まいにちポップス(My Niche Pops)

令和初日から毎日、1000日連続で1000曲(せんきょく)を選曲(せんきょく)しました。。。(現在は不定期で更新中)古今東西のポップ・ソングのエピソード、和訳、マニアックなネタ、勝手な推理、などで紹介しています。キャッチーでメロディアスなポップスは今の時代では”ニッチ(NIche)”なものになってしまったのかもしれませんが、みなさんの毎日の音楽鑑賞生活に少しでもお役に立てればうれしいです。みなさんからの追加情報や曲にまつわる思い出なども絶賛募集中です!text by 堀克巳(VOZ Records)

「ピアノ・マン (Piano Man)」ビリー・ジョエル(Billy Joel)(1973)

 おはようございます。

 今日はビリー・ジョエルの「ピアノ・マン」です。

www.youtube.com

It's nine o'clock on a Saturday
The regular crowd shuffles in
There's an old man sitting next to me
Makin' love to his tonic and gin

He says, "Son, can you play me a memory?
I'm not really sure how it goes
But it's sad and it's sweet and I knew it complete
When I wore a younger man's clothes"

Sing us a song, you're the piano man
Sing us a song tonight
Well, we're all in the mood for a melody
And you've got us feelin' alright

Now John at the bar is a friend of mine
He gets me my drinks for free
And he's quick with a joke or to light up your smoke
But there's someplace that he'd rather be

He says, "Bill, I believe this is killing me."
As the smile ran away from his face
"Well I'm sure that I could be a movie star
If I could get out of this place"

Now Paul is a real estate novelist
Who never had time for a wife
And he's talkin' with Davy who's still in the navy
And probably will be for life

And the waitress is practicing politics
As the businessmen slowly get stoned
Yes, they're sharing a drink they call loneliness
But it's better than drinkin' alone

Sing us a song, you're the piano man
Sing us a song tonight
Well, we're all in the mood for a melody
And you've got us feelin' alright

It's a pretty good crowd for a Saturday
And the manager gives me a smile
'Cause he knows that it's me they've been comin' to see
To forget about life for a while

And the piano, it sounds like a carnival
And the microphone smells like a beer
And they sit at the bar and put bread in my jar
And say, "Man, what are you doin' here?"

Sing us a song, you're the piano man
Sing us a song tonight
Well, we're all in the mood for a melody
And you've got us feelin' alright

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ある土曜の夜の9時
いつもの客でにぎわっている
僕の隣に座った老人は
トニックとジンを口説いている

彼は言う
”若いの、想い出の曲を弾いてくれるかい?
どんな曲だったのかよくわからないが
悲しくて、甘くて、
オレがもっと若い格好してた頃には
全部おぼえていたんだがな”

歌っておくれ、お前はピアノ・マン
歌っておくれ、今夜
オレたちはみんなメロディを聴きたいんだ
そうすれば気分は良くなるよ

カウンターにいるジョンは僕の友達さ
酒をおごってくれるんだ
素早くジョークを飛ばし、タバコに火をつける
でも、ヤツにはもっと向いた場所があるはずさ

彼は言う
”ビル、こんな仕事はうんざりなんだ”
奴の顔から微笑みが消えてゆく
”オレは映画スターになれると思っていたんだ
もし、こんな場所から出ていけたら”

ポールは小説家を目指す不動産屋
奥さんを見つける時間もなかった
彼はデイヴィと話している、今も海軍にいるヤツさ
たぶん、一生そうしているんだろう

そしてウエイトレスはうまくあしらうのさ
そのビジネスマンが酔い始めるとね
そうさ、みんな孤独という名の酒を分かち合っている
だけど、一人きりで飲むよりマシさ

歌っておくれ、お前はピアノ・マン
歌っておくれ、今夜
オレたちはみんなメロディを聴きたいんだ
そうすれば気分は良くなるよ

いつもの土曜より客の入りがいい
マネージャーが僕に微笑みかける
それは、人生を束の間忘れるために
みんな僕を見に来ていると
彼は知っているからさ

ピアノは、カーニバルみたいな音をたて
マイクはビールみたいな匂いがする
彼らはカウンターに腰かけ 僕の瓶にチップを入れる
そして言うんだ ”なあ、こんなところで何してるんだい?”

歌っておくれ、お前はピアノ・マン
歌っておくれ、今夜
オレたちはみんなメロディを聴きたいんだ
そうすれば気分は良くなるよ

             (拙訳)

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ビリー・ジョエル「ピアノ・マン」ヤマハぷりんと楽譜

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 僕の記憶に強く残っているライヴのひとつが、ビリー・ジョエルのニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンでのライヴです。1993年くらいだったと思います。そのライヴのハイライトは、この「ピアノマン」の大合唱で、曲の最初からほとんどの観客が勝手に歌い始めました。その瞬間会場は、スポーツアリーナからライヴ・バーに一変してしまったように僕には思えました。ずいぶん巨大なライブ・バーですが、、。曲が始まってまもなく観客席の照明もついたので、お客さん同士が時々顔を見合わせながら、にこやかな表情でこの曲を口ずさんでいる様子がよく見えました。

