まいにちポップス(My Niche Pops)

令和初日から毎日、1000日連続で1000曲(せんきょく)を選曲(せんきょく)しました。。。古今東西のポップ・ソングのエピソード、洋楽和訳、マニアックなネタ、勝手な推理、などで紹介しています。キャッチーでメロディアスなポップスは今の時代では”ニッチ”なものになってしまったのかなあとも思いますが、このブログを読んでくださる方の音楽鑑賞生活に少しでもお役に立てればと願っています。みなさんからの追加情報や曲にまつわる思い出などコメントも絶賛募集中です!text by 堀克巳(VOZ Records)

「イヤー・オブ・ザ・キャット(Year Of The Cat)」アル・スチュワート(1976)

 おはようございます。

 今日はアル・スチュワートの「イヤー・オブ・ザ・キャット」です。

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On a morning from a Bogart movie
In a country where they turn back time
You go strolling through the crowd like Peter Lorre
Contemplating a crime
She comes out of the sun in a silk dress running
Like a watercolor in the rain
Don't bother asking for explanations
She'll just tell you that she came
In the year of the cat

She doesn't give you time for questions
As she locks up your arm in hers
And you follow 'till your sense of which direction
Completely disappears
By the blue tiled walls near the market stalls
There's a hidden door she leads you to
These days, she says, I feel my life
Just like a river running through
The year of the cat

While she looks at you so cooly
And her eyes shine like the moon in the sea
She comes in incense and patchouli
So you take her, to find what's waiting inside
The year of the cat

Well morning comes and you're still with her
And the bus and the tourists are gone
And you've thrown away your choice you've lost your ticket
So you have to stay on
But the drum-beat strains of the night remain
In the rhythm of the newborn day
You know sometime you're bound to leave her
But for now you're going to stay
In the year of the cat

Year of the cat

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ボガートの映画に出てくるような朝

誰もが昔を懐かしんでいるような田舎町で

おまえはピーター・ローレみたいに群衆をかきわけてゆく

じっくりと悪だくみしながら

 

彼女はシルクのドレスをまとって太陽の中から現れた

雨の中の水彩画みたいにね

わざわざ説明を求めなくてもいいんだ

彼女はただ猫の年にやってきたとおまえに言うだろう

 

彼女はおまえに質問する時間も与えないほど

強く腕を絡めてくるのさ

そしておまえは方向感覚がすっかりなくなっちまうまで

ついてゆくことになる

屋台が並ぶ市場の近くの青いタイルの壁ぞいに

彼女がおまえを連れて行こうとする隠れたドアがある

最近は、と彼女は言う

私の人生は、まるで流れる川みたい

猫の年を

彼女がひどく冷ややかにおまえを見つめて

その瞳を海に浮かぶ月のように輝やかせて

彼女はお香とパチョリの香りとともにやってくる

だからおまえは彼女を連れてゆく

いったい何が待っているのか見つけるために

猫の年の中に


朝が来てもおまえはまだ彼女と一緒にいる

バスも観光客も行ってしまった

おまえは選択の機会も放り出し

チケットも失くしてしまった

だからおまえはそこにいるしかない

だけど、生まれたばかりの日のリズムの中にも

夜のドラム・ビートの歪みは残っている

いつか彼女と別れることになると知っていても

今はとどまることにしよう

猫の年の中で

猫の年の、、、
                 (拙訳)

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 ”猫年”ってなんだろうと思ったら、ベトナムの干支なんですね。

 干支は中国が起源ですからベトナムにも伝わったのですが、そこでマイナーチェンジが行われたようです。

 猫年は日本でいう卯年。他に違っているのは、牛→水牛、羊→山羊、猪→豚で、どれも同類の中での変化で、ベトナムに馴染みのある動物に変えたようです。ただ、猪は中国では豚のことをさすらしく、”イノシシ”年にしているのは日本だけなんだそうです。

 

 なぜ、ウサギが猫になったのかについては、諸説あるようですが、まずウサギがベトナムではポピュラーじゃないのと、「卯」の中国語の発音mão(マオ)がベトナム語のmèo(メオ、猫)に近いからじゃないか、と言われているようです。

 

 さて、なぜベトナムの干支をアル・スチュワートは歌にしたのでしょう。

 

