おはようございます。
今日はブルース・スプリングスティーン。彼の初めてのシングル・ヒットになった「ハングリー・ハート」です。
Bruce Springsteen - Hungry Heart (Official Audio)
Got a wife and kids in Baltimore, Jack
I went out for a ride and I never went back
Like a river that don't know where it's flowing
I took a wrong turn and I just kept going
Everybody's got a hungry heart
Everybody's got a hungry heart
Lay down your money and you play your part
Everybody's got a hungry heart
I met her in a Kingstown bar
We fell in love I knew it had to end
We took what we had and we ripped it apart
Now here I am down in Kingstown again
Everybody's got a hungry heart
Everybody's got a hungry heart
Lay down your money and you play your part
Everybody's got a hungry heart
Everybody needs a place to rest
Everybody wants to have a home
Don't make no difference what nobody says
Ain't nobody like to be alone
Everybody's got a hungry heart
Everybody's got a hungry heart
Lay down your money and you play your part
Everybody's got a hungry heart
***************************************************************
ボルチモアに妻と子供がいたんだ、ジャック
オレは車で出かけて、二度と家には戻らなかった
どこを流れているかもわかってない川みたいさ
間違った方向に曲がったけど、そのまま進んだんだ
誰もが飢えた心を持っている
誰もが満たされない心を抱えてる
掛け金を置いて 自分の役割を果たすのさ
誰もが満たされない心を抱えている
彼女とはキングスタウンのバーで出会った
終わるとわかっていながら、俺たちは恋に落ちた
俺たちはお互いに奪い合い、それを引き裂いたのさ
今はまた俺はキングスタウンにいる
誰もが飢えた心を持っている
誰もが満たされない心を抱えてる
掛け金を置いて 自分の役割を果たすのさ
誰もが満たされない心を抱えている
誰もが休める場所を求めている
誰もが家庭を持ちたがっている
誰が何と言おうと違いなんてない
誰だってひとりじゃいたくない
誰もが飢えた心を持っている
誰もが満たされない心を抱えてる
掛け金を置いて 自分の役割を果たすのさ
誰もが満たされない心を抱えている (拙訳)
***************************************************************
1970年代後半、音楽業界はディスコが席巻していましたが、ロックの世界では”シンプルなロックンロール”への回帰がひとつの現象になっていました。代表的なものがイギリスの”パンク”。そして、このブログで紹介しました、ニック・ロウ、エルヴィス・コステロらの”パブ・ロック”もパンクとシンクロするように盛り上がっていました。
アメリカの方では、スプリングスティーン、トム・ペティ、ボブ・シーガーなどカリスマ性を持つロック・ヒーローが現れます。彼らは労働者階級の若者の代表という立場をとり、音楽的には、自分のルーツである古いR&RやR&Bの影響を隠そうとしない”伝統主義者”でした。(彼らのような音楽を、当時の日本のレコード会社は”ストリート・ロックンロール”や”ストリート・ロック”と呼んだりしましたが、定着はしませんでした。)
背景としては、1960年代後半、ビートルズの「サージェント・ペパーズ」をきっかけに、ロックがどんどん進化し高度なものになり、多様化していったことが考えられます。同時にそこにはロックの”初期衝動”ともいうべきシンプルなドライヴ感を失っていったという側面もあったわけです。
パンクは、そういったシンプルなロックへの極端な”揺り戻し”と、当時に社会環境の悪化からくる若者たちのフラストレーション、が化学反応を起こして爆発したものだったのかもしれません。
それに対して、スプリングスティーンたちは、パンクに大きく触発されはしましたが基本的にロックンロールへの愛情、敬意を音楽的な”核”としました。しかし、ただのリバイバルではなく、ロックンロールを現在進行形のものにすることが、ロック・アーティストとしての命題でもありました。
それは、原点回帰とアップデートを同時に行うようなものでした。
それはある意味、本来ティーンエイジャーの音楽であるロックンロールを”成人させようとする”ことでもあったとも考えらえます。
そして、その大きな成果のひとつがこの「ハングリー・ハート」だったと僕は考えています。
村上春樹はこの曲についてこう書いています。
「ロックンロール・ミュージックが、これほどストーリー性のある深い内容の歌詞を与えられたことが、その歴史の中で一度でもあったのだろうか」
(「意味がなければスイングはない」)
そして、この歌詞を8万人もの観客が合唱するライヴ音源を聴いて村上は驚嘆します。
”ボルティモアに妻子がいながら逃げ出した男”自体には、まったく普遍性はないはずです。ただ、”現実の生活からわけもなく逃げだしたくなる””ここではないどこかに自分のための場所がきっとあるはず”といったその心情には、誰もがどこか気持ちを揺さぶられるところがあるわけです。それは、アメリカの音楽では主要なテーマとして、繰り返し歌われてきたものでもあります。
そして、そのテーマを抽象的な表現ではなく、設定を具体的にして描くからこそリアリティが増し、結果的に強い共振性を持つようになる、そこがソングライティングの面白いところでもあります。
”ロックンロールを成人させる”というのは、単に歌詞や音楽性を成熟させることではなく、もうティーンエイジャーではないけれど、内面では成人しきれていないという、”相反する複雑さ”を音楽に反映させることだったのかもしれません。
そして、この曲はフィル・スペクターを思い出させる雰囲気がありますが、フィル・スペクター・サウンドではやっていません。これは大変重要なことです。
フィル・スペクター・サウンドとは、大勢のミュージシャンをスタジオに集めて録音し重層的な反響を作り上げるもので、フィルは”ティンエイジャーのためのシンフォニー”を作ることが狙いだったと言われています。曲がロマンティックにファンタジックになる絶大な効果があったわけです。
かつてスプリングスティーンもフィル・スペクターに影響を受けて、「明日なき暴走」(1975)という曲で、楽器をいくつも重ねて録音しというアプローチをしています。
そうすることで、報われない日々を生きる労働者階級の若者の刹那の疾走を、ドラマティックに演出する効果があったわけです。
しかし、「ハングリー・ハート」はほぼバンドの1発録り、重ね録りはしていません。「ハングリー・ハート」という曲は本質的に、フィル・スペクター・サウンドが
”合わない”のだと僕は思います。
それは、この曲が決して決して過去のR&Rのリバイバルやオマージュではなく、歌の主人公はもはやロマンティックな夢を見る若者じゃないからです。
あくまでも、リアルな”現在進行形”のロックンロールをやろうという彼の意思が反映されたわけです。
ソングライターとしてのスプリングスティーンは、この曲よりずっと深みを感じるような、作家性高い作品を多数残しているので、今ではこの曲の歌詞の評価はそんなに高く評価してはいないようです。
しかし、ポップ・ミュージックの評価というのは、作品の深さや重さだけで量るものではないと僕は思います。
曲、歌詞、サウンドのバランスが絶妙であることと、そして何より大衆への訴求力が大事なはずです。
そして、そういう視点は、作者本人には持ちえないもので、リスナーこそが語るべきことです。
ですから僕は、この「ハングリー・ハート」は単なるスプリングスティーンのヒット曲じゃなく、ソングライターとしての代表作と呼んでも差し支えないものだと思っています。
こちらは、「ハングリー・ハート」が収録されたアルバム「ザ・リバー」リリース直後のライヴ・ヴァージョン
Bruce Springsteen - Hungry Heart (The River Tour, Tempe 1980)
「ハングリー・ハート」に影響された書いた曲だそうです。