まいにちポップス(My Niche Pops)

令和初日から毎日、1000日連続で1000曲(せんきょく)を選曲(せんきょく)しました(苦笑)。古今東西のポップ・ソングをエピソード、歌詞の和訳、マニアックなネタ、勝手な推理、などで紹介しています。みなさんの音楽鑑賞生活に少しでもお役に立てればうれしいです。みなさんからの情報や思い出話などコメントも絶賛募集中です!text by 堀克巳(VOZ Records)

「ベイブ(Babe)」スティックス(1979)

 おはようございます。

 今日はスティックスの「ベイブ」を。

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Babe, I'm leaving
I must be on my way
The time is drawing near
My train is going
I see it in your eyes
The love, the need, your tears


But I'll be lonely without you
And I'll need your love to see me through
So please believe me
My heart is in your hands
And I'll be missing you


'Cause you know it's you, Babe
Whenever I get weary
And I've had enough
Feel like giving up
You know it's you, Babe
Giving me the courage
And the strength I need
Please believe that it's true
Babe, I love you


You know it's you, Babe
Whenever I get weary
And I've had enough
Feel like giving up
You know it's you, Babe
Giving me the courage
And the strength I need
Please believe that it's true
Babe, I love you


Babe, I'm leaving
I'll say it once again
And somehow try to smile
I know the feeling
We're trying to forget
If only for a while


'Cause I'll be lonely without you
And I'll need your love to see me through
Please believe me
My heart is in your hands
'Cause I'll be missing you


Babe, I love you
Babe, I love you
Ooh, babe

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ベイブ、僕は旅立つ
行かなくちゃいけないんだ
時間が近づいている
もう列車が出発する
きみの瞳に浮かぶのは
愛、必要としてくれる気持ち、涙


だけど、きみがいないと寂しいよ
君の愛で僕を見とどけてほしい
だから、どうか信じて
僕の心はあなたの手の中にある
そして、君が恋しくなるだろう


それは、君なんだ、ベイブ
僕が疲れて、
全部投げ出したい気持ちでになったときいつも
君なんだ、ベイブ
勇気と必要な強さをくれるのは
どうか、信じてほしい、本当だって
ベイブ、愛してる


それは、君なんだ、ベイブ
僕が疲れて、
全部投げ出したい気持ちでになったときいつも
君なんだ、ベイブ
勇気と必要な強さをくれるのは
どうか、信じてほしい、本当だって
ベイブ、愛してる

 

ベイブ、僕は旅立つ
もう一度言うよ
なんとか笑顔を作って
その気持ちはわかるよ
僕たちは忘れようとしている
ほんのしばらくの間だとしても


だけど、きみがいないと寂しいよ
君の愛で僕を見とどけてほしい
だから、どうか信じて
僕の心はあなたの手の中にある
そして、君が恋しくなるだろう

ベイブ、愛している
ベイブ、愛している
ベイブ、、、

             (和訳)

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  スティックスは1970年代初頭にプログレッシヴ・ロックのバンドとしてキャリアをスタートさせています。そして、プログレッシヴ・ロックをルーツの持つバンドが”ポップ化”してブレイクしていったというのが、1970年代後半の音楽シーンのお大きなトレンドの一つでもありました。

 

 ”プログレッシヴ・ロック”とは、当時日本で”プログレ”と呼ばれていましたが、Wikipediaでは以下のような特徴が上がられています。

 

・一部のバンドはアルバム全体を一つの作品とする概念(コンセプト・アルバム)も制作した
・大作・長尺主義傾向にある長時間の曲
・演奏技術重視で、インストゥルメンタルの楽曲も多い
・技巧的で複雑に構成された楽曲(変拍子・転調などの多用)
クラシック音楽やジャズ、あるいは現代音楽との融合を試みたものも多く、演奏技術を必要とする
シンセサイザーやメロトロンなどといった、当時の最新テクノロジーを使用した楽器の積極的使用

 

 当時子供だった僕は、”ポップじゃない、なんだかすごく難しそうなロック”と解釈してました(笑。

 プログレピンク・フロイドキング・クリムゾン、エマーソン、レイク&パーマー、イエスなどイギリス生まれのジャンルですが、アメリカのバンドにも大きく影響を与え、その代表のひとつがスティックスでした。

 

 彼らの起源は1960年代初頭のシカゴ、チャック(ベース)とジョン(ドラム)・パノッツォの双子の兄弟が、近くに住んでいたデニス・デ・ヤング(ボーカル、キーボード)と一緒にバンドを始めたことでした。兄弟が12歳、デニスは14歳でアコーディオンを弾いていました。

 最初は”トレイド・ウィンズ”という名前でしたが、「ニューヨークは寂しい町(New York's A Lonely Town)」をヒットさせた同名のグループが出てきたことから”TW4”と名前を改めます。そして、ジョン・クルリュウスキ、ジェイムス・ヤングというギタリストが参加することでバンドの骨格が固まり、1972年にデビューを果たします。

