まいにちポップス(My Niche Pops)

令和元年初日から毎日更新中〜1日1ポップス。エピソード、歌詞の和訳、謎解き、マニアックな捜査、勝手な推理、などで紹介していきます。text by 堀克巳(VOZ Records)

「ワンダフル・サマー(Wonderful Summer)」ロビン・ワード(1963)

 おはようございます。

 今日はロビン・ワードの「ワンダフル・サマー」です。

www.youtube.com

****************************************************************

I want to thank you for giving me
The most wonderful summer of my life
It was so heavenly
You meant the world to me
And anyone could see that I was so in love

I want to thank you for giving me
The most wonderful summer of my life
I never will forget
That summer day we met
You were so shy and yet you stole my heart away

We strolled along the sand
Walking hand in hand
Then you kissed me and I knew
That I would love you my whole life through

I want to thank you for giving me
The most wonderful summer of my life
And though it broke my heart
That day we had to part
I'll always thank you for giving me
The most wonderful summer of my life

****************************************************************

あなたが私にくれたことに感謝したいの

人生で一番素敵な夏を

とても素晴らしくて

わたしにとってあなたは世界そのもので

私が恋していることをみんな知っていたわ

 

あなたが私にくれたことに感謝したいの

人生で一番素敵な夏を

決して忘れない

私が出会ったあの夏の日を

あなたはすごくシャイだったけど

私のハートを奪ってしまったのよ


手をつないで

二人で砂浜を散歩した

そしてあなたが私にキスをすると

私はわかってしまった

あなたを一生ずっと愛するだろうと

あなたが私にくれたことに感謝したいの

人生で一番素敵な夏を

ふたりが別れる日になって

たとえそれで傷ついても

いつも感謝するわ あなたが私に

人生で一番素敵な夏をくれたことを

       (拙訳)

*****************************************************************

  60'sの熱心なポップス・ファンにはおなじみの夏のガール・ポップスの最高峰の一曲です。

  1963年の12月に全米14位、R&Bチャートでも23位まであがっています。冬にヒットしたんですね。

 彼女はこれ以外全米チャート100位までに入った曲はないので、”一発屋”のようにとらえられていますが、裏方のシンガーとして長い間大活躍した人でした。

 

 ロビン・ワードは本名はジャクリン・マクドネルといい、ハワイで生まれネブラスカで育ちました。8歳で二人の姉たちと教会で歌うようになり、”マグドネル・シスターズ”と名乗るようになります。そして、彼女たちがラジオのタレント・コンテストで優勝したことをきかっけに、ハリウッドに引っ越しました。

 彼女が13歳の時、姉妹は「バンドスタンド・レヴュー」というテレビ番組のオーディションに合格し、当時の有名曲を番組で歌うという仕事を4年ほど続けました。

 そのころ彼女は、スター歌手の曲のコーラスを、楽譜の初見で歌うバック・シンガーたちの仕事ぶりに感銘を受けた彼女は音楽学校に通い正規に音楽を学んだそうです。

 姉たちは結婚などを機に音楽の仕事を辞めてしまいましたが、彼女だけは”ジャッキー・ワード”という名前で仕事を続けました。

    彼女はコーラスのレコーディングを主にやっていたようですが、変わったものとして、パット・ブーンの「スピーディー・ゴンザレス」というヒット曲(1962年全米6位)があります。

www.youtube.com

 この”ラ、ラ〜”って歌っているのが彼女で、エルトン・ジョンの「クロコダイル・ロック」のコーラスはこれがモチーフになっているそうです。

 

 その翌年、彼女がよく仕事をしていた作曲家の一人にペリー・ボトキンJrがいました。「スピーディー・ゴンザレス」がヒットした同じ年に、彼はザ・カスケーズの大ヒット曲「悲しき雨音」のアレンジを手がけていました。そして彼女は、彼から楽曲の売り込み用にデモを歌ってほしいという依頼をうけました。

 

ティーンエイジャーが歌ったら素晴らしい曲になるように私には聴こえたの。”あなたが私にくれたことに感謝したいの人生で一番素敵な夏を”ってね。それで彼に、私は若い子の歌にすることができると言ったわ。それで、私は歌い、でもが出来上がると、何かマジックが起こっていることがわかった。私たちは、それがヒット・レコードになると思った。そしてそうなったわ」

               (people and places)

 彼女はティーンエイジャーのように歌い、ボトキンは若く聴こえるようにその録音したテープのスピードを上げ、声をいっそう高く加工したそうです。

 そして、最初はデモのつもりでしたが、仕上がりが素晴らしかったのでそのまま発売することになりました。

 実際の彼女はこのころ21歳で、結婚していて子供もいました。「ワンダフル・サマー」のシンガーとして彼女は”ロビン・ワード”という名前を名乗ることにしました。

 

「ロビンは私の娘の名前で、私が16歳のように聞こえるからレコードに使いました。16歳の男の子からファンレターをもらいましたが、16歳ではないのでもちろん会いに行くことはできませんでした」

    (people and places)

 曲は大ヒットしますが、リスナーは十代の女の子が歌っていると思っていたので、彼女自身が表に出るプロモーションは一切できなかったそうです。それが、ヒットがその後続かなかった、大きな理由なのでしょう。 

 

  それから「ワンダフル・サマー」は波のS.Eで始まりますが、これは前年に大ヒットした「悲しき雨音」が雨のS.Eで始まっていたので、ボトキンはそれにあやかったというか、縁起を担いだんじゃないのか、というのが僕の推測です。

 

  その後、ロビン・ワードとしてリリースはしなかったわけじゃなく、1964年にはDJのウィンク・マーティンデールとデュエットのシングルをリリース。

www.youtube.com

 また、”Robin Ward With The Rainbows” 名義で "In His Car" という曲をリリースしていますが、僕が注目したいのが、同じ1964年にリリースされた「ワンダフル・サマー」の続編ともいうべき「Winter's Here」という曲です。

 

www.youtube.com

 冬が来て夏の恋を思い出す、といった曲なのですが、吹雪のS.Eで始まりまるんです。明らかに続編の演出、”S.E始まり”ということでは「悲しき雨音」「ワンダフル・サマー」と三部作という解釈も可能です。残念ながら全米123位とヒットしませんでしたが、、。

 

  その後彼女は人気TV番組「パートリッジ・ファミリー」の”影武者シンガー”の一人として活動したほか、アニタ・カー・シンガーズやレイ・コニフ・シンガーズといったコーラス・グループのメンバーになった時期もあったようです。

 映画ではナタリー・ウッドジャネット・リー、フランス映画「ロシュフォールの恋人たち」の英語版ではカトリーヌ・ドヌーヴの歌の吹き替えを行い、TVでは「わんぱくフリッパー」や「バットマン」などの劇中音楽に参加していました。

 彼女がバック・コーラスとしてレコーディングしたアーティストには、ビング・クロスビーフランク・シナトラバーブラ・ストライサンド(「ストーニー・エンド」)、 カーペンターズ(緑の地平線〜ホライゾン) 、ソニー&シェール 、ママ・キャス 、ショーン・キャシディ 、 パーシー・フェイスジョーン・バエズテルマ・ヒューストンなどがいます。

 

  最後は彼女のコーラス仕事の中から、ちょっとマニアックなものを。1972年のアメリカのTVドラマ「Maude」の主題歌。歌っているのはダニー・ハザウェイ、コーラスは彼女を含む3人で録音したそうです。

www.youtube.com

 

 

popups.hatenablog.com

 

f:id:KatsumiHori:20210724102329j:plain