まいにちポップス(My Niche Pops)

毎日好きな曲を聴いて気持ちを整えながら、なんとか人生をやってこれた筆者が、古今東西のポップ・ソングを、意外なエピソード、マニアックなネタ、拙い対訳、勝手な推理、などを交えて紹介しています。みなさんの音楽生活に少しでもお役に立てればうれしいです。text by 堀克巳(VOZ Records)

「タイム・アフター・タイム(Time After Time)」チェット・ベイカー(Chet Baker)(1954)

 おはようございます。今日はチェット・ベイカーの「タイム・アフター・タイム(Time After Time)」です。

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Time after time
I tell myself that I'm
So lucky to be loving you

So lucky to be
The one you run to see
In the evening when the day is through

I only know what I know
The passing years will show
You've kept my love so young, so new

And time after time
You'll hear me say that I'm
So lucky to be loving you

I only know what I know
The passing years will show
You've kept my love so young, so new

And time after time
You'll hear me say that I'm
So lucky to be loving you

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何度も何度も
僕は自分に言い聞かせるんだ
君を愛せて なんてラッキーなんだろうと

なんて幸運なんだ
一日の終わりの夕暮れに
君が会いに駆けてくる
相手が僕だなんて

僕にわかるのはただひとつ
過ぎてゆく年月が教えてくれる
君が僕の愛を
とても若く、新しいまま
保ってくれているということを

そして何度も何度も
君は僕が言うのを聞くだろう
君を愛せて なんてラッキーなんだって

僕にわかるのはただひとつ
過ぎてゆく年月が教えてくれる
君が僕の愛を
とても若く、新しいまま
保ってくれているということを

何度も何度も
君は僕が言うのを聞くだろう
君を愛せて なんてラッキーなんだっ(拙訳)

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 「タイム・アフター・タイム」はこのブログでもご紹介しましたクリスマス・ソングの定番、ディーン・マーティンの「レット・イット・スノウ(Let It Snow! Let It Snow! Let It Snow!)」も書いているサミー・カーン(作詞)とジュール・スタイン(作曲)がフランク・シナトラのために書いた曲です。

 1946年、カーンとスタインは、シナトラとその家族と共に列車でニューヨークを離れ、ハリウッドへと向かい現地に到着すると、彼らとシナトラは友人たちを巻き込んで、余興としてちょっとした「即興劇」を行うようになったそうです。

 「ある夜、いつもの仲間が集まりましたが、特にこれといった出し物もなかったので、スタインはシナトラに頼んで、一座の面々に「アニー・オークレイの生涯を描いた新作ミュージカル(のちに『アニーよ銃をとれ』となる作品)のために、ジェローム・カーンが書いた最新のスコアを聴いたか?」と尋ねてもらいました。実際のところ、(スタイン本人を含め)誰もその曲を聴いたことはなかったのですが、商魂たくましいスタインは、自分なりに「カーンっぽく」聞こえるメロディをその場で即興で作り上げたのです。」(jazzstandards.com)

 ジェローム・カーンはジャズの定番「今宵の君は(The Way You Look Tonight)」やプラターズで有名な「煙が目にしみる(Smoke Gets in Your Eyes)」などを書いた作曲家です。「タイム・アフター・タイム」はジェローム・カーンっぽく書いた曲だったんですね。

 それから間もなくして、スタインはカーンにそのメロディに歌詞を乗せてもらい、シナトラが録音することになります。カーンとスタインが音楽を担当したシナトラ主演の映画『下町天国(It Happened in Brooklyn)』(1947)でこの曲が使われたんですね。

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 この曲をレコードとして最初に録音したのははサラ・ヴォーン。1946年、演奏しているのはピアニストのテディ・ウィルソン率いるカルテットです。

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 そして、この曲の決定版として今でも長く愛されているのが冒頭でご紹介したチェット・ベイカーのヴァージョンです。1954年にリリースされた『チェット・ベイカー・シングス』に収録されています。僕が若い頃は、ジャズの初心者向けのガイドブックや入門記事には必ず載っていた”定盤”でした。

 ベイカーは元々はトランペット奏者です。

 彼は1946年にアメリカ陸軍に入隊し、軍楽隊でトランペットの演奏技術を磨き、当時人気だったモダンジャズに目覚めたそうです。1951年に除隊すると西海岸のジャズクラブで演奏を始め、スタン・ゲッツやチャーリー・パーカーといった大物とも共演することになります。

  そして、1952年にバリトン・サックス奏者のジェリー・マリガンのカルテットに入ったことがきっかけで彼の名前は知れ渡るようになります。特に「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」は現在も高く評価されています。

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 ベイカーは実は子供の頃に聖歌隊で”歌う”ことから音楽を始めていました。特に彼の母親はその歌声を気に入っていたようで、彼も自分のヴォーカル・アルバムを作りたいとレーベルに申し出て作ったのが「チェット・ベイカー・シングス」でした。

「彼の歌声は革命的だった。トランペットの演奏と同じくらい繊細で透明感があり、同様に明るくヴィブラートのない音色を持つベイカーは、それまでのどのジャズシンガーとも全く異なるサウンドだった。」(All Music)

 当時、ジャズ・シンガーといえばフランク・シナトラやナット・キング・コールのようなよく通る美声で優しく歌うスタイル(クルーナー)が人気でしたが、チェットはもっと頼りなく中性的で、ゲイじゃないかと揶揄する声も少なくなかったそうです。実際にゲイのシーンでこのアルバムは人気だったそうですが、何より女性ファンが一気に増えたそうです。

 このアルバムをきっかけに、彼は有名なジャズ雑誌の人気投票で、一時期はトランペッターとしてはマイルス・デイヴィスを抜いて1位、ヴォーカリストとしてもナット・キング・コールを抜いて1位というとんでもないスターになりました。

 中性的でささやくようなスタイルの男性ボーカルは今も数多くいますが、その起源を探っていくとチェット・ベイカーにたどりつく、ということですね。

 そういう意味では彼がこの曲をカバーしたことは全く不思議なことではありません。現代のポップ・マエストロ、ベニー・シングス。2025年のカバーです。

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日本では藤井風もカバーしていました。2020年の「HELP EVER HURT COVER」に入っていました。

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 イントロダクションがついてますね。2003年のロッド・スチュワートのカバーにもありました。はっきりはわかりませんでしたが、調べたところ1955年のアニタ・オデイのカバーにこのイントロダクションがありました。

 最後はチェット・ベイカーが1964年にこの曲を歌っている映像がありますのでそちらをぜひ。

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