 彼が本当にニューヨークの”ご当地アーティスト”なんだということを、そのときの会場の空気感から強く感じて、少しうらやましく思えたことをよくおぼえています。

 

 さて、ビリー・ジョエルの代名詞となっているこの曲は、実際に彼がラウンジ・バーの専属ピアニストとして歌っていた経験が反映されています

 彼は1971年にアルバム「コールド・スプリング・ハーバー」でデビューしましたが全く売れず、マネージメントのひどい内容の契約にも悩まされ、ニューヨークから西海岸に逃げ込みます。

 サンフランシスコのレストランでピアノの仕事を見つけますがすぐにクビになり、すがる思いで登録した芸能プロダクションの斡旋で、ロサンゼルスの「エグゼクティヴルーム」というピアノ・バーのオーディションを受け合格、約半年間そこの専属歌手の仕事をしていました。

 彼は”ビル・マーティン”(Piano Stylings of Bill Martin)と言う芸名を名乗り、週6日、30分のステージを一晩に5,6本こなしていたそうです。

 このラウンジのオーナー夫妻はこう語っていたそうです。

「たくさんのピアニストが登場しては消えていきましたが、彼は明らかに違いました。いつも熱狂的なファンに囲まれていましたね。客足が悪い夜は、ショパンポロネーズなんかのクラシックをお願いして弾いてもらっていました。でも客のリクエストに答えるのは苦手だっていつも言っていましたね。お客さんが彼の演奏に合わせて歌い出すことも時々ありましたが、ビリーは明らかに嫌がっていましたよ」

(「イノセントマン ビリー・ジョエル100時間インタヴューズ」)

 ビリーはこう語っています。

「・・・まったく別人になりきって楽しんでいたわけです。(ジャズ・ミュージシャンの)バディ・グレコばりにシャツの襟を立てて、胸元くらいまでボタンを外してね。スティーヴ・マーティンビル・マーレイが演じる三枚目役のように僕も真似をするんだけど、客は僕がしゃれでやっていると思ってくれないんですよ。『あのピアニスト、ノリがいいな』って。で、そんな客が(酔っ払って呂律が回らない状態で)『こ、この歌、やってちょうらいよ』とかなんとか言ってくるんです。そんな歌、知らないから、(ほわんとした雰囲気の)メジャーセブンスのコードを適当にちりばめてポロロンと弾くと、『そうそう、それそれ』って」

(「イノセントマン ビリー・ジョエル100時間インタヴューズ」)

 またこの曲の登場人物にも実在のモデルがいて、たとえば客をうまくあしらうウエイトレスは、当時のビリーの彼女で、ピアノマンがリリースされた年に結婚するエリザベスのことなのだと彼は語っています。ニューヨークで知り合った二人ですが、ビリーの後を追うように彼女もLAに引っ越して来て、日中はUCLAに通いながら夜は「エグゼクティヴルーム」でウエイトレスをやっていたそうです。

 曲に出てくるポールも、店の常連客の不動産ブローカーのモデルがいて、彼はオレは本を書いていると言いながらいつもバーで飲んでいるので、ビリーはそれを書き上げることはできないだろう、と思ったのだそうです。

 このころの彼はかなり追い込まれた状況にあって、食べてゆくためにピアノ・バーで働いていたわけですが、その経験が歌になり、ヒットすることで(全米25位、イージーリスニングチャート4位)彼はミュージシャンとしての道が拓けたわけです。

 そして、彼のライヴ・エンターテイナーぶりも、この時代に培われたものであるのは間違いないでしょう。

 逆境の中にこそチャンスがある、それをよく表したエピソードだと思います。

 歌詞についても少し説明を。

 曲の終わりで、バーに腰掛けチップを入れてくれた客が言うセリフ

"Man, what are you doin' here?"

 おまえほどの才能があるヤツがこんな店で何やってるんだ?ということなのだと思います。実際に彼はそう言われたことがあるんじゃないでしょうか。

It's a pretty good crowd for a Saturday

 土曜日にしちゃ客の入りがいいのに加えて、客スジがいい、ということなんでしょうね。

 普通ラウンジ・バーは酔っ払った客の隅で存在を殺して静かに弾いているイメージがありますが、彼の場合、彼目当ての熱狂的なファンが少なくなかったそうですから、ちゃんと演奏を聴いていたんでしょうね。

 あと、僕がこの曲の歌詞を訳しながら、妙に気になった箇所があって

”we're all in the mood for a melody”

<みんなメロディを楽しみたい気分なんだ>というところです。

 昔のポップスと今のポップスを比べて、僕が最も違いを感じるのがメロディです。昔はメロディが主役の時代でした。次にサウンドの時代になり、今はビートと歌詞が最も重視されているように思えます。

 今も”メロディ気分”の人間は、ほとんどがある程度高い年齢層でしょう(僕も入りますが、、)。

 今の時代はみんながメロディを楽しむムードじゃないよな、と、ちょっと僕はしみじみしてしまったわけです。

 最後は、この曲の情景を忠実に再現したビデオ・クリップを。

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