まいにちポップス(My Niche Pops)

令和初日から毎日、1000日連続で1000曲(せんきょく)を選曲(せんきょく)しました。。。古今東西のポップ・ソングのエピソード、洋楽和訳、マニアックなネタ、勝手な推理、などで紹介しています。キャッチーでメロディアスなポップスは今の時代では”ニッチ”なものになってしまったのかなあとも思いますが、このブログを読んでくださる方の音楽鑑賞生活に少しでもお役に立てればと願っています。みなさんからの追加情報や曲にまつわる思い出などコメントも絶賛募集中です!text by 堀克巳(VOZ Records)

「ビーチ・ベイビー(Beach Baby)」ファースト・クラス(1974)

 おはようございます。

 今日はファースト・クラスの「ビーチ・ベイビー」です。

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Do you remember back in old L.A. (Wo-oh-oh)
When everybody drove a Chevrolet (Wo-oh-oh)
Whatever happened to the boy next door,
Suntanned, crewcut, all-American Male?

Remember dancing at the high school hop
The dress I ruined with the soda pop?
I barely recognized the girl next door
With beatup sneakers and a pony tail

Beach Baby, Beach Baby, give me your hand
Give me something that I can remember
Just like before, we can walk by the shore in the moonlight.

Beach Baby, Beach Baby, there on the sand
From July to the end of September
Surfin' was fun, we'd be out in the sun every day.

Oooh. I never thought that it would end
Oooh. And I was everybody's friend
Long hot days, Blue sea haze
Juke box plays, but now it's fading away.

We could'nt wait for graduation day
We took my car and drove to San Jose
That's where you told me that you'd wear my ring
I guess you don't remember anything!

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懐かしいLAをおぼえているかい?
誰もがシボレーに乗っていた頃を
隣の家の少年に何が起こったのかな?
日焼けした、クルーカットのアメリカ中の男たちは

 

ハイスクールでのダンスを思い出して
ソーダポップで台無しなったドレスを
隣の家の女の子は、ほとんど見分けがつかなかったよ
ボロボロのスニーカーとポニーテールで

 

ビーチ・ベイビー、ビーチ・ベイビー、手を貸して
思い出せるものをくれないか
ちょうど昔みたいに 月あかりの中で渚を歩こう

 

ビーチ・ベイビー、ビーチ・ベイビー、砂浜にいた
7月から9月の終わりまで
サーフィンは楽しくて、 毎日太陽の下で過ごしていた

 

ああ、終わってしまうなんて思わなかった
ああ、そして僕はみんなと友達だった
長く暑い日々、青い海の靄
ジュークボックスは鳴っていたけどが、今は消えている

 

卒業の日が待ち遠しくて
僕の車でサンノゼまでドライヴした
そこで君は僕のリングをすると言った
何も覚えていないんだね!

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 ビーチ・ボーイズ風のこの曲だけがヒットした一発屋。このブログにも登場したエジソンライトハウス、やルベッツ(「シュガー・ベイビー・ラブ」)のように、曲を当てるためにスタジオ・ミュージシャンを集めて作った即席バンドです。そういうヒットが多かったのもこの時代の特徴でしょう。

  彼らはイギリスのバンドでしたが、この曲は全英13位、全米4位とアメリカの方が大ヒットしました。

 


 1974年のころはもう本家のビーチ・ボーイズはかつてのような明るくキャッチーなサーフ・ソングをやっていなかったので、敢えてそこを狙ったのかもしれません。ただし、安直に狙った企画ではあく、ちゃんとしたバックボーンがありました。

 

 この曲を作ったジョン・カーターという人、60年代にハーマンズ・ハーミッツの「ハートがドキドキ( Can't You Hear Mt Heartbeat)」なんていうヒット曲を書いています。

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 そして、彼が昔組んでいたジ・アイヴィー・リーグはビーチ・ボーイズの影響を大きく受けたバンドでした。

 彼が書いたジ・アイヴィー・リーグの「My World Fells Down」という曲は、ビーチ・ボーイズと親交のあったカート・ベッチャーとテリー・メルチャーが作った、これまたスタジオ・ミュージシャン・バンドの"サジタリアス"がカバー、のちにビーチ・ボーイズのメンバーとなるブルース・ジョンストンがコーラスで参加しています。

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 その後、彼が書いたフラワーポット・メン(これまたスタジオミュージシャン・バンド)の「サンフランシスコへ行こう(Let's Go to San Francisco)」というヒット曲も、ビーチ・ボーイズばりの美しいコーラスが聴けるものでした。

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 そう、ジョン・カーターは、もともとビーチ・ボーイズを愛し、研究し、創作してきた人なんです。

 そして、この頃彼は少しヒットから遠ざかっていましたから、自分が一番得意とする

ビーチ・ボーイズ風の楽曲でヒットを狙ったのでしょう。彼の集大成でもあったわけです。「恋のほのお」は作曲家のトニー・マコーレイの奥さんが歌詞を書きましたが、この「ビーチ・ベイビー」もジョン・カーターの奥さんが歌詞を書いています。そして、曲が出来上がると、スタジオ・ミュージシャンを呼び集めレコーディングし、ファースト・クラスというバンドが出来上がったわけです。

 

 そこで、注目したいのが、ボーカルのトニー・バロウズです。色々なレコーディングでコーラスを入れたりするセッション・シンガーなのですが、アイヴィー・リーグの元メンバーでもあり、フラワー・ポットメンでも彼が歌っていました。

 一発屋の即席バンドのボーカルをつとめるという運命を持っていた人のようで、実は「恋のほのお」も彼がボーカルをとっていたのです。

  

 いつも以上にマニアックな話になってしまいましたが、曲はいたって明快な夏のポップス。海に出かける時のお供にどうぞ!

  

 こちらは、テレビ番組でのパフォーマンス映像。


First Class - Beach Baby (1974) HQ 0815007

 

 「ビーチ・ベイビー」の次のヒットはアイヴィー・リーグの全英8位のヒット「Funny How  Love Can Be」のカバーでした(全英74位)

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