まいにちポップス(My Niche Pops)

令和初日から毎日、1000日連続で1000曲(せんきょく)を選曲(せんきょく)しました(苦笑)。古今東西のポップ・ソングをエピソード、歌詞の和訳、マニアックなネタ、勝手な推理、などで紹介しています。みなさんの音楽鑑賞生活に少しでもお役に立てればうれしいです。みなさんからの情報や思い出話などコメントも絶賛募集中です!text by 堀克巳(VOZ Records)

「ラヴィン・ユー・ベイビー(I Was Made For Lovin' You)」キッス(1979)

 おはようございます。

 今日はキッスの「ラヴィン・ユー・ベイビー」を。


Kiss - I Was Made For Lovin' You

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Tonight I want to give it all to you
In the darkness
There's so much I want to do
And tonight I want to lay it at your feet
'Cause girl, I was made for you
And girl, you were made for me

I was made for lovin' you baby
You were made for lovin' me
And I can't get enough of you baby
Can you get enough of me

Tonight I want to see it in your eyes
Feel the magic
There's something that drives me wild
And tonight we're gonna make it all come true
'Cause girl, you were made for me
And girl I was made for you

I was made for lovin' you baby
You were made for lovin' me
And I can't get enough of you baby
Can you get enough of me

Oh, can't get enough, oh, oh
I can't get enough, oh, oh
I can't get enough


I was made for lovin' you baby
You were made for lovin' me
And I can't get enough of you baby
Can you get enough of me

Oh, I was made, you were made
I can't get enough
No, I can't get enough

I was made for lovin' you baby
You were made for lovin' me

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今夜 君にすべてをあげたい

暗闇の中で

やりたいことがたくさんあるんだ

そして今夜 君に捧げたい

だって オレはキミのために生まれて

ガール、キミはオレのために生まれてきたのだから

 

オレはキミを愛するために生まれてきたんだ

キミはオレを愛するために生まれてきたんだ

まだまだキミが足りないんだ ベイビー

オレの愛は十分かい?

 

今夜 オレはキミの瞳の中に見つけたい

魔法を感じて

何かがオレを激しく駆り立てる

そして今夜 オレはすべて叶えるよ

だって オレはキミのために生まれて

ガール、キミはオレのために生まれてきたのだから

 

オレはキミを愛するために生まれてきたんだ

キミはオレを愛するために生まれてきたんだ

まだまだキミが足りないんだ ベイビー

オレの愛は十分かい?

 

まだ足りないんだ まだ足りないんだ、、

 

オレはキミを愛するために生まれてきたんだ

キミはオレを愛するために生まれてきたんだ

まだまだキミが足りないんだ ベイビー

オレの愛は十分かい?               (拙訳)

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  ベイ・シティ・ローラーズの大ブームの時に、少しアンチ気分もあった僕はクイーンに肩入れしていましたが、他の男子が興味を持ったのはクイーンよりキッスだったイメージがあります(僕のまわりではエアロはいなかったような。田舎ですしね)。あのメイクでステージで火まで吹くんですから、男子の興味を引くには十分だったと思います。

 

  さて、この「ラヴィン・ユー・ベイビー」はキッスのヒット曲の中でも、YouTubeSpotifyの再生数がぶっちぎりの1位という、まさに代表曲でしたが当時は、彼らのとって”異色の”曲でした。

 

 1973年に結成され74年にデビュー、75年のライヴ・アルバム「Alive」でブレイクを果たした彼らは1976年から77年はまさに破竹の勢いでした。

 メンバー全員が曲が書けて歌える、というのが売り物でもあった彼らは1978年に4人のメンバー、ジーン・シモンズ、ポール・スタンレー、ピーター・クリス、エース・フレーリーが同じ日にソロ・アルバムをリリースするという思い切った策に出ます。

 

 そして1979年に、ピーターのソロ・アルバムのプロデューサーだったヴィニ・ポンシアを迎えて作ったアルバムが「地獄からの脱出(Dynasty)」で、そこからのファースト・シングルがこの「ラヴィン・ユー・ベイビー」でした。

 ヴィニ・ポンシアはピーター・アンダースとチームを組み(アンダース&ポンシア)、ロネッツの「(The Best Part of) Breaking Up」 や「Do I Love You?」といったヒット曲を書き、1970年代にはリンゴ・スターの共作者としても知られています。

 このブログで以前に紹介したトレイド・ウィンズの「ニューヨークは寂しい町(NEWYORK'S A LONLET TOWN)」も書いています。

 いわゆる”ポップスの匠”みたいな人がアルバムのプロデューサーに立ったわけですね。彼は「ラヴィン・ユー・ベイビー」の共作者にもなっています。

 

