まいにちポップス(My Niche Pops)

令和初日から毎日、1000日連続で1000曲(せんきょく)を選曲(せんきょく)しました。。。古今東西のポップ・ソングのエピソード、洋楽和訳、マニアックなネタ、勝手な推理、などで紹介しています。キャッチーでメロディアスなポップスは今の時代では”ニッチ”なものになってしまったのかなあとも思いますが、このブログを読んでくださる方の音楽鑑賞生活に少しでもお役に立てればと願っています。みなさんからの追加情報や曲にまつわる思い出などコメントも絶賛募集中です!text by 堀克巳(VOZ Records)

「トムズ・ダイナー(Tom's Diner)」スザンヌ・ヴェガ(1987)

 おはようございます。

   今日はスザンヌ・ヴェガの「トムズ・ダイナー」を。

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I am sitting in the morning at the diner on the corner
I am waiting at the counter for the man to pour the coffee
And he fills it only halfway and before I even argue
He is looking out the window at somebody coming in


"It is always nice to see you," says the man behind the counter
To the woman who has come in, she is shaking her umbrella
And I look the other way as they are kissing their hellos
And I'm pretending not to see them, and instead I pour the milk


I open up the paper, there's a story of an actor
Who had died while he was drinking, it was no one I had heard of
And I'm turning to the horoscope and looking for the funnies
When I'm feeling someone watching me and so I raise my head


There's a woman on the outside looking inside, does she see me?
No, she does not really see me 'cause she sees her own reflection
And I'm trying not to notice that she's hitching up her skirt
And while she's straightening her stockings, her hair has gotten wet


Oh, this rain, it will continue through the morning as I'm listening
To the bells of the cathedral
I am thinking of your voice

 

And of the midnight picnic once upon a time before the rain began
And I finish up my coffee
And it's time to catch the train

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 ”朝、角のダイナーに私はいる 

  カウンターに腰掛けて給仕がコーヒーを注ぐのを待っている

  彼はカップの半分しか入れず、私が文句を言おうとすると

  彼の目はもうすでに窓の外、店に入ってくる誰かに向けられていた

 

 「いつもありがとうございます」カウンター越しに彼は言う。

   声をかけられた女は 傘の水滴を払っている

   彼らがキスをして挨拶する間、私は顔を背ける

     私は彼らを見ていないふりをしながら コーヒーにミルクを注ぐ

 

  新聞を開くと ある俳優の記事が 酒を飲んでいる時に亡くなったそうだ

  彼の名前は聞いたことがなかった

  それで星占いのページを見たあと 漫画を探しているとき

 

  誰かが私を見ている気がして 顔をあげてみると

  一人の女が店の中を覗き込んでいる 私を見ているの?

 でもそうじゃなかった 彼女はガラスに映る自分を見ていたの

    彼女がスカートを引き上げる時 私は見ないようにした 

 そして彼女がストッキングを直している間 彼女の髪はどんどん濡れていった

 

    ああ、この雨は午前中ずっと止まなさそう 

 教会の鐘の音を聴きながら あなたの声を思い出した

 

 そしてあなたと行った真夜中のピクニックのことも

 遠い遠い昔 この雨が降り出す前の話ね    

 私はコーヒーを飲み干す もうすぐ電車の時間”

                                                                                               (拙訳)

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 何気ないダイナーの朝食の情景を描いたものですが、彼女はこれは単なる”朝食”の歌ではないと語っています。

 「これは、人とのつながりを絶たれた、もしくは疎外されていると感じていて、

 かつて誰か愛する人がいてその人と繋がっていると感じられていたことを、切実に思い返している、という歌なの」

 確かにこの歌の主人公はダイナーの給仕と店に入ってくる常連客の女性とも、自分のことを見ていると勘違いした店の外の女性とも、一切関わりを持てていないんですね。

 こういう”日常的な孤独感、疎外感”というのは、実は広く共感されるものだと思いますし、それをこれほど見事に描いた曲は他にないかもしれません。

 

