まいにちポップス(My Niche Pops)

令和元年初日から毎日更新中〜1日1ポップス。エピソード、歌詞の和訳、謎解き、マニアックな捜査、勝手な推理、などで紹介していきます。text by 堀克巳(VOZ Records)

「霧のベイカー街(Baker Street)」ジェリー・ラファティ(1978)

 おはようございます。

今日はジェリー・ラファティの「霧のベイカー・ストリート」です。

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Windin' your way down on Baker Street
Light in your head and dead on your feet
Well another crazy day, you'll drink the night away
And forget about everything
This city desert makes you feel so cold
It's got so many people but it's got no soul
And it's taking you so long to find out you were wrong
When you thought it held everything

 

You used to think that it was so easy
You used to say that it was so easy
But you're tryin', you're tryin' now
Another year and then you'll be happy
Just one more year and then you'll be happy
But you're cryin', you're cryin' now


Way down the street there's a light in his place
He opens the door he's got that look on his face
And he asks you where you've been
You tell him who you've seen and you talk about anything
He's got this dream about buyin' some land
He's gonna give up the booze and the one night stands
And then he'll settle down, in some quiet little town
And forget about everything

 

But you know he'll always keep movin'
You know he's never gonna stop movin'
'Cause he's rollin', he's the rollin' stone
And when you wake up, it's a new mornin'
The sun is shinin', it's a new mornin'
You're goin', you're goin' home

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イカー・ストリートの曲がりくねった道をゆく
頭はクラクラして足は動かない
いつものイカれた一日、夜は飲み明かして
すべて忘れてるのさ
この街の砂漠は君を凍えさせる
たくさん人はいるが 魂がはない
自分が間違いに気づくのに時間がかかりすぎる
そこにはすべてがあると考えていたから

かつて君はとても簡単だと思っていた
かつて君はとても簡単さと言っていた
だけど、君は努力して がんばっているね今
何年かすれば幸せになれるだろう
あと1年だけ、そうすれば君はは幸せになれるだろう
だけど君は泣いている、泣いているね今


通りの向こうでは、ヤツの部屋に明かりがついている
ヤツはドアを開けてあの表情を浮かべる
そして君はどこに行っていたのかとたずねて
君は誰に会ったかとか何でも話すのさ
ヤツは土地を買う夢を見ている
酒と一夜限りの関係をあきらめて
ヤツは落ち着くのさ、どこか静かな小さな町に
すべてを忘れて

だけど君はわかってる、ヤツはいつだってじっとしちゃいないって
わかっているのさ、動くことをやめはしないと
だって彼は転がる、転がる石なんだ
そして目覚めれば、新しい朝
太陽は輝いている  新しい朝
君は家に帰っていくのさ

 (拙訳)

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  1978年当時全米2位、全英3位になった大ヒットですが、2010年にはアメリカの著作権団体BMIから、世界で500万回以上放送や演奏された曲として表彰されています。これはビートルズの「カム・トゥゲザー」、エルトン・ジョンの「キャンドル・イン・ザ・ウィンド」や「グッバイ・イエロー・ブリック・ロード」と同じ規模ということですので、堂々たる”スタンダード”でもあるんですね。

 

  彼は1947年にスコットランドのペイズリーで、スコットランド人の母とアイルランド人の父との間に生まれました。少年時代に母親からアイルランドスコットランドの民謡を教わり、その後、ビートルズボブ・ディランの音楽に影響を受け、自分でもオリジナル曲を描くようになったそうです。1969年にのちに大人気コメディアンになるビリー・コノリーがいるハンブルバムズというグループに参加します。成功はしませんでしたが、ジェリーの”ポール・マッカートニー”を思い起こさせるようなソングライティングが発揮されています。

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ハンブルバムズが解散すると、1971年に彼はソロ・アーティストとしてデビューを果たします。

 Can I Have My Money Back

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 彼はこのレコーディングで学校時代の友人であるジョー・イーガンをバック・ボーカルに起用、レコードは売れませんでしたが、このセッションをきっかけに二人は”スティーラーズ・ホイール”を結成します。

  そしてA&Mレコードと契約し、なんと、プレスリーの「ハウンド・ドッグ」やベン.E.キングの「スタンド・バイ・ミー」など、ロック、R&Bの歴史を作ったプロデューサー・チーム、ジェフ・リーバーとマイク・ストーラーが彼らを担当することになります。

 そして、1973年のこのデビュー曲がいきなり、全米6位、全米8位の大ヒットになります。のちに、タランティーノが映画「レザボア・ドッグス」で使ったリバイバル・ヒットしたことでも知られています。

 

Stuck in the Middle with You

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 しかし、このバンドは彼とジョー以外のメンバーが入れ替わり、結局2人組になり、次第に彼とジョーの仲がうまくいかなくなり、といったドタバタが絶えなかったようで、3枚目のアルバムのリリースされることには解散していました。

   ジェリーは新たな活動を望みましたが、マネージメントとの契約問題で裁判沙汰になり、結局約3年ブランクが空いてしまうことになります。

 

 そして、ようやく晴れてソロ活動することになり、作られたのがこの「霧のベイカー街」でした。

   ベイカー街はシャーロック・ホームズが住んでいた場所として知られていますね。当時の訴訟問題が曲に反映されているようです。

「みんなお互いを訴えあっていたから、僕は弁護士と打ち合わせするためにグラスゴーからロンドン行きの夜行列車で多くの時間を使っていた。僕はベイカー街の小さなフラットに住んでいるヤツを知っていたんだ。僕らはそこで夜通し座って、しゃべたり、ギターを弾いたりしたんだ」

 (Daily Telegraph 2011

 

 この曲でまず耳を引くのはイントロのサックスですね。ポップ・ミュージックの歴史の中でもイントロのサックスとしては屈指のものだと思います。

 このリフを吹いているのはラファエル・ラヴェンスクロフトという人で、このまさに”一世一代の”演奏で有名になります。

 しかし、生涯この曲と結び付けられることになったことにうんざりしたのか、晩年のラジオ・インタビューでは、このフレーズについて”音が外れていてイライラする。フラットしてるんだ。せいぜいイライラさせられるだけのものさ”と語っていたそうです。

 ただし、このフレーズを考えたのはジェリー本人で、プロデューサーの提案でサックスを試すことにして、ラファエルには口頭で伝えたそうです。のちに発表されたこの曲のデモヴァージョンでは、ギターでこのフレーズの原型を聴くことができます。

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 この曲の大ヒットが結果として、彼の人生の歯車が狂ってしまったようで、大変繊細だったという彼は、プロモーション・ツアー中にパニック障害を起こすほどだったそうで、大掛かりなアメリカツアーもキャンセルすることになったと言われています。

 大きな成功に見合うキャラクターになれなかったこと、それが結果的に「霧のベイカー街」以降、大きく成功できなかった原因の一つのようです。

 

 そして彼は、昨日このブログに登場したデヴィッド・キャシディのようにアルコール依存症になり、2011年に肝不全で亡くなってしまいます。

 「霧のベイカー街」は晩年でも毎年8万ドルを稼いでいたそうですから、経済的に困ることはなかったとは思いますが、アルコール依存から抜け出すことはできなかったようです。

 彼の歩みを追ってゆくと、本当に才能のあるポップ・ソング・ライターだったのだと思います。

 日本では「霧のベイカー街」の印象が強いようですが、海外ではこの次のシングル「Right Down the Line」など他のレパートリーも人気があるようです。

 

 最後はこの曲のカバー。2018年にショーン・コルヴィンがコーラスにデヴィッド・クロスビーを迎えたカバーをやっていて、なかなか味わいがあります。

 

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