まいにちポップス(My Niche Pops)

令和元年初日から毎日更新中〜1日1ポップス。エピソード、歌詞の和訳、謎解き、マニアックな捜査、勝手な推理、などで紹介していきます。text by 堀克巳(VOZ Records)

「遙かなる影((They Long to Be)Close to You)カーペンターズ(1970)

 おはようございます。

 今日はカーペンターズの「遥かなる影」を。


[They Long To Be] Close To You

 

 ”どうして鳥たちは突然現れるの? いつもあなたが近くにいると

   まるで私みたい  みんなあなたのそばにいたくてしかたがないの

 

  どうして星たちが空から落ちてくるの? いつもあなたが通りかかると

  まるで私みたい みんなあなたのそばにいたくて我慢できないの

 

  あなたが生まれた日 天使たちが集まって

     夢をかたちにしようって決めて

  あなたの金色の髪に月のカケラを 瞳には月の光を振りかけたの

 

     それで街中の女の子が あなたの周りに集まるのね

  まるで私みたい    みんなあなたのそばにいたくてしかたがないの

 

   まるで私みたい    みんなあなたのそばにいたくてしかたがないの  ”

                            (拙訳)

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Why do birds suddenly appear
Every time you are near?
Just like me, they long to be
Close to you

Why do stars fall down from the sky
Every time you walk by?
Just like me, they long to be
Close to you

On the day that you were born the angels got together
And decided to create a dream come true
So they sprinkled moon dust in your hair of gold and starlight in your eyes of blue

That is why all the girls in town
Follow you all around
Just like me, they long to be
Close to you

On the day that you were born the angels got together
And decided to create a dream come true
So they sprinkled moon dust in your hair of gold and starlight in your eyes of blue

That is why all the girls in town
Follow you all around
Just like me, they long to be
Close to you
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  ポップス史上でも屈指の名曲、スタンダードだと僕は思っていますし、同じ考えの人は少なくないのではないでしょうか。

 しかし、僕は、だって曲がいいもん〜バカラックだもん〜などと安易に思っていたのですが、この曲のプロフィールは、”曲が素晴らしい”だけでは、名曲はおろか、ヒットすらしないという教訓を与えてくれます。

 

 この曲のオリジナルは1963年に、俳優のリチャード・チェンバレンが歌ったものでした。


Richard Chamberlain sings Close To You

 リチャード・チェンバレンアメリカでは「ドクター・キルデア」というドラマが有名らしいですが、僕は1980年の映画/TVドラマ「将軍SHOGUN」(三船敏郎島田陽子らが出演)の主役だったのをおぼえています。

 彼のヴァージョンは全く売れず、かえってカップリングだった「ブルー・ギター」という曲のほうが売れたそうです。

 バカラック本人は

「アレンジがひどくー書いたのはわたしープロデュースもひどくーープロデューサーはわたしーーチェンバレンも決してうまい歌手ではなかった。下手をするとわたしの生涯で最悪のレコードだった可能性もある・・」   

           (「バート・バカラック自伝 ザ・ルック・オブ・ラヴ」)

 とまで言っています。

 

   チェンバレンのヴァージョンに納得できなかったバカラックは、すぐさま彼が最も信頼する歌い手ディオンヌ・ワーウィックに歌わせます。1964年にアルバム「Make Way for Dionne Warwick」に収録され、1965年にシングル「Here I Am」のB面にも収録されましたが、ヒットしませんでした。


Close to you - Dionne Warwick

 アレンジのアプローチがチェンバレンとさほど変わっていませんね。ですから、歌の上手い下手だけが問題ではなかったのでしょう。

 

   そして、バカラックの曲をイギリスでヒットさせる”スポークスマン的存在”のダスティ・スプリングフィールドが1965年にレコーディングしますが一旦お蔵入りし、その後1967年のアルバム「Where Am I Going?」に収録されました。


[They Long To Be] Close To You

 アレンジは彼女の「二人だけのデート」やウォーカーブラザースの「太陽はもう輝かない」を手がけたアイヴァー・レイモンド。

popups.hatenablog.com

 彼は僕の大好きなアレンジャーで、大瀧詠一も認めるほどの”フィル・スペクターサウンド”の解釈と再現のできる人なのですが、彼のドラマティックなアレンジは、この曲に関して言えばあまり向いていなかったのかもしれません。

 

 この曲を次に取り上げる候補者になったのが、人気トランペッターでA&Mレコードの共同オーナー、ハーブ・アルパートでした。1968年に彼がボーカルをとった「ディス・ガイ(This Guy's in Love with You)」が全米NO.1になり、その次の曲を探してバカラックの作詞のパートナーであるハル・デイヴィッドに連絡したところ、彼が「遥かなる影」を推薦してきて、ディオンヌが歌うヴァージョンの入ったアルバムが送られてきたのです。   

