おはようございます。
今日は、山本達彦の「ある日この夏~two way summer」です。YouTubeにはオリジナル音源の動画がないので、今日はライヴヴァージョンで。
これは当時コーセー化粧品のTVCMで使われていて、僕が初めて聴いた彼の曲でした。
1977年あたりから日本の音楽シーンは、歌謡曲や四畳半フォークといった情緒的な音楽から、ニュー・ミュージックと呼ばれる都会的な洗練された音楽へと流行がシフトしていきました。この曲も僕はそんな流れのものだと受け止めました。
昨日のブログの続きみたいになってしまいますが、昨今のシティポップ再評価の動きを見ていて、僕が疑問に思ってしまうことのひとつとして、彼があまりにフィーチャーされていないということがあります。
リアルタイムではシティポップの中心人物のひとりだったように思うのですが、、。
僕はシティポップ最盛期がちょうど十代でどハマりした人間ですが、大瀧詠一や山下達郎をシティポップっていう風には思ってなかったです。
リアルタイム世代としてシティポップというと、真っ先に思い浮かべるのが彼なんです。あとは稲垣潤一とか安部恭弘とか。
彼自身はこのような言葉を残しています。
「ちなみにこのころ(1982年ころ)、シティポップスという言葉がさかんに使われ、自分の音楽もそう呼ばれる中に含まれていた。東京に生まれ、東京に育った、根っからの東京人、都市生活者である自分がつくりだす音楽は、シティポップスと名付けられることに、もちろん何の意義もない」
(「夜のピアノ」)
なるほど、僕がリアルタイムで接していたのは”シティポップス”のほうで、昨今の”シティポップ”とは別物だったんだ、と思い当たるわけです。
昨今ブームになっている”シティポップ”とは海外のリスナーや若い日本のリスナーがメインですから、当時の時代性やアーティスト・イメージとは全く関係ないわけですね。ひたすらサウンドやグルーヴの心地よさ、きらきらした感じ、とか音楽的な快感に主体が置かれているのでしょう。
とは、いいながら、山本達彦はもうちょっと再評価してもいんじゃない?と思います。確かにあの貴公子然とした佇まいは、当時オタク男子が毛嫌いしそうな感じはあったと思いますし、実際圧倒的に女性ファンが多かったわけですが。
実は僕は、特に彼のフォノグラム時代、ファースト・アルバムからサード・アルバムが結構好きなんです。
洗練された都会的な男性シンガー・ソングライター、いわば”男ユーミン”的な佇まいを感じます。
特にこの「ある日この夏~two way summer」が入ったセカンド・アルバム「メモリアル・レイン」は曲も粒ぞろいで(伊達歩〜伊集院静の歌詞が曲の重心をしっかりまとめています)、松任谷正隆と井上鑑というCITY POPの重要人物がアレンジした曲が中心ですし、細野晴臣、高橋幸宏、松原正樹、林立夫など演奏陣も充実しています。
しかし、今再評価されているようなサウンドが思いっきり前面に出ているものではなく、あくまでも、詞曲を含めてトータルな世界観を味わう都会派シンガー・ソングライターの作品という感じではあります。
また同じアルバムに収録されている「ミスティー・レディー」という曲はもともと山本が、かまやつひろしの「Walk Again」(CITY POPとして再評価されています)というアルバムの為に書いて収録された曲で、「ストレンジャー」というタイトルでしたが、自身で取り上げることになったときに、新たに松本隆に歌詞を依頼した曲でした。
あらためて聴き直しても「メモリアル・レイン」はいいアルバムだと思います。
別にシティポップ・ブームに乗っからなくても、当時のファンが郷愁を持って聴くだけでも十分価値はあると思いますし。
最後に、アルバム「メモリアル・レイン」から、僕の好きな曲「バースデー」を。こちらもオリジナル音源がアップされてなかったので、2008年のライヴ音源になります。