おはようございます。
今日は畠山美由紀の「海が欲しいのに」です。
Umi ga hoshiinoni Miyuki Hatakeyama
彼女は1990年代に”Port of Notes"というユニットのヴォーカルとしてデビュー。”カフェ・ミュージック・ブーム”の中心的存在になりました。
「海が欲しいのに」は彼女がソロになってからのシングル。彼女のレパートリーの中では異色とも言えるポップな楽曲です。
共作曲、編曲、プロデュースは冨田ラボ(冨田恵一)。キリンジのアレンジャーとして評判をあげ、一般的に一番有名なのはMISIAの「Everything」のアレンジでしょう。一聴して彼のアレンジだとわかるサウンドを持っている数少ないクリエイターです。非常に緻密で高度なことをやっているのに、洗練されかつ聴きやすいサウンドに落とし込んでゆく技はいつも見事で、日本で数少ない”ポップスの匠”の一人だと思います。
彼はこんなことを言っています。
「もちろんポップスにおいて楽曲の質は重要だが、アーティストの認知度を考えた場合、一聴して聴き分けられる声質を持つか否かがより重要になってくる。」
(「ナイトフライ 録音芸術の作法と鑑賞法」)
仕事ぶりからは究極のサウンド重視の人のように見えますが、ポップスの本質は”声”、しかも上手い下手じゃなく一聴して聴き分けられる声質、だと看破しているのはさすがです。
畠山美由紀は、決して変わった声というわけではありませんが、ふわっとして柔らかい声の人が多かったカフェ・ミュージック・ブームのボーカリストの中で、しっかりと芯があって、声に独特の存在感がありました。のちに美空ひばりや八代亜紀のカバーまでするようになったのも頷けます。
冨田も彼女を「柔らかいんだけど、すごく芯がある歌声の持ち主」と評しています。
彼女のような存在感の強いシンガーが明るくポップな歌を歌う場合、下手をすると歌と曲調とのギャップができてしまいますが、「海が欲しいのに」は、心地よいのにサウンドの密度もしっかりあって、彼女の歌とのバランスが見事です。
声の個性もしっかりあって技量も高い彼女は、冨田としてもとてもやりがいのあるシンガーだったのではないかと思います。
最初は、冨田ラボがPort of Notesを聴いて彼女の歌声に興味を持ち、自身のアルバムに参加してくれないかとオファーしたことがきっかけだったようです。それが、2003年のアルバム『Shipbuilding』に収録された「耐え難くも甘い季節」。
そして、すぐに彼女のアルバム「WILD AND GENTLE」で3曲彼がプロデュースすることになり、そのうちの1曲がこの「海が欲しいのに」でした。
冨田恵一はかなり難解そうなのに聴感はすごく心地よいコードワーク、緻密なのにポップ感を失わないアレンジが魅力的です。
彼は敬愛するスティーリー・ダンに関する解説で以下のようなことを語っています。
「ポップスにおける各パーツのコンプレキシティは、それらの組み上げ精度、方法によっては予測できないほどポップに響きを変えるのである。」
(aja 作曲術と作詞法)
コンプレキシティとは複雑さのこと。音楽的に分解すれば複雑で難解なことをやっていても、その組み立て方聴かせ方で全然ポップなものが作れるよ、というわけで、これは彼自身のアレンジ哲学であるように僕は受け取りました。
ちなみに、彼女の新作アルバム「Wayfarer」(2018年)は久しぶりの両者の組み合わせで、その相性の良さをあらためて見せてくれています。最後はそこから1曲。
いきものがたりの水野良樹の作詞作曲による「愛はただここにある」