おはようございます。
今日は竹内まりやの「プラスティック・ラヴ」です。
海外でもかなりの人気だというCITY POPブームを牽引し、その象徴にもなっているのがこの「プラスティック・ラヴ」です。
この曲が発売された当時僕は大学二年生で、高田馬場のレコード屋でこの曲が入っているアルバム「VARIETY」を買ったことを今も覚えています。山下達郎も竹内まりやも中学、高校時代によく聴いていて、山下達郎のプロデュースで彼女が復帰作を出すという情報を知り、欲しいけどどうしようか迷っていたところ(貧乏学生でしたので、、)、立ち寄った店でこのレコードがかかっていて、あまりに良かったので即買って帰りました。
リアルタイムで聴いていた曲が何十年もたってから、突然海外で火がついて大ヒットいになるというのはうれしくもありますが、意味がわからず、きょとん、としてしまう感覚もあります。この「プラスティック・ラヴ」はアルバムからのサードシングルで、当時はオリコン最高86位、オリコン・チャートには2週しか載らなかった曲なんですから。
今回のヒットは調べてみると、誰かが仕掛けたわけじゃなく、もともと静かな盛り上がりはあって、その同時多発的な動きがネットによって連動しあってみるみる大きくなっていった、そういう感じのようです。
その火種のひとつとしてあげられているのが「ヴェイパー・ウェイヴ(Vaporwave)」という2010年代初頭にネットのコミュニティから生まれたジャンルです。
以下、Wikipedia。
「過去に大量生産されて忘れ去られた人工物や技術への郷愁、消費資本主義や大衆文化、1980年代のヤッピー文化、ニューエイジへの批評や風刺として特徴づけられる。基本的にパソコンとDAWを用いて、素材の加工と切り貼りだけで制作される」
1980年代にピークを迎えた大量消費文化への郷愁と風刺をビジュアルと音で表現したものを動画としてアップしていた、ということなのでしょう。
そのシーンの創始者の一人とされるVektroidの代表作がこちら。自動翻訳のような日本語をわざと使っているんですね。
そして、そのあとに現れたブルックリン出身のSAINT PEPSIは山下達郎の「LOVE TALKIN'」をミックスして使っています。
SAINT PEPSI、もう1曲。この映像感がCITY POPとつながってゆくのでしょう。
そういう流れの中から、ディスコ、フュージョン、特に日本のシティ・ポップをサンプリング・ネタにする”フューチャー・ファンク”というジャンルが現れ人気を集めるようになっていきます。
日本のシティポップを掘り下げ、新たなミックスを作ってクラブでかけ、ネットで発表するDJが現れますが、その代表が韓国のDJ、Night Tempoで「プラスティック・ラヴ」のミックスも作っています。
ダフト・パンクで有名になったフィルターをかけて音をくぐもらせたるエフェクトを使ったり、ピッチやスピードをかえるという、あえて懐かしいアプローチをしているんでしょうね。
この曲がYouTubeにアーティスト、レコード会社側じゃなく、非公式にアップされたのが2017年、画像は「VARIETY」ではなく、アルバム「Miss M」からのシングル「SWEETEST MUSIC」のものでした。
ちなみにVARIETYはこちらですね。
「SWEETEST MUSIC」のジャケット写真と「プラスティック・ラヴ」を組み合わせて動画をあげた人物、彼(彼女?)こそが、このブームの影のMVPだと僕は思います。YouTubeの動画がたくさん再生されるためにはサムネイルの画像がとても重要、というのは広く知られていますが、グルーヴのある「プラスティック・ラヴ」という曲には躍動感のある上の写真の方がよく合っています。
この写真を撮影したのがアラン・レヴェンソンという人なのですが、ちょっとノーマン・シーフ(1970年代を中心に数々の名盤のジャケットを手がけた人)っぽい写真だなと思ったら、もともと彼のスタジオにいた人のようです。現在、彼のHPを見ると一番最初に竹内まりやのこの写真が出て来ます。
スティーヴ・ジョブスとかすごい有名な人の写真がたくさんある中で、彼女の写真がトップなんです。それだけ最近の「プラスティック・ラヴ」人気で、この写真も話題になったのでしょう。
そしてこの曲がネットで盛り上がると、日本でもたくさんカバーが作られるようになります。その中でも人気で、竹内まりや本人もラジオで褒めていたのが”Friday Night Plan"の2018年のカバー。
藤井風の楽曲でも知られているYaffleのアレンジによる、eillのカバー。
