まいにちポップス(My Niche Pops)

令和元年初日から毎日更新中〜1日1ポップス。エピソード、歌詞の和訳、謎解き、マニアックな捜査、勝手な推理、などで紹介していきます。text by 堀克巳(VOZ Records)

「恋のブギ・ウギ・トレイン」アン・ルイス(1979)

 おはようございます。

 昨日は「今夜はブギ・ウギ・ウギ」を紹介しましたが、日本にも”ブギ・ウギ・ディスコ”の名曲があります。

 発売されたのは1979年の12月25日、「今夜はブギ・ウギ・ウギ」や「ブギー・ワンダーランド」の大ヒットをうけて、和製ブギウギ・ディスコものをやろう!と思いついた音楽関係者がいたのでしょうか?「セクシー・バス・ストップ」のように。

 もしくは、単にディスコものをやろうということになって、定番曲「恋のナイト・フィーヴァー」「今夜はブギウギウギ」「ソウル・トレイン」の3つのタイトルを”がっちゃんこ”しただけなのかもしれません。

 

 作曲、アレンジは山下達郎、作詞、コーラスには吉田美奈子。この時代、二人はお互いの作品でコラボレーションを続けていて、特にこの時期は達郎のアルバムで言うと「MOONGLOW」から「Ride On Time」という、まさにブレイクしようしている、旬のタイミングでした。

 

 アン・ルイスは1971年にデビューし、70年代はずっと歌謡曲の世界で活動してきたのですが、彼女の特性を活かすことはできなかったようです。今聴いてみると、歌謡曲を歌う彼女は窮屈そうで、アルバムの中にそっと収められていた「ロコモーション」や「ビー・マイ・ベイビー」を歌う彼女のほうが断然生き生きしているのは明らかなように感じるのですが、当時は今とは違って、売れるのは歌謡曲かフォーク、という時代ですからやむを得ないところもあったのかもしれません。ただし、唯一のヒット「グッバイ・マイ・ラブ」も60年代洋楽ポップスのテイストがあるものでした。

 1978年「女はそれを我慢できない」あたりから、アグレッシヴな路線に切り替え、洋楽的なアプローチが目立ち始めます。ちなみに、「恋のブギウギトレイン」の直前のアルバム「PINK PUSSY CAT」では11曲中8曲を達郎がプロデュースしていています。

 

 そして、彼女がブレイクしたのは1980年代、歌謡ロック路線に振り切ってからですね、山口百恵作詞、沢田研二作曲の「La Saison」がヒットし、そして「六本木心中」で大ブレイクしました。

 

 アン・ルイスの歌謡曲からロック路線への過渡期に作られた「恋のブギウギトレイン」はリアルタイムでは正直売れませんでした。しかし、達郎ファンからは長い間支持され、その後若い層から再評価され始め、今では和ものCITY POPや、ディスコ・ブギーものの定番の地位を確立しているようです。

 


恋のブギ・ウギ・トレイン

  翌年には英語ヴァージョンもリリースされました。タイトルは「Boogie Woogie Love Train」。ディスコでのブレイクを狙ったんでしょうね。やはりこれは、和製ディスコの傑作だと思います。


Boogie Oogie Train(恋のブギウギトレイン) - ANN LEWIS (English ver.)

 

恋のブギ・ウギ・トレイン

恋のブギ・ウギ・トレイン

 

 

 

BOOGIE WOOGIE LOVE TRAIN(恋のブギ・ウギ・トレイン)

BOOGIE WOOGIE LOVE TRAIN(恋のブギ・ウギ・トレイン)