デニスは当時既に25歳で、それまで公立学校で音楽を教えていたそうです。

 

 デビュー曲「Best Thing」(全米82位)

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 そして、彼らの最初のヒット曲は「Lady」で、デニス・デ・ヤングが奥さんのスザンヌのために書いた曲でした。デニスはレコード会社と契約してから初めて曲を書き始めたそうで、彼一人で初めて書き上げた曲が「Lady」でした。

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 この曲はセカンド・アルバムに入っていましたがまったくヒットしませんでした、その2年後、四枚目のアルバムのプロモーションでデニスがシカゴの人気ラジオ局に行ったとき、ディレクターはニュー・アルバムからはオンエアしないけど「Lady」は好きだから、これから毎晩8時にオンエアすると言ったそうです。その番組は全米38の州にネットしていたこともあり、「Lady」は発売から2年半後に大ヒット(全米6位)することになります。

 1973年と比べて1975年のほうがずっと大衆の音楽の嗜好がずっとポップになっていましたから、この”時差”がまた実に本当に有効だったのだと思います。

 そして、「Lady」は<プログレのポップ化>の先駆けになった重要な曲かもしれない、と僕は考えています。

 

 1976年にはバンドの中核を担ってゆくことになる、ギターのトミー・ショウが加わり、1977年の「カム・セイル・アウェイ」が久しぶりのトップ10ヒットになっています(全米8位)

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 そして、1979年にリリースされて、彼らにとって初のそして唯一の全米NO.1になったのがこの「ベイブ」でした。カナダや南アフリカでも1位、それまでチャートの入ったことのなかったイギリスでも6位と、世界的なヒットになりました。

 しかし、この曲はもともとデニスが奥さんのスザンヌに贈ったプライベートな曲だったようです。

スザンヌの誕生日にちょっとしたデモを作って、彼女を驚かせたかっただけなんだ。本当にすぐに書き上げて、ジョンとチャック(パノッツォ、ドラマー&ベーシスト)と一緒にスタジオに入った。ギタリストたち(スティックスの)はみんな休暇中だったんだ。このデモはスティックスの曲になるはずじゃなかった、だから、バック・コーラスを全部自分で歌ったんだ。そして、それを彼女にプレゼントしたんだよ。

 彼女のバースデー・パーティーで、みんなが「うわあ、すごいいい曲だね」と言ってくれた。僕はそんな考えていなかったし...スティックスの曲にするつもりはなかった。でも、みんなが "デニス、これはヒットするぞ "と言い続けたんだ。それでメンバーに聴かせたら、"オーケイ "って言ってくれた。レコード会社も "イエス "と言ってくれた。それで、アルバムに収録されてナンバー・ワンになったんだ。

 シングルとしてリリースされたのは、(ほとんど)デモだった。みんながあまりにもそのデモを気に入っていたから、変えるのが怖かった。僕はリード・ボーカルを歌い直し、技術的に良くなった。でも、みんなはまだデモを気に入っていた......欠点も含めてね。そこで、恐怖心から、トミー(ショウ)がギター・ソロを加えたかたちでデモをリリースしたんだ」

 (Songwriter Universe  January 23, 2017)

 

 

 

 プログレの要素が微塵もない曲ですが、成り立ちからもう全然違ったわけですね。しかし、この曲が大ヒットしたことにより彼らは超メジャー・バンドになるわけですが、同時に本格的なロックバンドなのに、パーソナルなポップ・バラードを一番求められてしまうという音楽的矛盾と常に向き合うことになります。

 

 1981年には「ベイブ」の延長線上にありながら、バンドとしての様式美も両立させたシングル「ベスト・オブ・タイムス」をリリースし、全米3位になります。

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 タイトルはチャールズ・ディケンズの「二都物語」の有名な冒頭の言葉”"It was the best of times, it was the worst of times."からとったもので、『世界がおかしくなったとき、どうやって対処するか』というテーマで、Best of Times(人生最良の時)とは、君と二人きりの時だ、という、これまた奥さんのスザンヌに向けて書かれた曲だったようです。

 3曲も全米トップ10ヒットを書かせた奥さんというのは、他にいないかもしれないですね。

 その後デニスとトミーの確執や、デニスの健康問題もあり、スティックスはトミーを中心とした、ハード、プログレのスタイルに回帰したバンドになり、「ベイブ」が演奏されることはなくなっています。もちろん、デニスのほうは自分のライヴで歌っていますが。

 最後は、日本で一番有名なスティックスの曲を。デニスがTV番組で見た”原理主義者が非難するレコードを燃やすというニュース”、”ロボット・テクノロジーのドキュメンタリー”、そこにライヴで訪れた日本の人々のイメージ、という3つのアイデアを取り入れたというアルバム『ミスター・ロボット - キルロイ・ワズ・ヒア -』から「ミスター・ロボット」です。RobotじゃなくRobotoと表記しているのがミソですね

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