 さて、当時この「ラヴィン・ユー・ベイビー」を聴いたファンは驚きました。”ディスコ調”だったからです。当時はローリング・ストーンズ(「ミス・ユー」)、ロッド・スチュワート(「アイム・セクシー」)など、ロックのビッグ・ネームがディスコ調の曲で当てていましたから、キッスお前もか、、といった論調があったように記憶しています。

 

 この曲の共作者の一人、メンバーのポール・スタンレーはこう語っています。

「”ラヴィン・ユー・ベイビー”は、バンドが少し迷っていた時期に生まれた曲だ。なぜ自分たちは”キッス”なのか、今までやって来たことがどうして好きだったのか、そういうことを忘れてしまったような状態にあったんだ。俺たちはみんなある意味、成功に酔ってい。まわりにはおべっかをつかう友人がいて、ドラッグもアルコールもあったし、名声がもたらすあらゆる悪徳があった。当時の僕らは、ロックのエッジのようなものを失っていたのかもしれないし、仲間に受け入れてもらうことのほうを少し気にしていたんだ。で、そういうのはいつも毒された考え方なんだ、だって、自分のことを愛しちゃいない人のために、自分を愛してくれる人を見捨てることになるから。

 この曲は(悪名高いニューヨークのナイトクラブ)Studio 54で遊んでいた時に書かれたもので、「おや、オレもこんな曲も書けるんだな」と思っていたんだ。スタジオ54で書いた曲はどれも "今夜 "をテーマにしていて、未来のことを考えるのではなく、今を楽しく過ごすことをテーマにしているように思えたよ、それで、家に帰ってドラムマシーンをBPM126に設定して作業に取り掛かった。「地獄からの脱出」の他の多くの曲と同じように、この曲も私が望んだようなサウンドにはならなかったけど、それにもかかわらず素晴らしい曲であり、世界中で大ヒットした。でも、万人受けしない曲でなければ、というのは理解しているよ」

                     (BRAVE WORDS 2015 MAY)

 彼ら本来の持ち味の曲でないことを認めながら、代表曲であることを認めざるを得ない、という彼の複雑な心境が伝わってきます。しかし、当時ニューヨークのディスコ・ブームの中心地であった”スタジオ54”で遊んでいた時に、リズムから作ったというのですから、正真正銘のディスコ・チューンだったわけですね。

   

 そして、この曲の共作者には興味深い人がもう一人います。デズモンド・チャイルド。

 1980年代にボン・ジョヴィの「禁じられた愛You Give Love a Bad Nameリヴィン・オン・ア・プレイヤー」、エアロスミス「デュード」、「エンジェル」などといった曲をバンドのメンバーと共作し、大ヒットメイカーになる人です。彼の最初のヒットがこの曲でした。 

  デズモンドはこう語っています。

 「ポール(スタンレー)が僕らのグループの演奏を見に来て、ショーの後に楽屋に来てくれたんだ。僕たちは友達になり、彼は僕たちのライブにもあと何回か来てくれて、一緒に曲を書こうと提案してくれたんだ。ポールと僕はキッスが今後のツアーに向けてリハーサルをしている間の昼休みの間にスタジオで会って、二人でグランドピアノの前に座って、彼らのNO.1ヒットになる「ラヴィン・ユー・ベイビー」を書き始めたんだ」     

                 (DESMOND CHILD のHPより)

  彼は当時デズモンド・チャイルド&ルージュという、R&B調のポップ・ロック・バンドを組んでいました。


Desmond Child & Rouge - Our Love Is Insane (Official Music Video)

 聴いてみると確かにキッスに”ディスコ調”をもたらすにはぴったりの相手だったなあ、と思うわけですが、逆にデズモンドの方はロック・バンドの共作者としてポップな味付けを施すという才能を開花させていったわけです。

 

 「ラヴィン・ユー・ベイビー」は、メンバーで曲を作って来たバンドに、外部の作者を迎えることによって、新たな作風が生まれ、ヒットになる、という方程式を示したものでもありました。

 

  最後にフィル・スペクターのヒット曲の作者ヴィニ・ポンシアがこの曲をプロデュースしたわけですが、実はその以前にキッスはフィル・スペクターのカバーをやっています。曲はクリスタルズの「キッスでダウン(Then He Kissed Me)」。ビーチボーイズが「Then I Kissed Her」というタイトルにしてカバーしていましたが、キッスは「Then She Kissed Me」というタイトルにしています。曲名にKissが入っているから選曲したのでしょうが、けっこうオリジナルに忠実なサウンドでやっています。

  1977年のアルバム「ラヴ・ガン」に収録されています。


Kiss - Then She Kissed Me "Video"

 

 ヴィニ・ポンシアがいたトレイド・ウィンズの「ニューヨークは淋しい町」

popups.hatenablog.com

 同時期の”ディスコ調ロック”の代表曲 

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