まいにちポップス(My Niche Pops)

令和元年初日から毎日更新中〜1日1ポップス。エピソード、歌詞の和訳、謎解き、マニアックな捜査、勝手な推理、などで紹介していきます

「恋のウー・アイ・ドゥ」リンジー・ディ・ポール(1974)

 おはようございます。

 今日はこのブログの読者の方からも声が上がっていたリンジー・ディ・ポールの「恋のウー・アイ・ドゥ」です。


Lynsey De Paul - Ooh I Do

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It's so hard to be a teenager in love,,,

 

The high school dance began at eight
but mum and dad said don't be late
They never ever seem to understand
I'm not the little girl they think I am
...they think I am

Ooh, Ooh I Do
Oh yes I do
love you
Ooh, ooh I do
Oh yes I do
wo wo wo no no no no no no

I know for you it's just the same
and if we're young we're not to blame
they don't believe in teenage love affairs
They'll never know how much we really care
...we really care

Ooh, Ooh I Do
Oh yes I do
love you
Ooh, ooh I do
Oh yes I do
wo wo wo no no no no no no

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恋するティーンエイジャーってとってもつらいもの、、

 

ハイ・スクールのダンス・パーティは8時スタート

でも、ママもパパも遅くなるなって言う

二人とも 絶対、絶対わかってないみたい

私は小さな女の子じゃないってことを

彼らが思うみたいな、 思ってるみたいな

 

ああ、やってみせる

そう、あなたを愛するの

そう、やってみせる 実行するの 

 

あなたにとっては同じことでしょう

二人が若ければ とがめられることもない

大人たちは、十代の恋なんてまともにうけとめない

彼らにはわからないのよ どれだけ二人が愛し合っているのか

愛し合っているかを

 

ああ、やってみせる

そう、あなたを愛するの

そう、やってみせる 実行するの      (拙訳)

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 典型的な フィル・スペクターサウンド。そして、ティーンエイジャーの女の子の恋の世界。これぞ、まさにポップスという感じがします。

 

 リンジー・ディ・ポールはイギリス出身のシンガー・ソングライター

 父親が不動産業を営む裕福な家庭で、幼い頃からクラシック・ピアノを学び音楽の素養がありましたが、本人は商業デザイナーを目指し美大に進み、実際にレコード・ジャケットのデザインをいくつかやっていたそうです。

 それと並行して曲も作りはじめ、仕事で関係のあった音楽の会社に売り込むと、いくつか採用されるようになります。

 

最初期の作品の一つがジャック・ワイルドの「Bring Yourself Back To Me」です。


Jack Wild - Bring Yourself Back To Me (written by Lynsey de Paul & Don Gould)

 

 父親との確執から家を飛び出して、貧しい一人暮らしをしていた彼女は、音楽の方が稼げると判断し、美術の道を諦めます。

 そして、音楽出版社と契約しプロの作家と一緒に曲を書き始めるようになります。その中でフォーチュンズの「ストーム・イン・ア・ティーカップ」という曲が全英7位まであがりました。

 彼女が作家仲間のバリー・グリーンと一緒に、ハーマンズ・ハーミッツにいたピーター・ヌーンのために書いた「Sugar Me」という曲を聴いた、彼女の当時のボーイ・フレンドのダドリー・ムーア(のちに映画「ミスター・アーサー」主演)が、彼女が歌手として歌ったらどうかとアドバイスし、売り込んだ先がゴードン・ミルズでした。

 

 ゴードン・ミルズ。

 トム・ジョーンズ、エンゲルベルト・フンパーディンクギルバート・オサリバン、と

”古典的な芸名”のアーティストで当時”爆当たり”していた凄腕マネージャーです。あまりに儲かっていたので彼は「MAM」という自分のレコード会社もつくってました。

 そして彼女の歌う「Sugar Me」を自分のレーベルから出すことにしました。

 


Lynsey De Paul - Sugar Me 1972 (High Quality)

  すると、この曲は全英5位、スペイン、ベルギー、スウェーデンなどでは1位になる大ヒットになります。

 しかし、彼女は自分のレコードは自分でプロデュースすると主張しはじめたころからゴードンとうまくいかなくなり、それに加えて当時のマネージャーが病気になったそうで、そこで彼女に食指をのばしてきたのがドン・アーデンでした。

 彼はロイ・ウッドとジェフ・リンのいたザ・ムーヴのマネージャーをやっていた流れで、そのままロイ・ウッドのウィザードやエレクトリック・ライト・オーケストラをマネージメントしていました。

 ちなみに、アーデンはスモール・フェイセズのマネージャーをやっていた時に、彼らにマネージメントを変えるようにアドバイスしたロバート・スティッグウィッド(クリーム、ビー・ジーズのマネージャー)のオフィスに、用心棒たちを連れて押しかけ、4階の建物の窓から彼の足首を持って逆さに吊るし、今度口出ししたら放り投げると脅かしたという逸話がイギリスの音楽業界で伝説となっている、まさにギャング映画を地でゆくような強面です。

 その”怖い”彼の後押しがあったからでしょうか、大メジャーのワーナーからシングルを出すことになり、リリースしたのがこの「恋のウー・アイ・ドゥ」でした。結果、全英25位のそこそこのヒットでしたが、日本では当時ラジオ・ヒットになり、彼女の曲で一番有名なものになりました。

 アンニュイな曲が多かった彼女が真正面からポップスをやったので、同じく当時フィル・スペクター風の曲をやっていたロイ・ウッドがこの曲のアレンジをしたんじゃないかという憶測もありましたが、正確なところは不明です。

 

 この曲を共作したのは「Sugar Me」と同じくバリー・グリーン。しかし、名前はバリー・ブルーになっています。バリー・グリーンで歌手デビューし全く売れなかったときに、スタッフからサーカスではグリーンは縁起の良い色じゃない”という変な理由からブルーに変えることになったのです。

 しかし、そのおかげか彼はシンガーとしてもヒットを出すようになり、「恋のウー・アイ・ドゥ」もセルフ・カバーしています。 


Barry Blue - Ooh I Do

 

 そして、ドン・アーデンはE.L.OのためにJET RECORDSというレーベルを立ち上げたのですが、その第一弾はリンジーの「No Honestly」という曲でした。

 しかしアーデンの悪質な契約のため、彼女は対立するようになってゆき、売り上げも落ちてゆくようになりました。

 かえってリンゴ・スターショーン・コネリージェームズ・コバーンなどの大スターたちとの恋愛関係がマスコミに騒がれ、恋多き女として知られるようになっていったようです。

 

 日本では、小林麻美が「雨音はショパンの調べ」の入ったアルバム「CRYPTOGRAPH~愛の暗号~」(1984)で、リンジーの「シュガー・シャッフル」をカバーしていました。小林麻美とリンジー、確かに雰囲気は合っていますね。日本語詞は小林麻美ユーミン


Sugar Shuffle - Asami Kobayashi (written by Lynsey de Paul & Barry Blue)

 そして、2015年にはまさかの「恋はウー・アイ・ドゥ」が日本でカバーされています。歌っているのは小島麻由美。アルバム「Cover Songs」に収録されています。


Ooh I Do - Kojima Mayumi (cover of Lynsey de Paul hit song)

 

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