さて、この曲の成り立ちについて少し。
竹内まりやは1978年にデビューし、1982年に山下達郎と結婚することを機に一旦休業に入ります。その間、河合奈保子や中山美穂などに曲を書いていました。
「人のために作曲することにいそしんでいるうちに、それと並行して、自分で歌いたいと思う曲のアイディアやメロディも次々と湧いてきて、ふと気づけばたくさんの楽曲が出来上がっていました」
(「VARIETY」30th Anniversary Edition ライナーノーツより)
そして復帰作を作ることになり、プロデュースを夫の山下達郎が手がけることになりました。休業以前の彼女のレパートリーのほとんどが職業作家が書いたもので、本人の作品はアルバムに数曲入る程度でした。
山下達郎はこう回想しています。
「したがって約3年ぶりとなる復帰作も、従来の路線を引き継ぐのが順当と思われた。当初は、4曲を作家に依頼し、私が4曲、本人が4曲、シングルは桑田佳祐さんにお願いしようか、などと妄想していた。
そんなある日、まりやが「この2年間で書きためた曲があるので聞いて欲しい」とカセットテープを持ってきた。そのカセットの1曲目が「プラスティック・ラブ」で、それはそれまでの彼女の自作曲の中でも最高のものに思えた。
あとに続くどの曲もクオリティが高く、驚いた私は「なぜこんな曲が書けるのに、RCA時代にやらなかったのか?」と問うたところ、「そういう方向性は求められていなかったし、時間的なゆとりもなかった」と言う。
このクオリティなら他の作家はいらない。これなら全曲本人の作詞作曲でいける」
(「VARIETY」30th Anniversary Edition ライナーノーツより)
また、竹内まりや本人はこう記しています。
「達郎の仕事部屋にあった4トラックのカセット・レコーディング機の使い方を覚えた私は、リズムマシンを16ビートで鳴らしながら、今まで書いたことのないタイプのダンサブルな曲を作ろうと試みました。ベースのフレーズも自分で考えて録音し、そのデモテープを達郎に聴いてもらったのが、アルバムを全て自作曲のみで制作することになったおおきなきかっけです」
(「VARIETY」30th Anniversary Edition ライナーノーツより)
またラジオ番組で彼女は
「山下達郎が歌ってもおかしくない、そういう楽曲を目指して作ろうって、すごい意図して作った曲」と言い
「あのトラックは自分が今まで色々レコーディングした中で、最もよくアレンジされているトラックだと思っているんです。リズム隊の素晴らしさはもちろんなんですけど、彼のストリングス・アレンジとプラス、ブラス隊のアレンジ、これが全部相まって、まあパーカッションとかも、すごくいいアンサンブルになっている」
とも語っています。
日本人が思うシティポップと海外から見るシティポップは、”パラレル・ワールド”のように、あまり交わらずに存在しているように僕には思えるのですが、その両方の”中心軸”になっているアーティストは山下達郎であることは共通しているわけです。
そして、シティポップ最大のヒット「プラスティック・ラヴ」はアレンジが山下達郎によるものだというだけではなく、作者の竹内まりやが”達郎が歌うことをイメージした”曲だったということが、とても興味深いことに思えます(実際に達郎本人もライヴで歌っています)。
ともかく、本人が自分の曲で最もアレンジが素晴らしいものだというほど、特別で渾身の作品であるからこそ、新しい流行の火種がついても一過性のもので終わらなかったのでしょう。音楽のクオリティが非常に高く、70年代80年代にアメリカで作られていた洗練されたポップ・ミュージックを彷彿させるものであったことが、今回のような、国境を超えた幅広い層に向けた”足取りのしっかりとした”人気へと繋がっていたのかもしれません。
昨今のシティポップ・ブームは打ち込みをベースとした音楽のムーヴメントなのですが、この曲のようにプレイヤー主体の音楽の魅力を再認識させることにもつながったところも面白く思えます。
最後は、CITY POPの人気が特に高いアジアのアーティストのカバーをいくつかご紹介します。
かなり早いタイミングでカバーしたのは台湾の9m88。「ザ・ベストテン」風のレトロな演出は”フューチャーファンク”的な世界観を取り入れた結ということなんでしょうね。
続いて、香港のシンガーAGA(Agatha Kong)
インドネシアのシンガーで日本でも人気のRainych(レイニッチ)。
もうひとつ、Millie Snow。タイのシンガーのようです。演奏なかなかかっこいいですね。