まいにちポップス(My Niche Pops)

令和初日から毎日、1000日連続で1000曲(せんきょく)を選曲(せんきょく)しました。。。古今東西のポップ・ソングのエピソード、洋楽和訳、マニアックなネタ、勝手な推理、などで紹介しています。キャッチーでメロディアスなポップスは今の時代では”ニッチ”なものになってしまったのかなあとも思いますが、このブログを読んでくださる方の音楽鑑賞生活に少しでもお役に立てればと願っています。みなさんからの追加情報や曲にまつわる思い出などコメントも絶賛募集中です!text by 堀克巳(VOZ Records)

「帰ろう」藤井風(2020)

 おはようございます。

 今日は藤井風の「帰ろう」です。

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あなたは夕日に溶けて

わたしは夜明に消えて

もう二度と 交わらないのなら

それが運命だね

 

あなたは灯ともして

わたしは光もとめて

怖くはない 失うものなどない

最初から何も持ってない

 

それじゃ それじゃ またね

少年の瞳は汚れ

5時の鐘は鳴り響けど もう聞こえない

それじゃ それじゃ まるで

全部 終わったみたいだね

大間違い 先は長い 忘れないから

 

ああ 全て忘れて帰ろう

ああ 全て流して帰ろう

あの傷は疼けど この渇き癒えねど

もうどうでもいいの 吹き飛ばそう

さわやかな風と帰ろう

やさしく降る雨と帰ろう

憎みあいの果てに何が生まれるの

わたし、わたしが先に 忘れよう

 

あなたは弱音を吐いて

わたしは未練こぼして

最後くらい 神様でいさせて

だって これじゃ人間だ

 

わたしのいない世界を

上から眺めていても

何一つ 変わらず回るから

少し背中が軽くなった

 

それじゃ それじゃ またね

国道沿い前で別れ

続く町の喧騒 後目に一人行く

ください ください ばっかで

何も あげられなかったね

生きてきた 意味なんか 分からないまま

 

ああ 全て与えて帰ろう

ああ 何も持たずに帰ろう

与えられるものこそ 与えられたもの

ありがとう、って胸をはろう

待ってるからさ、もう帰ろう

幸せ絶えぬ場所、帰ろう

去り際の時に 何が持っていけるの

一つ一つ 荷物 手放そう

憎み合いの果てに何が生まれるの

わたし、わたしが先に 忘れよう

 

あぁ今日からどう生きてこう

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  アーティスト、音楽関係者の間で ”宇多田ヒカル以来”とまで言われている才能が藤井風です。

  長身でイケメンで詞、曲、歌、ピアノすべていい、これで、金持ちのボンボンだったらイヤミすぎる〜って突っ込めるところなんですが、ずっと岡山ローカルで活動していてがっつり岡山弁でしゃべり、歌も岡山弁が混じるという、そのイケメンが鼻につかなくなる絶妙なバランスで、もう突っ込むところがないな、と、僕は敗北感みたいなものを感じるんですが(アーティストじゃないのでそんなこと感じる必要なんてないんですが、、)、2020年に出た彼のデビュー・アルバム『HELP EVER HURT NEVER』の最後に入っていたこの曲は、新しい邦楽アーティストを積極的に聴かなくなった僕の年代の人たちにも聴いて欲しいと思ってセレクトしてみました。

 

 藤井風は3歳からピアノを始め、両親はピアニストになることを望んでいたようで、父親の薦めで12歳からYouTubeにピアノの動画をアップし始めました。

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 しかし、本人は自分で歌いたいという気持ちが強かったようで、20歳の頃からは弾き語りのカバー動画をアップしていくようになります。

 興味深いのが、彼がセレクトした洋楽のラインナップです。彼の父親が相当な音楽好きだったのが影響したのでしょう、このブログでも紹介したような”ポップ・クラシックス”がたくさん選ばれているのです。

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 そして、邦楽のカバーの中で興味深いのは椎名林檎が多いということです。

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 洋楽のポップ・クラシックの豊かで多彩なコード感に裏打ちされたメロディ、椎名林檎のエッジの効いた世界観がこのイケメンの中でいい感じに融合してあのオリジナリティはできあがったのかな、などとも思ったりもしました。

 

 彼のカバー曲のセレクトに興味のある方は一度、彼のYouTubeチェンネルを見ていただければと思います。

 

 それから、彼のカバー動画はたくさんあるのですが、どれも譜面を一切見ていないんですね。たぶん耳コピして、曲を一度自分の中にしっかり入れてから、自分流のスタイルにして演奏しているのだと思います。

 

 これだけ音楽があふれた世の中で、オリジナリティで抜きん出るのは大変なことだと思いますが、やはりどんなものがインプットされているか、そして、どんな風にそれを自分の中への取り入れたか、というのはとても重要になってくると思います。

  彼の卓越した才能は、ただ生まれ持ったセンスということではなく、しっかりと長い年月をかけて、様々な曲のインプットとアウトプットを膨大に繰り返すことで培ったものなのでしょう。そして、そういう風にして獲得した能力はちょっとやそっとじゃ揺るがないものなのだと思います。

 

 この「帰ろう」はサビの”ああ全て忘れて帰ろう”というフレーズが、最初に彼の頭の中に”降ってきた”そうで、そのとき”この曲を出すまで死ねん!”とまで思ったそうです。

 彼は老人ホームや病院、終活セミナーといった場で演奏した経験があったらしく、そこで感じた彼なりの死生観というか、自分が死ぬときのことを考えることが、いまをどう生きるのかにつながるのではないか、という思いが歌詞には込められています。

 

 この歌の「帰る」というのは「死ぬ」ということを言い換えた言葉で、歌詞も自然体でやさしい言葉で語らえながらしっかりと核心をついている素晴らしいものなのですが、20代前半のアーティストが書くにはあまりに達観しているようにも最初は感じました。しかし、そう感じること自体がもう古いんだなと思い直しました。

 たとえば、僕らの若い頃は上の世代から「若いんだから何も考えず思いっきり無茶やってみろよ」みたいなことを言われたわけですが、それは社会的なセーフティ・ネットがまだ機能しているという大前提があってこそ成立するものです。”若い頃の苦労はいつか〜”みたいな意見も、大多数が定年まで食っていける社会だからこそ言えることでしょう。

 

 今のような社会の基盤自体がグラグラして不安なことばかりの時代には、若いうちから何が自分にとって幸せかを考えて、それにのっとって生きよう、今の瞬間にフォーカスしてようと考えるのは、まったく当然のことなのかもしれません。

 

 と、なんだか、音楽ブログじゃない方向に話が行ってしまいましたね、すみません。

 

 ともかく、ヒゲダンの藤原聡といい、彼といいピアノマンでここまでの才能が次々と出てくるのは日本の音楽シーンでは初めてのことでしょう。

 そして、ふたりとも、古い洋楽もしっかりインプットされていて、それが強みになっているという共通点もあります。

 

  また、話が脱線してしまいますが、彼のアルバム・タイトル『HELP EVER HURT NEVER』というのは、”常に助け、決して傷つけない”という意味で、彼の父親が彼が子供の頃からよく言い聞かせていた言葉なのだそうです。もとは、インドのサイババらしく、彼のお父さんも独特な哲学を持っていそうで、ちょっと興味があります。

 

 最後は彼の新曲「きらり」。聴いた人がちょっとでも気分が良くなってもらうために音楽をやっている、と語っていた彼らしい曲です。

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