 1975年、アル・スチュワートはリンダ・ロンシュタットの前座として北米ツアーをまわっていました。その時のキーボーディストがピーター・ウッド。彼がサウンド・チェックの時に必ず引くフレーズがあって、それに強く惹かれたアルは、メロディーに歌詞をつけさせてもらうことにしました。

 

 最初に彼が書いた歌詞は、トニー・ハンコックというイギリスのコメディアンについてのもので「Foot of the Stage」というタイトルでした。

 

 しかし、アメリカのレコード会社からはトニー・ハンコックなんて知らないと却下されてしまいます。そのあと彼は、アン王女をテーマにした「Horse of the Year」と言う歌詞を書きましたが、再び却下されたそうです。

 レコード会社の人間は、曲自体は気に入っていたので、また違う歌詞を書くよう彼に指示を出しました。

 

 しかし、何もアイディアが浮かばずにもう頭がおかしくなりそうになった彼は、ふとガールフレンドが持っていた本に目をやると、それはベトナムの星占いについてのもので、ちょうど「Year of The Cat」という章が開いてありました。それが何のことかはまったくわからなかったそうですが、間違いなく曲のタイトルになると、彼はひらめいきました。

 

 最初彼は猫についての歌詞を書いたそうですが、全然うまくいかず、そのとき偶然テレビで映画「カサブランカ」をやっていたので、それをモチーフにすることに決めたそうです。 

 歌詞のボガートはもちろん「カサブランカ」の主役、ハンフリー・ボガートピーター・ローレはビザの売買をする悪徳ブローカーの役で出ていました。

 具体的に映画のシーンを取り入れたわけではなく、あくまでもイメージのようです。

 

 それにしても、”ベトナムの干支”と「カサブランカ」をミックスするとは、、。それだけ彼は追い詰められていたんでしょうね。

 

 その不思議な歌詞の世界と印象的なピアノのリフ、いろんな要素が相乗効果になったのか、この曲は全米8位の大ヒットになります。

 すでにデビューから10年経っていて、それまで彼は一度もシングル・チャートに入った曲がなかったのですから、彼自身驚いたことでしょう。

 

 ここでアル・スチュワートのエピソードを少し。彼は子供のころにロックンロールに夢中になったことがきっかけで音楽を志しましたが、十代の頃にはフォーク・ブームになり、すると彼はボブ・ディランに憧れてカバーをやっていたそうです。

 そのころ、ロンドンにやって来て、彼と同じフラットに住んだのがなんとポール・サイモンでした。ポールがオリジナル曲を作る様子を壁越しに聴きながら、曲の作り方を学び、彼自身もオリジナル曲を書くようになるのです。

 

  彼の最初のシングルと思われる「ELF」(1966)。確かに、曲調はちょっとポール・サイモンっぽい感じもしますね。

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 その後、コンスタントに活動を続け、1970年代に入ると本国イギリスより、アメリカでじわじわと人気が出始め、1975年には、ビートルズの「アビイ・ロード」やピンク・フロイドの「狂気」などに関わったエンジニア、アラン・パーソンズをプロデューサーに迎えたアルバム「モダン・タイムス」が全米30位まであがりました。

 

 その盛り上がりを受けてリリースされたのが「イヤー・オブ・ザ・キャット」だったというわけです。彼もここが勝負のタイミングだと思っていたので、必死に歌詞の書き直しをしたのかもしれませんね。

 

 その後、彼は1978年に「イヤー・オブ・ザ・キャット」と並ぶ代表曲「タイム・パッセージ」(全米7位)をリリースしています。

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 最後に映画「カサブランカ」をモチーフにした曲を。

 日本人にはやっぱりこれが有名ですよね。バーティ・ヒギンスの「カサブランカ」(1981)。郷ひろみにもカバーさせるという戦略が見事ハマりました。

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 バーティ・ヒギンスがベタ過ぎて、、というAORファンから人気が高いのがデイン・ドナヒューの「カサブランカ」。たった一枚しかアルバムを残していませんが、ラリー・カールトンスティーヴ・ルカサー、ジェイ・グレイドン、スティーヴ・ガッドスティーヴィー・ニックスドン・ヘンリー、J.Dサウザー、ビル・チャンプリンなど当時の西海岸オールスターキャストで作られています。

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