まいにちポップス(My Niche Pops)

令和元年初日から毎日更新中〜1日1ポップス。エピソード、歌詞の和訳、謎解き、マニアックな捜査、勝手な推理、などで紹介していきます。text by 堀克巳(VOZ Records)

「天使のささやき(When Will I See You Again)」スリー・ディグリーズ(1974)

 おはようございます。

 今日はスリー・ディグリーズの「天使のささやき」を。

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(Hoo, hah ,Hah, hoo  Precious moments)

When will I see you again?
When will we share precious moments?
Will I have to wait forever?
Will I have to suffer
And cry the whole night through?

When will I see you again?
When will our hearts beat together?
Are we in love or just friends?
Is this my beginning or is this the end?

When will I see you again
When will I see you again
When will I see you again

(Hah, hoo  Precious moments)

Are we in love or just friends?
Is this my beginning or is this the end?

 

When will I see you again?
When will I see you again?
Sweet sweet love of mine
(When will I see you again?)
Come, come
(When will I see you again?)
Tell me, yeah
(When will I see you again?)
My sweet lover, yeah
(When will I see you again?),,,

 

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あなたにいつまた会えるのかしら?

大切なひとときを分かち合えるのはいつ? 

永遠に待たなければいけないの?

一晩中苦しんで泣かなくちゃいけないの?

 

あなたにいつまた会えるのかしら?

二人の鼓動が重なるのはいつ?

私たちは愛し合っているの? それともただの友達?

これは始まりなの?それとも終わりなの?

 

あなたにいつまた会えるの?

あなたにいつまた会えるの?

あなたにいつまた会えるの?

 

私たちは愛し合っているの? それともただの友達?

これは始まりなの?それとも終わりなの?

 

あなたにいつまた会えるの?

あなたにいつまた会えるの?

私の愛しい、愛しい人

あなたにいつまた会えるの?

さあ、さあ

あなたにいつまた会えるの?

教えて

あなたにいつまた会えるの?、、、        (拙訳)

 

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 歌詞の一行一行がすべて疑問形という画期的な歌です。

 日本の洋楽史に残る邦題ですが、そういう名邦題に限って歌の内容とまったく関係ないものが多かったりするんですよね。これもそう。たぶん、ハー、フーというコーラスが「天使のささやき」に聴こえたのでしょうか、、。

 

 この頃僕は小学生で、まだ自覚的に洋楽を聴いたりはしていなかったのですが、TVを見ているうちに勝手に”耳に入ってきて記憶に残ってしまう曲”はいくつかありました。

 ビートルズカーペンターズが多かったですが、この「天使のささやき」も何度も耳にした記憶があります。それだけの大ヒットだったのだとあらためて思います。

 

  スリー・ディグリーズは1963年にフィラデルフィア、自身も歌手でありシャンテルズのマネージャーもやっていたことのあるリッチー(リチャード)・バレットが声をかけて結成されています。彼はニューヨークで活動していましたが、地元のフィラデルフィアに拠点を移していました。

 

 「スリー・ディグリーズは僕にとって特別なものなんだ。僕は彼女たちのマネージャーになり、プロデューサーになり、守護天使になろうと決めたんだ。だから1964年からは、スリー・ディグリーズのストーリーは僕のストーリーになったのさ。もし彼女たちが食事をとらなかったら、僕も食べなかった。僕は彼女たちの活動を軌道に乗せると約束して、それをやりとげただけじゃなく、スーパースターにまでにしてあげたんだよ」

 (Tony Cummings, “Some Other Guy,” Black Music)

 

 最初はファイエット・ピンクニー、シャーリー・ポーター、リンダ・ターナーというメンバーでしたがすぐにシャーリーとリンダが抜け、ジャネット・ハーモンとヘレン・スコットが加わります。

    レコード・デビューは1965年、バレットが作った「Gee Baby(I'm Sorry)」という曲で全米80位まであがりました。

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 1966年にヘレンが脱退し、代わりにバレットがソロ・アーティストとしてすでに契約していたシーラ・ファーガソンが加わることになります。

