まいにちポップス(My Niche Pops)

令和元年初日から毎日更新中〜1日1ポップス。エピソード、歌詞の和訳、謎解き、マニアックな捜査、勝手な推理、などで紹介していきます。text by 堀克巳(VOZ Records)

「アイ・ジャスト・ワナ・ストップ(I Just Wanna Stop)」ジノ・ヴァネリ(1978)

 おはようございます。

 昨日はエヂ・モッタの「AOR」というアルバムから「1978」という曲をピックアップしましたが、今日は"1978年のAOR"を代表する曲です。


Gino Vannelli - I just wanna stop (video/audio edited & remastered) HQ.mpg

 ジノ・ヴァネリはイタリア系カナダ人。父親がモントリオールのビッグ・バンド・ジャズ・バンドのボーカルだったということで、ジノは兄ジョー、弟ロスとともに音楽的環境の中で育ちました。

 キーボーディストで機材オタクでもあるジョーとジノはR&Bバンドを組み、1972年には二人でカナダからLAに移り住みますが現実は厳しく生活も苦しくなったようです。

 追い込まれたジノは起死回生の策として、A&Mレコードの代表、ハーブ・アルパートにデモテープを渡すためにスタジオの駐車場で待ち伏せをします。

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 4~5時間待つとハーブが現れたので、彼が近づいていくと警備員が出てきて追いかけられたそうですが、なんとかデモテープを渡すことに成功しました。そして見事A&Mからのデビューが決まります。

     そして、セカンドアルバムからのシングル「People Gotta Move」が全米22位のスマッシュヒットになります。


Gino Vannelli - People Gotta Move (1974)

 R&Bフィーリングが強くあったことから白人ながら「ソウル・トレイン」にも出演し、スティーヴィーワンダーのツアーの前座もやったそうです。

 しかし、その後ヒットが続きませんでした。

   当時はジノが曲をすべて書き、ジョーがピアノやシンセ、アレンジを担当し、二人で共同プロデュースをするというスタイルで作品を作っていました。

 何とかヒットを出したいと思っていた時期に、それまでバック・コーラスやギターで手伝っていた弟のロスが作ってジノとジョーに聴かせたのがこの「I Just Wanna Stop」でした。彼らは聴くや否やヒットを予感し、レコーディングを終えるとヒットを確信したそうです。

 そして予想通り曲は全米4位、カナダでは1位を獲得する大ヒットになりました。

 それ以降、ジノの作品は三兄弟でプロデュースするかたちになります。

 ロスはその後もジノのアルバムで少し曲は書きますが、曲をたくさん書けるタイプじゃなかったようで、その後はジノのステージの音楽監督など裏方に徹しているようです。しかしジノは今でもロスのことを自分よりいい曲を書く、と評しています。

 

 「アイ・ジャスト・ワナ・ストップ」に惹かれてアルバムや、その他の曲を聴いた人は良くわかると思いますが、ジノ・ヴァネリ自体はいわゆる”AOR"のアーティストではありません。けっこう実験的でサウンドに凝った、もっと“濃厚な曲”が多いアーティストです。

 ジノ・ヴァネリのもう一つの代表曲「Living Inside Myself」はジノの自作ですが、「アイ・ジャスト・ワナ・ストップ」みたいな曲を自分も書いてみようと思って作った、と本人は語っています。


Gino Vannelli - Living Inside Myself (Official Video)

 昨日登場したエヂ・モッタもカバーしています。


Living Inside Myself

 ジノ・ヴァネリの代名詞である2曲は、実は弟”ロス”のテイストだった、というところがミソですね。そしてサウンドは兄ジョーが作っていたわけです。

 そう考えると、ジノ・ヴァネリとはヴァネリ三兄弟のことだったとも言えるのではないでしょうか。

「アイ・ジャスト・ワナ・ストップ」の収録されたアルバムのタイトルが「ブラザー・トゥ・ブラザー」というタイトルにしたというのもその象徴だと僕には思えます。

 

 

 

アイ・ジャスト・ワナ・ストップ

アイ・ジャスト・ワナ・ストップ