まいにちポップス(My Niche Pops)

令和元年初日から毎日更新中〜1日1ポップス。エピソード、歌詞の和訳、謎解き、マニアックな捜査、勝手な推理、などで紹介していきます

「テイク・イット・トゥ・ザ・リミット(Take It to the Limit)」イーグルス(1975)

おはようございます。

 今日はイーグルスの「テイク・イット・トゥ・ザ・リミット」です。

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All alone at the end of the evening
And the bright lights have faded to blue
I was thinking 'bout a woman who might have loved me
I never knew
You know I've always been a dreamer
Spent my life runnin' 'round

And it's so hard to change
Can't seem to settle down
But the dreams I've seen lately keep on turning out
And burning out and turning out the same


So put me on a highway and show me a sign
And take it to the limit one more time


You can spend all your time making money
You can spend all your love making time
If it all fell to pieces tomorrow
Would you still be mine?


And when you're looking for your freedom
Nobody seems to care
And you can't find the door
Can't find it anywhere
When there's nothing to believe in still you're coming back
You're running back, you're coming back for more


So put me on a highway and show me a sign
And take it to the limit one more time

Take it to the limit, take it to the limit
Take it to the limit one more time

Take it to the limit, take it to the limit
Take it to the limit one more time

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夕暮れの終わりにひとりっきり

まぶしい光はブルーへと薄れていった

僕のことを愛してくれたかもしれない女ことを考えていた

僕には知るよしもないことさ

いつだって僕は夢を追いかけていた

この人生を走り回ることに費やして

 

変わることはとてもむずかしい

腰を落ち着けることはできないみたいだ

だけど僕が最近見てきた夢は

現れては燃え尽きて、また同じように現れるんだ

 

だから、僕をハイウェイに立たせて 標識を見せて

限界までやらせてくれ もう一度

 

金を儲けるために時間を全部使ってもいい

時間稼ぎに愛を全部費やすのもいい

もし明日全てが粉々になってしまったとしても

僕のものでいてくれるかい?

 

君が自由を探している時には

誰も気にかけてくれない

君はドアを見つけることができない

どこにもないのさ

信じられるものが何もなくなってしまったときに

まだ君は戻ってくる

走って戻ってくる、帰ってくるのさ それでもなお

 

だから、僕をハイウェイに立たせて 標識を見せて

限界までやらせてくれ もう一度

 

限界までやらせてくれ 限界までやらせてくれ

限界までやらせてくれ もう一度

                     (拙訳)

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 イーグルスの代表曲の多くは、グレン・フライドン・ヘンリーの二人が書き、どちらかがリード・ヴォーカルをとっていますが、全米4位まであがったこの「テイク・イット・トゥ・ザ・リミット」はベーシストのランディ・マイズナーがメイン・ヴォーカルをとっています。曲も彼がメインで書いています。

 

 イーグルスはグレン、ドン、ランディとバーニー・レドン(昔はリードンと表記していましたね)の4人でスタートし、ファースト・アルバムは4人が均等にメインヴォーカルを分け合ってバランスをとっていましたが、作品を追うごとにグレンとドンが主導権を握っていくようになります。正直言ってランディは一番地味な存在になっていましたし、それは彼自身も望んでいたことのようです。

 

 彼がこの曲を書き始めたのは、西ハリウッドの伝説的なライヴ・ハウス”トゥルバドール”で他のミュージシャンたちと酒を飲んだあと、夜遅くに家に帰ったときでした。そして、まず冒頭の”All alone at the end of the evening”というフレーズが出てきたそうです。

 曲を完成できないまま、この曲をレコーディングすることに決まると、グレンとドンが埋まらない歌詞を考えて仕上げてくれたといいます。

 

 そして、この曲はアルバム「呪われた夜」からのサード・シングルとして大ヒットしたわけですが、それがランディの運命まで大きく変えることになってしまいました。

 

「曲の最後に僕が歌う高音は、ライブでやるのは大変だった。かなり難しくて、毎晩がチャレンジだった。だけど、僕は毎晩、ほぼ完璧にやりとげたよ。リハーサルをちゃんとやっていたので、できなかったことはあまりなかった。僕たちは、あらゆることをレコードと同じように聴かせたかったんだ」