  シーラはソロとしてシングルもリリースしていました。なかなかいい感じです。

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 ウィキペディアによるとスリー・ディグリーズはのべ12人のメンバーが入れ替わっていたようですが、世界中の人たちに馴染みのある代表曲のメイン・ボーカルをとっていたのがシーラ・ファーガソンでした。

 1970年にはバレットがマネージャーをやっていたシャンテルズの「Maybe」をカバーし全米29位まであがっています。

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 1973年にバレットは新興レーベル”フィラデルフィア・インターナショナル”と彼女たちを契約させます。

  そして、一番最初にレコーディングしたのがこの曲のコーラスだったそうです。

人気音楽番組「ソウル・トレイン」のテーマとしても知られている"TSOP (The Sound of Philadelphia)"。全米NO.1ヒットになっています。

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  ちなみにMFSBとは、フィラデルフィアサウンドを作ったスタジオ・ミュージシャンたちのグループ名です。

 この曲と並行して彼女たちはアルバムを制作していて、ファースト・シングルは「荒野のならず者(Dirty Ol' Man)」。日本では有名な曲ですが、アメリカではR&Bチャート58位と振るわなかったようです。

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 やり手のマネージャーであるバレットは彼女たちを日本に連れてゆき東京音楽祭に参加し、この「天使のささやき」で見事金賞を獲得、日本でオリコン1位の大ヒットになりました。

 

 当時の日本の担当者はこうバレットのことをこう回想しています。

 

「74年の東京音楽祭に初来日した時は、芝の東京プリンスでマネージャーのリチャード・バレットが上半身裸になって「背中を見ろ」と。傷だらけなんです。「俺はつい先立ってまでヒットマンやっていたんだ」おそらくマフィアのそういう人なの」

                (「洋楽マン列伝 1」)

 調べてみると彼はシンガーとしてのキャリアがしっかりある人なので、ヒットマンだというのは冗談で、本人はマフィアでもないとは思いますが、ただ当時この世界でマネージメントを長くやってきたということはマフィアともどっぷり仕事をして、相当危ない橋も渡ってきたのだろうと思います。まさに”体を張って”彼女たちを売ったんですね。

 日本では日本語ヴァージョンも作っていて、こちらも当時耳にしました。今聴いてみると、歌詞のボキャブラリーがフォーク・ソングっぽくて、R&B感が見事なほどないですね。

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 そして、日本での大成功をうけてアメリカでもシングル・カットすると全米2位の大ヒットになりました。日本のヒットありきのブレイクのようです。

 イギリスでは1位になりましたが、こちらは前のシングル「Year of Decision」が13位のヒットになっていたので、日本のヒットの影響ではなさそうです。

 

 「Year of Decision」こういう洗練されてノリのいいR&B、イギリス人好きですよね。

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 さて「天使のささやき」を書いたのは、フィラデルフィア・ソウルの生みの親、ケニー・ギャンブルとレオン・ハフですが、メインボーカルのシーラはこう回想しています。

 「この曲は1973年にケニーギャンブルが私にピアノで弾いてくれたんだけど、私は癇癪をおこしちゃったの。大声出して叫んで、絶対に歌わないって言ったわ。こんなに簡単な歌を歌わせようとするなんてとんでもない侮辱で、歌うのに才能は必要ないと感じたのよ。その後、私たちは数え切れないほど歌ってきたけど、私より彼のほうがよくわかっていたことに気づいたわ」

    (Songfacts)

 

  現在、スリー・ディグリーズはヴァレリー・ホリデイ、ヘレン・スコット、フレディー・プールというメンバーで活動を行なっています。

 シーラは1986年にグループを脱退すると、彼女たちの人気が高かったイギリスに移り、女優として人気者になり、料理本がベストセラーになるなど大活躍しているようです。

 

 最後はスリー・ディグリーズの日本制作の楽曲を。

 まずは、「苦い涙」(作詞:安井かずみ/作曲:筒美京平/編曲:深町純

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「ミッドナイト・トレイン」(作詞:松本隆 作曲:細野晴臣 編曲:矢野誠

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 彼女たちを日本の歌謡曲と大胆にミックスしようとした筒美と、日本人でも洋楽が作れるというような野心が感じられる細野、どちらも聴きごたえがありますね。

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