 ハーブ本人はこう語っています。

 

「とりあえず、レコーディングはしたものの、スタジオでプレイバックを聞いていると、友人でエンジニアのラリー・レヴィンがわたしをしげしげと見て、「おい、この曲をうたっているおまえはサイアクだな」と言うんだ。すっかり自身をなくしたわたしは、この曲を引き出しにしまいこんだ」

    (「バート・バカラック自伝 ザ・ルック・オブ・ラヴ)

 ちなみにラリー・レヴィンはフィル・スペクターのエンジニアで、フィルの代名詞である”ウォール・オブ・サウンド”を実際に形にした人です。

 

 自分で歌うことをあきらめたハーブでしたが、頭の中にこの曲はずっと引っかかっていたのでしょう、1970年に自分のレコード会社に所属しているカーペンターズがライヴでバカラック・メドレーをやると聞き、リチャード・カーペンターにこの曲を推薦したそうです。

 (しかし、リチャードによれば、それはカーペンターズのライヴ用ではなく、「涙の乗車券」のリチャードのアレンジに感銘を受けたバカラックが自分のチャリティ・コンサートでやるメドレーのアレンジを彼に依頼したとのことです)

 

 ところが、

「リチャードは律儀にアレンジの作業を行ったものの、たいしていい曲だと思えずに、レコーディングに関してよき師であるアルパートの怒りを買うことを覚悟で、その曲をメドレーからはずすことに決めた」

              (「カレン・カーペンター 栄光と悲劇の物語」)

 

 しかし、最終的にハーブからの度重なる要請により、リチャードはこの曲をレコーディングすることにします。

 アレンジについては、バカラックからは、”So they sprinkled moon dust in your hair of gold and starlight in your eyes of blue〜”の後にピアノで”ポロロン、ポロロン”と二回弾くフレーズがありますが、そこだけ残してくれれば、あとは自由に料理していいと言われたそうです。

 

 そこで、リチャードはこの曲を”スローなシャッフルのリズム”でやるアイディアを思いつきます。

 そして、カレン・カーペンター自身のドラムで一度レコーディングしましたが、サウンドが”軽く”感じたハーブからNGが出たため、LAの凄腕スタジオ・ミュージシャン”レッキング・クルー”のドラマー、ハル・ブレインとピアノのラリー・ネクテルが呼ばれ、再度レコーディングしました。

 しかし、ラリーのピアノのスタイルが骨太で、リチャードのイメージするサウンドと合わなかったため、リチャードがピアノに戻って三回めのレコーディングを行い、ようやく着地しました。

 

 ハーブ・アルパートとともにA&Mレコードを経営するジェリー・モスから電話でこの録音を聞かされたバカラックはこう思ったそうです。

「おい、こいつは最高じゃないか!リチャード・チェンバレンとやったときはてんでものにならなかった曲を、別のだれかが遥かに上出来なレコードに仕立ててくれてるぞ!”」

         (「バート・バカラック自伝 ザ・ルック・オブ・ラヴ」)

 

 リチャードは

「『遥かなる影』は、アレンジが曲のポテンシャルを十二分に引き出していなかったという意味で、バートにとってはかなり例外的な曲だったと思います」

 と語っていて、バカラック本人も十二分に引き出せなかったこの曲のポテンシャルを彼は引き出すことに成功したわけです。

 

 「遥かなる影」の成り立ちを追ってわかるのは、この曲を本当にいいと思っていたのはたぶん、ハル・デイヴィッドくらいで、バカラック本人はチェンバレンのアレンジに失敗したという気持ちで客観的にジャッジできなかったようですし、ハーブ、リチャード、カレン、みんなそんなに乗り気じゃなかったということです。

 

 それほど、ポップスにおいてアレンジやサウンドのウェイトは大きく、この「遥かなる影」が名曲になった要因として、実はリチャード・カーペンターのアレンジの力がかなり大きかったと言ってもいいのではないかと僕は思います。

 

 もうひとつの大きな要因は、もちろん、カレン・カーペンターのヴォーカルです。この曲を聴いて、”人気者の男子を遠くから見つめる内気でナイーヴな女の子”の姿をありありと思い浮かべることができて、そこが大きな魅力になっていると思いますが、それはすべて彼女の歌のマジックだと思います。だって、もともとは”人気者の女性に想いを寄せる男”の歌だったわけですから。たとえ同じ女性が歌っても、たとえばディオンヌやダスティの歌からは、カレンと同じナイーヴなニュアンスは感じとることはできません。

 

 「遥かなる影」と言う曲は、曲本来の力を引き出すアレンジとヴォーカルにめぐり逢うために、7年もかかったということなのでしょう。

 

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