おはようございます。今日は昨日ご紹介したナット・キング・コールの「L-0-V-E」と同じく、ベルト・ケンプフェルトの作品とされているフランク・シナトラの「夜のストレンジャー(Strangers In the Night)」です。
Strangers in the night exchanging glances
Wondering in the night, what were the chances?
We'd be sharing love before the night was through
Something in your eyes was so inviting
Something in your smile was so exciting
Something in my heart told me I must have you
Strangers in the night
Two lonely people, we were strangers in the night
Up to the moment when we said our first hello, little did we know
Love was just a glance away, a warm embracing dance away and
Ever since that night we've been together
Lovers at first sight, in love forever
It turned out so right for strangers in the night
Love was just a glance away, a warm embracing dance away
Ever since that night we've been together
Lovers at first sight, in love forever
It turned out so right for strangers in the night
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夜に見知らぬ同士が
視線を交わしあう
夜に不思議に思う
どれほどの偶然なのかと
夜が明ける前に
まさか愛を分かち合うことになるなんて
君の瞳の何かが
抗えないほど僕を惹きつける
君の微笑みの何かが
どうしようもなく胸が高鳴らせる
そして僕の心の何かが言うんだ
君を自分のものにしなくてはいけないと
夜のストレンジャー
孤独な二人は その夜見知らぬ同士だった
最初にハローと挨拶を交わすその瞬間までは
その時はほとんどわからなかった
ひと目見て、あたたかく抱きしめるダンスの向こうに
愛があったなんて そして
あの夜から ずっと二人は一緒
ひと目で恋に落ち 永遠の愛へ
すべてがぴったりだった
その夜 見知らぬ人だった二人にとって
ひと目見て、あたたかく抱きしめるダンスの向こうに
愛があったなんて そして
あの夜から ずっと二人は一緒
ひと目で恋に落ち 永遠の愛へ
すべてがぴったりだった
その夜 見知らぬ人だった二人にとって (拙訳)
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アメリカのポピュラー・ミュージックの歴史の中で”キング”と呼ばれるほどの栄華を極めたのは、フランク・シナトラ、エルヴィス・プレスリー、マイケル・ジャクソンの3人に絞られると思います。それぞれ、ジャズ、ロックンロール、ポップ/ダンスというその時代の流行音楽を象徴する存在でもありました。
フランク・シナトラが活躍したのは1940年代から50年代で、1957年以来トップ10ヒットがなかった彼の久しぶりの大ヒット曲(全米1位)で、彼の復活を印象づけたのがこの「夜のストレンジャー」でした。
日本でも時々TVCMに使われましたし、近いところではマツコ・デラックスの番組「マツコ会議」のテーマ曲として流れていましたから、聞いたことがある方は多いかと思います。
この曲は、昨日ご紹介したナット・キング・コールの「L-0-V-E」と同じく、ドイツの音楽家、プロデューサーのベルト・ケンプフェルトの作品とされています。そして、これまた「L-0-V-E」と同じくケンプフェルト自身が”インストもの”として最初に録音していた、歌詞は後からつけられたんですよね。
1966年公開のスパイもののコメディ映画『ダイヤモンド作戦(A Man Could Get Killed)』用の楽曲として「ベディ・バイ(Beddy Bye)」というタイトルで発表されています。
そして、この映画の楽曲の権利を持つ音楽出版社がフランク・シナトラのプロデューサー、ジミー・ボーエンに聴かせたところ、歌詞をつけてタイトルを変えたらシナトラは歌うかもしれないと答えたそうです。そこで、エドワード・スナイダーとチャールズ・シングルトンが歌詞をつけたというわけです。
ところが、調べてみると、この曲の作者はケンプフェルトではないという説があるんですね。
”もともとのメロディは、クロアチアの作曲家イヴォ・ロビッチがスプリトの音楽祭のために書いたものだった。しかし、そこでは落選したため、ロビッチはスパイ映画のパロディ『ダイヤモンド作戦』のために、ドイツの楽団リーダー兼作曲家のベルト・ケンプフェルトに権利を売却した。エドワード・スナイダーが作詞家のチャールズ・シングルトンと共に英語詞を書いたとされているが、スナイダー本人は音楽面にも関与したと主張しており、最終的には4人全員による共同制作という形に落ち着いたようだ。"(The Telegragh UK)
大ヒット曲が生まれるとそれは俺の曲の盗作だと言い出し、騒ぎや場合によっては訴訟になることが時々ありますが、このイヴォ・ロビッチという歌手の代表曲「Morgen」(1959)はベルト・ケンプフェルトと彼の楽団が演奏していて、両者にはもともと繋がりはあったのは間違いないので、信憑性はありそうです。
ロヴィッチによると原曲のタイトルは「Ta ljetna noć」(That Summer Night)だったそうです。そして、シナトラの大ヒットの翌年の1967年にはクロアチア語でこの曲をカバーししてリリースしています。
ややこしいのは、ロヴィッチとは別にケンプフェルトにこの曲を売ったと言っている人が現れたんです。アボ・ウベジアン、彼はジャズ・ピアニストですが、自分の名前を冠した「AVOシガー」という葉巻ブランドで大成功している人なんです。彼によれば、もともとこの曲は友人の依頼で書いた「Broken Guitar」という曲が元だということです。ケンプフェルトから送ってきた、この曲がアボの著作だと認める手紙も所有しているとも主張していたようです。
それから、もう一人フランス人作曲家、ミシェル・フィリップ=ジェラールが1953年に書いた自作に酷似していると訴訟しましたが、こちらは敗訴しています。
もう関係者は全員亡くなってしまっているので、真相を知る術はありませんが、これだけシンプルなメロディだといろいろな「思い違い」はありそうですよね。僕自身の推察としてはイヴォ・ロビッチ説はありそうな気がします。
それから「夜のストレンジャー」の演奏には、数々のアメリカン・ポップスのスタンダードを手がけた、当時のアメリカの西海岸の凄腕スタジオ・ミュージシャン集団”レッキング・クルー”の面々も参加していました。ドラムスがハル・ブレイン、ギターがグレン・キャンベル。グレンが初めて見るフランク・シナトラに感激してじっと見つめていたら、シナトラは自分に興味を持っているんじゃにあかと思って「あのゲイのギタリストは誰だ?」と聞いた、なんて話もあったそうですw。 また、シナトラはこの曲が気に入ってなかったため、手を抜いてドゥビドゥビドゥ〜とスキャットを入れたら、それがまたこの曲が売れるフックになったなんて話もあります。
裏話満載の曲なんですね。
それから「夜のストレンジャー」はシナトラがリリースした1966年だけで、なんと歌入りのカバーが30ヴァージョン、インストのカバーが40以上作られています。これは驚異的な数です。シナトラのヴァージョンそれだけ大ヒットしたということでもあるんですけど、シナトラと同時期に録音していた人も結構いたらしいんですよね。ケンプフェルト側がいろんなアーティストに同時にこの曲を売り込んでいたようです。
その中で、シナトラに先を越されてしまったというジャック・ジョーンズのヴァージョンを最後にお届けします。シナトラのプロデューサー、ジミー・ボーエンがジャックがこの曲をレコーディングするという話を聞いて、慌ててシナトラの録音の手配をし、出来上がったらすぐにラジオ局にプロモ盤を送ったそうです。それで、ジャックの方はシナトラとぶつかるのを回避したのか、結局3ヶ月遅れてのリリースになりました。
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