おはようございます。
今日はKANの「Happy Time Happy Song」です。
僕は大学生の時、ヤマハの「East West '84」というアマチュア・コンテストに出場していた彼を見て衝撃を受けたことを今でもはっきり覚えています。
”日本にもビリー・ジョエルがいた!”とか、10年後にベン・フォールズ・ファイヴが出てきたときは”あの時のKANみたいだ”と思ったものです。きっと原田真二や佐野元春みたいな天才肌で洋楽色の強いアーティストになるんだろうなあ、と当時僕はイメージしていました。
しかし、メジャーデビューした彼は、そのイメージとはちょっと違いました。”気さくなお兄ちゃんポップス”という感じで、僕は正直少しがっかりしたものです。J-POPにすり寄り過ぎじゃないか、と。しかも、ピアノマン・スタイルの曲は少なくて、時代的なこともあって打ち込みサウンドがメインだったんですよね。
もちろん、ビリー・ジョエル・スタイルのこんないい曲もありましたけど。
「Regrets」
そして、数年後「愛が勝つ」が大ヒットします。
確かに、ビリー・ジョエル(アップタウン・ガール)ではあるけれど、さすがにこのアプローチはなんだかなあ、、と思って、以降ほとんど彼の曲を聴かなくなってしまいました(「まゆみ」はやっぱ好きでしたけど)。。
しかし、数年前コロナ禍の中、ふと思い立って、彼のアルバムを買い集めて彼の曲をまとめて聴き直してみたら、すっかり夢中になってしまいました(笑。もう、すごい、すごい、とうなってしまいました。同時にニヤニヤもしながら。
どこまでも明るく楽しく親しみやすい、でも実は音楽的にはものすごくレベルの高いことをやっている。
ポップスとはこういう音楽のことを言うんだな、と教えてもらったような気持ちになりました。
彼は洋楽をルーツにしたポップスを最初から変わらずずっと貫いていることに僕はようやく気づきました。 歌詞を思いっきり”日本仕様”にしていただけで。
彼流の日本仕様の歌詞に僕は偏見を持っちゃってたんですね。情けない限りです。
彼は、あの手この手で飄々とコミカルにふるまいながらも、メロディはベタな歌謡曲方面には絶対行かない。ひょっとしたら彼は自分の洋楽的なメロディとサウンドへのこだわりを貫くために、その代わりとして歌詞を思いっきり日本仕様にしましょうとある意味居直ったのかも、とさえ思えてきます
そして、初期の頃に僕が、”気さくなお兄ちゃんスタイル”だと感じた作詞の技法が、年月とともに磨かれあげて、もはや<名人芸>みたいになってきてるんですよね。
例えば、この「Happy Time Happy Song」の
「さあ 学生さん 今は後先考えないでおやんなさい」
という言葉の載せ方も絶妙です。ただ言い回しが面白いだけじゃなく、言葉の語感とメロディが実によく合っているんですよね。そして聴いていて気持ちいいし、なんかあったかくなります。
ここまでくると、彼のソングライティングはもはや、すごくうまい落語家の語りに近い気さえしますw。
また、調べてみると彼は本、特に小説の類はほとんど読まない人いらしく、文学っぽさ、詩的表現なんて気取ったものはなく、徹底してしゃべり口調に特化してそれをメロディと組み合わせることと格闘してきたからこそ、たどり着いた領域なのかなとも思います。
この曲の言葉の載せ方も最高です、「胸の谷間」。
というわけで、彼のアマチュア時代にその<凄さ>に打ちのめされたことがあるくせに、偏見で彼の音楽から遠ざかっていた自分を不甲斐なく思ってしまい、会ったこともない彼に謝りたい気持ちにさえなりました。
でも、同業者の人たちにとっては彼の凄さというのはとっくの昔から当たり前のように認識されていたようで、
「KAN in the BOOK」という本を読んでみると、ミスチルの桜井和寿、aikoなど錚々たる面々が賛辞を送っています。
特に、桜井は
「KANさんの音楽が好きだったし、ずっと聴いていたから、自分の中から自然にそれが出てくるというか。肉体関係はないけど受け継がれた遺伝子というか。僕から生まれたものにKANさんの遺伝子が入っていて(笑)、よりKANさんの遺伝子が濃いものが「OVER」だったんじゃないかな。」
と語り、彼らの大ヒットシングルの一つ「終わりなき旅」に至っては
「えーと「MAN」と「まゆみ」の合体ですね(笑)。」
と率直に彼の影響を認めているほどです。
一般大衆からしたら相変わらず彼は<「愛は勝つ」の人>かもしれませんが、あらためてそれ以外の曲、特に、「愛は勝つ」以降の曲こそ聴くべし、と言いたいです。
彼のレパートリーには浜省とか槙原とか他のアーティストをちょっとパロディっぽく真似た曲もいろいろあり、ダンスやエレクトロなどその時代の流行っているサウンドに楽しみながら乗っかった曲もあるかと思えば、彼らしい切なくなるようなメロディの美しい曲もあって、彼のアルバムを聴くということは、人間の喜怒哀楽の”怒”意外の感情がフル回転するような経験でもあります。
最後に僕の大好きな彼のバラードを。「情緒」。