まいにちポップス(My Niche Pops)

令和初日から毎日、1000日連続で1000曲(せんきょく)を選曲(せんきょく)しました。。。古今東西のポップ・ソングのエピソード、洋楽和訳、マニアックなネタ、勝手な推理、などで紹介しています。キャッチーでメロディアスなポップスは今の時代では”ニッチ”なものになってしまったのかなあとも思いますが、このブログを読んでくださる方の音楽鑑賞生活に少しでもお役に立てればと願っています。みなさんからの追加情報や曲にまつわる思い出などコメントも絶賛募集中です!text by 堀克巳(VOZ Records)

「リヴァー・ディープ・マウンテン・ハイ(River Deep -Mountain High)」アイク&ティナ・ターナー(1966)

 おはようございます。

 今日はアイク&ティナ・ターナーの「リヴァー・ディープ・マウンテン・ハイ」です。


River Deep - Mountain High

When I was a little girl, I had a rag doll
Only doll I've ever owned
Now I love you just the way I loved that rag doll
But only now my love has grown


And it gets stronger in every way
And it gets deeper, let me say
And it gets higher day by day


And do I love you, my oh my
Yeah, river deep, mountain high, yeah, yeah, yeah
If I lost you, would I cry
Oh, how I love you, baby, baby, baby, baby


When you were a young boy, did you have a puppy
That always followed you around?
Well, I'm gonna be as faithful as that puppy
No, I'll never let you down


It goes on and on like a river flows
And it gets bigger, baby, and heaven knows
And it gets sweeter, baby, as it grows


And do I love you, my oh my
Yeah, river deep, mountain high, yeah, yeah, yeah
If I lost you, would I cry
Oh, how I love you, baby, baby, baby, baby


I love you, baby, like a flower loves the spring
And I love you, baby, like a robin loves to sing
And I love you, baby, like a schoolboy loves his pet
And I love you, baby, river deep, mountain high
Baby, baby, baby, yow


Do I love you, my oh my
Yeah, river deep, mountain high, yeah, yeah, yeah
If I lost you, would I cry?
Oh, how I love you, baby, baby, baby, baby

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  ” 私がまだ小さかった頃 ラグ・ドール(ぬいぐるみ)を持ってたの

     私が持っていた人形はそれだけだった

     今はあの人形を愛したように あなたを愛しているわ

     でも今の方が愛は強くなっている

 

          愛はあらゆる意味でどんどん強くなってゆく

       そして深く、深くなってゆく  言わせてよ

    日ごとに気持ちは高まってゆくの

 

         私はあなたを愛しているのね?そうでしょ?

       河より深く 山より高く 

         もしあなたを失ったら 泣き叫ぶかしら

   こんなにも愛してしまったのよ ベイビー、ベイビー

 

    あなたが小さかった頃 子犬を飼っていたかしら?

       あなたの後をいつまでも、ついてまわるような

    私はそんな子犬のように忠実になるわ

    あなたを悲しませたりしない 

    だってあなたへの愛が強くなっているから まるで河の流れのように

 

    そして愛はどんどん甘く、甘くなってゆく 神様しか知らないほどに

    愛が強くなるにつれて ベイビー 甘くなってゆくの

 

    愛しているの、ベイビー、コマドリが歌うことを愛するように

    愛しているの、ベイビー、花が春を愛するように

    愛しているの、ベイビー、子供がペットを愛するように” (拙訳)

 

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 ぬいぐるみのように愛して、とか子犬のように忠実に、とか、ちょっとヤバイ方向にいっちゃっている恋愛感情を、迫力のあるヴォーカルが、ハンパなく分厚いエコー・サウンドに乗って聴こえてくる、ただならぬ作品です。

 これは天才プロデューサー、フィル・スペクターが起死回生を狙った渾身の楽曲でした。

 

「ビー・マイ・ベイビー」をはじめとする作品群で、ビートルズビーチ・ボーイズをはじめ数々のアーティストに影響を与え、ポップ・ミュージックの主役のひとりだった彼も、1965年あたりから徐々に過去の存在になりつつありました。

 かつてのような大ヒットが出なくなったうえに、「ふられた気持ち」で大成功をおさめたライチャス・ブラザースと訴訟問題が起こり、相当疲弊していたのです。

 

popups.hatenablog.com

 

 しかし彼は完全には諦めていませんでした。たまたまライヴで見たアイク&ティナ・ターナーというディオに感銘を受け、プロデュースをしたいと申し出たのです。

 

「ティナがいいんだよな。彼女があんなにすばらしいとはね。アレサと肩を並べるほどだ。(ジャニス)ジョップリンなんかと同じで、ライヴでは本当にすごいんだが、それをレコードでどうやって生かすかが難しいところなんだ」

   (「ローリング・ストーン」 インタビュー選集 世界を変えた40人の言葉 )

 

 さて、突然ですが、最初のロックンロール・レコードとされるものは諸説ありますが、最も推す声が多いものの一つが「ロケット88」という曲です。


1951 Jackie Brenston Rocket "88" (#1 R&B hit)

  アーティストは”ジャッキー・ブレストン・アンド・ヒズ・デルタ・キャッツ”と表記されていますが、実際に演奏していたのはアイク・ターナーと彼のバンド”キングス・オブ・リズム”でした。ジャッキー・ブレストンはキングス・オブ・リズムのトロンボーン奏者だったそうです。

