががレーベルを訪ねると、その後わずか2日で契約を締結したそうです。

 

 そしてレコーディングに十ヶ月も与えられアルバムを完成させますが、その音源を聴いたストーンから”シングル曲がない”と言われたそうです。そしてボビーが急いで書いて完成させたのが「風のシルエット」でした。

 

 しかし大きな問題がありました。TKのプロモーションの中心は黒人向けのラジオ局で、白人の彼をオンエアしてくれないのではないか、という懸念があったのです。

 

 そして、その問題はボビー自身がクリアします。

 ベンチに座っている自分の写真を元に、それをトレースしてシルエットにするデザインを考えたのです。

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 「風のシルエット」という邦題もこのジャケットデザインから考えられたのでしょう。

 この曲は当初黒人向けラジオ局でどんどんオンエアされ、そこからポップス系のラジオ局へと広がっていきました。

 しかし、顔を出さない戦略のせいで、ほとんどのリスナーは彼のことを黒人だと思っていたらしく、ナタリー・コールとのツアーの初日には、ステージに現れた彼を見てお客さんは静まり返ったそうです。彼が歌い始めると盛り上がったそうですが。

 現在も、アメリカでは彼のライヴのお客さんは黒人が多いといいます。