 この曲は彼女のアルバム「Solitude Standing<邦題は”孤独(ひとり)”>」のオープニングに置かれ、この曲のインスト・ヴァージョンで終わっている、という、アルバム全体のテーマである”孤独、孤立”を象徴するものだったんですね。

 彼女はこの曲を最初はピアノの伴奏で歌うイメージで作ったようですが、伴奏がつくことによって”孤独感””疎外感”がどうしても情緒的に美しく演出されてしまうので、ア・カペラという選択は見事だったと思います。

 

 このアルバムからは「ルカ」という曲が当時大ヒットしました。ノリのいいポップな曲調ですが、実は親から虐待を受けている少年が語りかけているという設定の歌詞でした。


Suzanne Vega - Luka (Official Video)

 

 

 ちなみに、この「トムズ・ダイナー」のモデルになった店がNYにあって、実際は

「トムズ・レストラン」というそうです。彼女は学生時代よくそこで朝食を食べていたそうです。

「いたって普通の、ニューヨークによくある、おしゃれでも見た目が良くもなく、雰囲気もいいわけじゃない、ただただよくある店、だから好きだったの」

 

 また1989年から始まったアメリカの人気TVドラマ「となりのサインフェルド」の主人公たちが”たむろ”する店としても有名になったそうです。


Seinfeld Diner (Tom's Restaurant) - Whatta Town!

 

 この曲はシングルにもなり、イギリスとアイルランドではチャート入りしました。

また、日本ではTVCMに使われたことでこの曲は有名になりました。

 

 そして、この曲にイギリスの"DNA"という二人組クリエイター・ユニットが勝手にリズムトラックをつけリミックス・ヴァージョンを作ったことで、大きな変化が訪れます。

 当初、スザンヌも懐疑的でしたが、よく聴くと自分の歌の世界が損なわれているものではないので、レコード会社を説得し、このヴァージョンを買い取って発売をさせました。1990年のことです。

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 すると、全米5位、全英2位など世界中で大ヒットし、彼女の一番のヒット曲になりました。

 そして、これをきっかけに、この曲はヒップホップなどサンプリングのネタとして

2PAC、ドレイク、デヴィッド・ゲッタなど実に多くのアーティストが使われるようになります。

 2015年には"エレクトリック・ディスコの祖"ジョルジオ・モロダーブリトニー・スピアーズをフィーチャリングしたものも作られました。


Giorgio Moroder - Tom's Diner (Lyric Video) ft. Britney Spears

 

 もはや”ニューヨークのダイナー”からはずいぶん遠くに行ってしまったように思えますね。

 彼女の肉声のみの歌、そして不思議に耳に残る反復するメロディ、というのが、ヒップホップやエレクトリック・ダンス・ミュージックの格好の”ネタ”として、そのニーズにズバリとハマったのでしょう。

 

 また、今音楽を聴くための主流のフォーマットである”mp3"になった最初の曲がこの「トムズ・ダイナー」だったということもよく知られています。このフォーマットの優劣を測るには人間の肉声がどう聞こえるかが一番鍵になるわけで、技術者がたまたまラジオでこの歌を聞いてちょうどいいサンプルになると思ったのだそうです。

 

 「ルカ」の大ヒット後、彼女はプレッシャーに悩まされていたと語っていましたが、こういう思いがけないブレイクが結果的に彼女を助けることになったわけです。

 そして、その後彼女自身はブレることなく質の高い作品を作り続け、アメリカでは非常に高い評価を受けています。

 2012年には「Solitude Standing」の発売25周年を記念して、アルバム全曲を曲順通りやるライヴも行い、そのライヴ・アルバムも発売されました。

 その中でオープニングの「トムズ・ダイナー」はしっかり”ア・カペラ”で歌っています。


Tom's Diner (Live)

 

 

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追記:日記ブログはじめました

voz.hatenablog.com