 

 「この曲をライブでやるのにはナーヴァスになった。僕にはスポットライトは当たりはずじゃなかったから。メンバーみんながスポットライトが当たっていた。僕はただ脚光を浴びたくなかったんだ。 "Take It To The Limit "では少しだけ光を当ててくれたかもしれない。でも、僕は脇役に徹して、自分の役割を果たすのが好きだったんだ。僕は内気なところがあって、本当のところ、ただ自分の仕事をしたかっただけなんだ」

 (ROCKCELLER MAGAZINE   NOVEMBER 10, 2016)

 

  しかし、翌年の彼らの代表作「ホテル・カリフォルニア」のツアーで、ランディは調子をおかしくしてしまいます。ツアーの旅先での行われるパーティで酒とドラッグにあけくれたせいで、奥さんとの関係が最悪になり、体調面では潰瘍ができインフルエンザにかかるなど、「テイク・イット・トゥ・ザ・リミット」をちゃんと歌えるような状況ではなくなっていたのです。

 ある日のライヴで彼は体調が悪くてこの曲を歌えないとグレンに申し出たところ、彼から罵られ、殴り合いの喧嘩になってしまいます。この曲はライヴの大事なハイライトでもあったのでやらないなどありえないことだったのでしょう。

 「ツアーの残りの日々は最悪だったよ。誰も僕に話しかけなかったし、ライヴ後に一緒に出かけなかったし、僕に何もしなかった。自分が立ち上げのメンバーだったバンドから除け者にされてしまったんだ」

 (Rolling Stone JULY 16, 2015)

 そして、ツアー後すぐに、ランディはイーグルスをやめることになってしまいました。

 

 自業自得と言ってしまえばそれまでですが、ランディ自身も思ってもいなかったし、望んでもいなかった大きなスポットライトを浴びたことが、すべてを大きく狂わせてしまったように僕には思えます。

 以前のように少し地味なベーシストとして、アルバムの中のあまり目立たない曲のボーカリストのままであれば、起こらなかった事件でしょう。

 ”大ヒット”というスポットライトは、ランディというミュージシャンの器に対して、大きさも形もまったく合わないものだったのかもしれません。

 

  しかし、「テイク・イット・トゥ・ザ・リミット」の入ったベスト・アルバム「Their Greatest Hits (1971–1975) 」はアメリカではマイケル・ジャクソンの「スリラー」よりも多い3800万枚という史上1位のセールスをあげていると言われ、それだけでも間違いなく彼に莫大な富をもたらしています。

  

  

 

 そして、ランディの後釜には、不思議な縁ではありますが、かつてポコというバンドで彼の後釜になったことのあるティモシー・B・シュミットが加入することになりました。

 

 彼のほうは、1978年にソロ・アルバムをリリースしていて、その中でこの「テイク・イット・トゥ・ザ・リミット」をやっています。

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 実はこのアルバムの収録曲は「テイク・イット・トゥ・ザ・リミット」以外は全部他の人が書いた曲で、その後のソロ作品も、他の人が書いた曲か、才能あるソングライターとの共作曲で作られています。曲を書くことに彼は強いこだわりはなかったことがわかります。

 それを考えるといっそう「テイク・イット・トゥ・ザ・リミット」は、異例なものだったようにも思えます。

 大ヒット曲というのは、本当にアーティストの運命を変えてしまうものなのですね。そして、それはいい面だけではない、のです。

 

 最後にこの曲のカバーを。

 ランディは若い頃に夢中になったモータウンの楽曲からベースを独学で学んだほど、本来は大変なR&B好きだったそうですから、このカバーはうれしかったでしょう。ブルース、R&Bの名シンガー、エタ・ジェイムズ、1977年のカバー。この曲にこれほどの”ゴスペル感”があったんですね。

 

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 そして、僕の”推し”はこれ。NYのピアノマン、フランク・ウェーバーの思い切ったアレンジ。1980年「ニューヨークのストレンジャー(Frank Weber)」収録。この時代のアメリカ西海岸とニューヨークのサウンドの個性を、こんなにわかりやすく対比させてくれる見本はなかなかないと思います。

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