まいにちポップス(My Niche Pops)

令和元年初日から毎日更新中〜1日1ポップス。エピソード、歌詞の和訳、謎解き、マニアックな捜査、勝手な推理、などで紹介していきます

「ビー・マイ・ベイビー(Be My Baby)」ロネッツ(1963)

 おはようございます。

 今日はロネッツの「ビー・マイ・ベイビー」。最初は「あたしのベビー」なんてタイトルだったようです、、。

 


The Ronettes - Be My Baby (Audio)

 僕が”ポップス”と聞いて、真っ先に思い浮かぶのがこの曲です。ただリアルタイムでは聴いてなくて、発売されてから15年くらいたった頃だと思いますが、聴いたことのないサウンドにひと目で、いやひと耳で、ぐっと気持ちをつかまれました。 

 

 ロック・ポップスの偉大な才能たちも、はじめて「ビー・マイ・ベイビー」を聴いたときの衝撃を語っています。

 

「初めて<ビー・マイ・ベイビー>を聞いたときの気持ちは、他の曲じゃ再現できそうもない」

「僕が覚えているのは<ビー・マイ・ベイビー>をカー・ラジオで聞いて、とても元気が出たということだけ。そして、あの曲が僕の頭脳におよぼしたことと、あそこで鳴っていた音のせいで、ぼくは生まれ変わったようになった。そして、その先へと大きく飛び出していったんだ」

                      (「ブライアン・ウィルソン自伝」)

 

ロネッツの<ビー・マイ・ベイビー>。私はそのサウンドを、いつまでも愛し続けるだろう。魂に宿っているのだ。ロニーの歌はとにかく最高だ。グルーブ、美しく鳴り響くバックグラウンド・ヴォーカル、オケーそのすべてが一体化している。フィル・スペクターは天才だ。ジャック・ニッチェは天才だ」

                      (「ニール・ヤング自伝」)

 

 彼らを魅了したサウンドは”ウォール・オブ・サウンド音の壁)”と呼ばれています。

 

 ひとつのスタジオにギターやピアノなどのプレイヤーがそれぞれ複数集まって一斉に演奏するのですが、ただ楽器の数を増やして音の厚みを作ればいいわけではありません。このサウンドは、世界でたった一つ、ロサンゼルスのゴールド・スター・スタジオでしか作れなかった音でした。

 もともと飲食店だったのを改装したため天井が低い特殊な作りで、それだと平たい音になってしまうため、エコー・チェンバーという反響室を二つ作ったそうです。そのため、ここでしか生まれない独特の残響が生まれることになり、そこにフィル・スペクターはこだわったようです。しかも、モノラルでしたので、いろんな音と残響が分離せず一体となったわけです。いかにちょうどいい残響が生まれるか、そしてそれが楽器の音といかに混ざり合うか、という数字や目盛りでは決して測れない、フィル本人にしかジャッジができないものだったのです。

 

 このサウンドの楽曲を彼はたくさん作りましたが、その中でもとりわけ時間をかけたのがこの「ビー・マイ・ベイビー」です。

 彼はロネッツと契約したのち録音を始めるまでに1年も間が空いたそうです。他の曲もトライしたようですが納得できず、作家が「ビー・マイ・ベイビー」を書いた時にやっと”これだ!”と思ったのでしょう。

 そして、歌のリハーサルに数週間かけ、ボーカル・レコーディングに丸3日かけたそうです。オケのレコーディングも、録音を始めるまで”通し演奏”を42回もやったらしく、凄腕のミュージシャンたちもヘロヘロになってしまったという証言もあります。

 そのおかげで、この曲は大ヒットし、ロネッツは世界中の注目の的になります。ビートルズストーンズのメンバーも彼女たちに夢中になったという話です。

   このとき、フィルはまだ23歳だったそうですから、まさに天才だったのでしょう。

 

 曲を書いたのは「ダ・ドゥ・ロン・ロン」と同じく、ジェフ・バリーとエリー・グリニッチ。ジェフが主に歌詞、エリーが作曲を担当し、二人はこの頃結婚していたそうです。 

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 この頃は、キャロル・キングニール・セダカバート・バカラックといった人たちが作詞家とチームを組んで、他のチームと競争しながらヒット曲をたくさん生み出していました。その中で、このジェフ・バリーは、曲のターゲットをティーン・エイジャーに絞ることで、他の作家と差別化するのに成功しました。アーチーズの「シュガー・シュガー」もまさにティーンを狙ったものでした。

 

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 ロネッツは、リード・ボーカルのロニー・スペクター(ヴェロニカ・ベネット)と姉のエステル・ベネット、そして従妹のネドラ・タリーの三人組。ロニーは後にフィルと結婚、そして離婚します。

 ロニーは、フィル・スペクターサウンドの象徴的存在として、ミュージシャンたちにも敬愛され、エディ・マネーのヒット曲「Take Me Home Tonight」ではロニーがフィーチャーされ「ビー・マイ・ベイビー」の一節が組みこまれています。

 また、ビリー・ジョエルフィル・スペクターへのオマージュ曲「さよならハリウッド」をロニーがカバーし、演奏をブルース・スプリングスティーンのバンド”Eストリート・バンド”が演奏している、なんていうのもあります。

 

 最後に一つ、この曲でものすごく印象的なドラムをたたいているのがハル・ブレイン。このブログに登場した「素敵じゃないか」(ビーチ・ボーイズ)「愛ある限り」(キャプテン&テニール)「ビートでジャンプ」(フィフス・ディメンション)「ウィンディ」(アソシエイション)なども彼が演奏しています。

 

 

 

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