まいにちポップス(My Niche Pops)

令和初日から毎日、1000日連続で1000曲(せんきょく)を選曲(せんきょく)しました。。。古今東西のポップ・ソングのエピソード、洋楽和訳、マニアックなネタ、勝手な推理、などで紹介しています。キャッチーでメロディアスなポップスは今の時代では”ニッチ”なものになってしまったのかなあとも思いますが、このブログを読んでくださる方の音楽鑑賞生活に少しでもお役に立てればと願っています。みなさんからの追加情報や曲にまつわる思い出などコメントも絶賛募集中です!text by 堀克巳(VOZ Records)

「夢で逢えたら」シリア・ポール(1977)

 おはようございます。

 今日は大瀧詠一作詞作曲のスタンダード「夢で逢えたら」。歌っているのはシリア・ポールです。


シリア・ポール 夢で逢えたら

 

 1976年に吉田美奈子が歌って以来、本当にたくさんのアーティストにカバーされ、今では揺るぎないスタンダードになっているこの曲は、1996年にラッツ&スターのヴァージョンがリリースされるまでヒットチャートに載ったことさえなかったというから驚きです。

   

   さて、この曲を書いた大瀧詠一は、今では日本のポップス界最大の巨匠と呼ばれていますが、彼が最初に在籍したグループ”はっぴいえんど”では彼のルーツであるポップスを封印していました。

 

 それは時代的な要因によるもので、1960年の終わりから70年代はじめにかけてベトナム戦争などの社会背景もあって、音楽にメッセージが求められ、”それまでの楽しいポップスが否定される風潮”がすごく強かったのだといいます。

 

    そしてはっぴいえんどのメンバー間でも、それまでのありきたりなポップスの手法をあえて使わないという暗黙の協定、があって、それが美意識のひとつでもあったと大滝はかつて語っていました。

 

 しかし、1971年にキャロル・キングの「つづれおり」が大ヒットすることによって、彼は、彼女の楽曲に象徴されるような、彼が中学生の頃に夢中になったポップスを再認識し始めます。

 

 そして、彼は自分のソロ作品用に、キャロルの代表作、リトル・エヴァの「ロコモーション」をモチーフにした「恋の汽車ポッポ」という曲を作ります。彼はリトル・エヴァのレコードジャケットのように、わざわざ汽車の上に乗った写真を撮ってジャケットに使っています。

 これはキャロル・キングとの再会による自分のポップスの原点への復帰を表明する意味”がこめられていたそうです。

 


The Locomotion sosite

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 大瀧が「ロコモーション」と並んで、十代の頃に夢中になったポップスの象徴的楽曲がロネッツの「ビー・マイ・ベイビー」でした。 

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 「ビー・マイ・ベイビー」といえばフィル・スペクターサウンドの代表曲です。

 大瀧は”日本のフィル・スペクター”とよばれることもありますが、彼が明確にフィル・スペクターっぽいサウンドを打ち出した最初の曲がこの「夢で逢えたら」でした。

 

 演奏しているのは、昨日のブログでとりあげた小坂忠の「HORO」でも演奏していたティンパン・アレイのメンバー(細野晴臣鈴木茂林立夫松任谷正隆)、そして、弦アレンジは山下達郎という素晴らしいラインナップです。

 

 この曲の評判が良く、他の人にもカヴァーしてほしいという声も多かったようで、大瀧はシリア・ポールのヴァージョンを制作します。彼女はインド人の父親と日本人の母親を持つ女優で、1969年にニッポン放送の人気番組「ザ・パンチ・パンチ・パンチ」の初代DJ「モコ・ビーバー・オリーブ」の「オリーブ」として人気があった人です。

 

 「モコ・ビーバー・オリーブ」はレコードも出しています。

 

「忘れたいのに」

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 これがフィル・スペクター・プロデュースのヒット曲、パリス・シスターズの「I lLove How You Love Me」のカバーなんですね。アルバムでは、スペクターがメンバーだったテディ・ベアーズの「つのる想い(To Know Him Is To Love Him)」もカバーしています。

 

 

 彼女のヴァージョンは、大瀧自身が持つ”ナイアガラ・レーベル”からリリースされました。

  僕がこの曲を初めて聴いたのは1981年でした。彼のアルバム「A LONG VACATION」が大ヒットして、彼の過去の作品もラジオでよく流れるようになった、その流れからからでした。    

 そして、当時この曲は吉田美奈子じゃなく、シリア・ポールのヴァージョンがよくかかっていたと記憶しています。なので、僕はずっとシリア・ポールのほうがオリジナルなのだと思い込んでいました。

 

 僕が初めて聴いた感想は、昔大ヒットした曲みたいだなあ、ということでした。実際はヒットしていないのに、ヒット曲の佇まいをすでに持っているように思えたのです。

 ”架空のヒットソング”

 といったらいいのかもしれません。

 そして、何十年もかけて、本当にスタンダードになったわけで、こういう経緯をたどった曲というのは他にはないんじゃないでしょうか。

 

 シリアのヴァージョンは、吉田美奈子のヴァージョンを踏襲しながら、サウンドはよりフィル・スペクター寄りになっています。

 しかも、シングル・ヴァージョンより、その後に出たアルバム・ヴァージョンのほうがエコーがかかって、よりウォール・オブ・サウンドっぽい。

 実際に、海外のフィル・スペクターおたくのサイトでは、シリアのヴァージョンがリストアップされていたらしいです。

 それから、シリアのバックには後に「A LONG VACATION」のアレンジを担当することになる井上艦が参加していたことも注目すべきポイントでしょう。

 

 しかし、フィル・スペクターサウンドと、この曲がスタンダードになったことというのはほとんど関係ないことのように思えます。この曲の再評価に貢献したラッツ&スターのヴァージョンは全く違うアレンジですし。詞曲だけで完成度が高く、どんなアレンジにも耐えうる普遍性があるんですね。

 

 思えば、彼はサウンド、アレンジについてはその洋楽ポップスの知識を縦横無尽に駆使しますが、メロディに関しては、洋楽になりすぎない、日本人が好むところをしっかりおさえていました。

 「熱き心に」「探偵物語」「風立ちぬ」「冬のリヴィエラ」「さらばシベリア鉄道

、、みんなそうでした。

 

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 そういう曲の原点になっているのが「夢で逢えたら」なのかもしれません。

 

 そして、僕にとって”架空のヒットソング”であったこの曲には、存在感があって卓越したシンガーの吉田美奈子じゃなく、名前からして正体のわからない(?)、歌も格別うまくない(ごめんなさい!)シリア・ポールのほうが、ぴったり合っているように思えました。

 

 *追記 2022年7月に大瀧詠一本人が歌う「夢に逢えたら」のMVが新たに作られました。

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 こちらがオリジナル、吉田美奈子

 

 

 吉田美奈子、シリア・ポールほか、存在が確認された「夢で逢えたら」のカバー全て86曲を収めたアルバム

 

 

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