まいにちポップス

1日1ポップス。エピソード、謎解き、勝手な推理、などで紹介していきます

「ウォーク・アウト・トゥ・ウィンター(Walk Out To Winter)」アズテック・カメラ(1983)

 おはようございます。

 今日はアズテック・カメラ。1980年代に流行した、”ネオ・アコ”を代表するバンドです。ネオ・アコはネオ・アコースティックの略でイギリスで生まれたロックですが、和製英語、日本独自の呼び名です。

 

 当時、彼らは日本でも結構話題になりましたし、「思い出のサニービート(Oblivious)」もよくラジオで耳にしましたが、イギリスでは当時最高16位でしたからそこまでの大ヒットではなかったようです。


Aztec Camera - Oblivious (Official Video) (REMASTERED)

 日本での人気の要因は、バンドの中心人物ロディ・フレイムが美少年だったことも大きいでしょうし、アコースティックでセンスがあって爽快感もある、というのも日本人の大好きな感じだったのでしょう。

  しかし、彼(ら)は、おしゃれなお坊ちゃん、というわけではなく、スコットランド出身のパンク・ロックに深くシンパシーを感じていた貧しい若者でした。

 ネオ・アコ以前のイギリスのロックといえば”パンク”です。しかし1980年に入るとそのブームは終息します。電子楽器が導入され、MTVが始まったことでビジュアルを重視したわかりやすい楽曲を作るアーティストが現れました。ワムやカルチャー・クラブ、デュラン・ディランなどですね。

 その中で、パンク・バンドの精神性は継承しながらも、自分たちらしいロックを模索していたのが、当時のイギリスのインディーズシーンの若いバンドたちでした。

 彼らの曲「ウォーク・アウト・トゥ・ウィンター」には、ファンには有名な歌詞があります。

 ”壁から剥がれ落ちたストラマーのポスター 貼ってあった場所には何もない”

 (ジョー)ストラマーはパンク・シーンを代表するバンド”ザ・クラッシュ”のリーダー。クラッシュ以降、代わりになるようなバンドがいない、今の時代はパンクに代わるロックがない、ということを表しているわけです。

 

 僕はロディ・フレイムと同い年なんですが、当時の日本とイギリスは世の中の状況は大きく違っていました。日本は80年代というと明るい時代というイメージがありますが、イギリスはサッチャー首相の時代で若者の就職率がどんどん下がっていった不況期だったのです。

 当時は、同じ世代だから音楽がポップでナイーヴだなあ、などと僕は彼に勝手なシンパシーを感じていたわけですが、今思えば世の中を見る目のシリアスさが全然違っていたわけです。

 ウォーク・アウト・トゥ・ウィンター、冬の中に歩き出そう、という歌詞は、厳しい世の中へ踏み出そう、という意味が込められています。

  自分たちの世代は、 壁に向かって歩くようだ、という歌詞もあります。

 そんな時代でも、冬のなかを歩き出せば、太陽を受けて光っている雪の真下に、チャンスが埋められているかもしれない、と希望を語るのです。

 

 ぱっと聴きはソフトな感じがしますが、その中には、反骨心や気概がこめられている、極端な言い方をすればパンク・スピリットを持つソフト・ロックであるところが、

アズテック・カメラなどのネオ・アコのバンドが人気があった要因だったのかなと思います。そして、それが日本のアーティストたちに影響を与えていくわけです。

 

 


walk out to winter/Aztec Camera

 

Walk out to Winter

Walk out to Winter

  • アーティスト:アズテック・カメラ
  • 出版社/メーカー: London Records
  • 発売日: 2007/04/25
  • メディア: MP3 ダウンロード
 

 

Walk Out to Winter: Best of

Walk Out to Winter: Best of

  • アーティスト:Aztec Camera
  • 出版社/メーカー: Demon Records UK
  • 発売日: 2011/03/29
  • メディア: CD