 アイク・ターナーは最初のロックンロール・レコードとされる曲を作って、プロデュースし、歌ったほどの人物だったんです。

 そして彼らのライヴではお客さんが飛び入りで歌うコーナーがあり、そこで見事な歌声を聴かせ、彼らのグループの一員となったのがティナ・ターナーです。彼女の本名はアンナ・メイ・ブロックですが、最初はリトル・アンという芸名がつけられ、アイクと結婚するときに、ティナという名前を彼から与えられたのです。

 

 アイクはティナに対しては公私ともに”支配”している存在でした。酒癖が悪く、クスリをやり、すぐに人に手を出し、銃も持ち歩くような危険人物でもありました。

 

 しかし、フィルはティナに強く魅かれていました。黒人音楽の名門アトランティックで修行し、自身のレーベルでも黒人シンガーをメインに扱っていた彼の音楽の中心にはR&Bがありました。R&Bと自身のウォール・オブ・サウンドの融合を、もう一段高いレベルに引き上げるのは彼女ほどの迫力のあるシンガーでなければならなかったのです。

 

 それで、前渡金を支払ったり、アイクの専門外であるロックの主流を目指すのだなどと言って、スタジオでフィルと同席しないといった条件をのませ、その後も常にアイクに気を使うように制作を進めたといいます。

 そして、楽曲は「ビー・マイ・ベイビー」などフィル・スペクターのヒット作の多くを書き、その頃は疎遠になっていたジェフ・バリーとエリー・グリニッチを久しぶりに呼び出し、久しぶりに3人で一心不乱に作業したそうです。

 

 レコーディングは、フィルならではの”大所帯”、30人近いミュージシャンを集める形で、しかも五回行ったそうです。

   

 このフィル・スペクターの”大所帯”のレコーディング現場を、映画「ティナ」では再現してくれています。

www.youtube.com

 

 フィルはいつものように、ギター4人、ベース4人、キーボード3人、パーカッション2人、ドラムス2人といった複数のバンド・メンバーに、弦管楽器に加え、今回は20人ほどのバック・コーラスまで加わっていました。

 

 彼は方向転換やマイナー・チェンジは行わず、あくまでも今までのやり方をもっと”過剰”にするというベクトルで制作を進めていったわけです。

 

 そして、出来上がった過剰なまでのサウンドに対し、ティナはどう歌っていいのかさっぱりわからないまま、ひたすら歌い続けたそうです。

 

 フィルはこう言っています。

 「あの曲が出来上がったときには、俺は終わったと思ったね。頭が真っ白になって五分近くも固まった気がしたよ」 

 (「ローリング・ストーン」 インタビュー選集 世界を変えた40人の言葉 )

 

 まさに彼の全てを注ぎこんだ作品だったわけです。

 しかし、売り上げは全米最高88位と大きく失敗してしまいます。

 この前代未聞の過剰なまでの”ウォール・オブ・サウンド”をあるラジオ局の人間は”ただの騒音のかたまり”と評したそうです。

 

 しかし、イギリスでは3位まであがる大ヒットになり、スペインでは1位になるなどヨーロッパでは評判になったそうです。

 そして、ローリングストーンズが気に入り、アイク&ティナ・ターナーは彼らのオープニング・アクトをつとめることになり、飛躍のチャンスをつかむことができました。

 

 フィルの方は、”燃え尽き症候群”にもあり、アメリカで失敗したダメージもあったのでしょう、その後、自分のレーベルに情熱を注ぐことはありませんでした。(このあとはビートルズやジョン、ジョージのソロ作品に絡んでいくことになります)

 

 ”騒音のかたまり”とまで評されたこの曲も今では、彼の最高傑作と呼ぶ人は少なくありません。

  

「俺には『フィル・スペクターサウンド』って呼べるものはない。俺が持っているのは「スタイル」なんだ。レコードを作るための独特のスタイル。アーティストのスタイルの従うルー・アドラー(註:キャロル・キング「つづれおり」などのプロデューサー)みたいなレコード・プロデューサーたちと違って、自分でスタイルを創り出すんだ。俺が『スタイル』って呼ぶのは、レコードを作る過程を指しているからさ。

 俺のスタイルは、レコーディングについて他の連中が知らないことを知っていることだ」

 (「ローリング・ストーン」 インタビュー選集 世界を変えた40人の言葉 ) 

 

 サウンドではなく”スタイル”だと行っているのが面白いですね。

 確かに”サウンド”そのものを作るのは、アレンジャー(主にジャック・ニッチェ)とエンジニア(主にラリー・レヴィン)だったわけですし。

 

 実は、後年フィルがたまたま、この「リヴァー・ディープ・マウンテン・ハイ」をTVで歌っているシンガーに興味を持ち、秘密裏に制作をすすめていたことがあります。

 そのシンガーがセリーヌ・ディオンです。

 しかし、彼の人間性や途方もなく時間と労力を要する作り方が災いしたのかもしれません、完成間近にして頓挫してしまったそうです。

 関係者によると、素晴らしい出来だったというマスター・テープはフィルの元で眠ったままになっています。

 

 そして、セリーヌはこの曲を、ジム・スタインマンのプロデュースでレコーディングしました。ジムはフィル・スペクター・ファンでミート・ローフ「地獄のロック・ライダー」やエア・サプライ「渚の誓い」などで、エコーの深いドラマティックなサウンドを作っていた人です。

 しかし、出来上がりはオリジナルに比べてしまうと、、、という感じがします。フィル自身も酷評したそうです。ただし、アルバム自体は”べらぼうに”売れたので、セリーヌもジムも満足だったのでしょうが。

 


Céline Dion - River Deep, Mountain High (Official Audio)