まいにちポップス(My Niche Pops)

令和元年初日から毎日更新中〜1日1ポップス。エピソード、歌詞の和訳、謎解き、マニアックな捜査、勝手な推理、などで紹介していきます。text by 堀克巳(VOZ Records)

「ハングリー・ハート(Hungry Heart)」ブルース・スプリングスティーン(1980)

  おはようございます。

 今日はブルース・スプリングスティーン

 アメリカ最高のロック・ヒーローの初めてのシングル・ヒットがこの「ハングリー・ハート」でした。

 1970年代後半、音楽業界はディスコが席巻していましたが、ロックの世界では”シンプルなロックンロール”への回帰がひとつの現象になっていました。代表的なものがイギリスの”パンク”。そして、このブログで紹介しました、ニック・ロウエルヴィス・コステロらの”パブ・ロック”もパンクとシンクロするように盛り上がっていました。

 アメリカの方では、スプリングスティーントム・ペティボブ・シーガーなどカリスマ性を持つロック・ヒーローが現れます。彼らは労働者階級の若者の代表という立場をとり、音楽的には、自分のルーツである古いR&RやR&Bの影響を隠そうとしない”伝統主義者”でした。(彼らのような音楽を、当時の日本のレコード会社は”ストリート・ロックンロール”や”ストリート・ロック”と呼んだりしましたが、定着はしませんでした。)

 背景としては、ビートルズの「サージェント・ペパーズ」をきっかけに、ロックがどんどん進化し高度なものになり、多様化していったことが考えられます。同時にそこにはロックの”初期衝動”ともいうべきシンプルなドライヴ感を失っていったという一面もあったわけです。

 パンクは、そういったシンプルなロックへの極端な”揺り戻し”と、当時の若者に対する社会環境の悪化からくるフラストレーション、が化学反応を起こして爆発したものだったのかもしれません。

 それに対して、スプリングスティーンたちは、パンクに大きく触発されはしましたが基本的にロックンロールへの愛情、敬意を音楽的な”核”としました。しかし、ただのリバイバルではなく、ロックンロールを現在進行形のものとして”アップデートする”ことが、アーティストとしての命題でもありました。

 

 それはある意味、本来ティーンエイジャーの音楽であるロックンロールを”成人させようとする”ことだったとも考えらえます。

 そして、その大きな成果のひとつがこの「ハングリー・ハート」だったと僕は考えています。

 

 ボルティモアに妻と子供がいたんだけど、

 ある日オレは車で家を出て

 そのまま戻らなかったんだ

 行き先もわからないで流れてる川みたいなもんさ

 間違った方向に曲がっちまったけど 

 ただそのまま進むしかない

 誰もが満たされない心を抱えてる 

 誰もが飢えた心を抱えてる”

 

 村上春樹はこの曲についてこう書いています。

「ロックンロール・ミュージックが、これほどストーリー性のある深い内容の歌詞を与えられたことが、その歴史の中で一度でもあったのだろうか」

 (「意味がなければスイングはない」)

 

 そして、この歌詞を8万人もの観客が合唱するライヴ音源を聴いて村上は驚嘆します。

 ”ボルティモアに妻子がいながら逃げ出した男”自体には、まったく普遍性はないはずです。ただ、”現実の生活からわけもなく逃げだしたくなる””ここではないどこかに自分のための場所がきっとあるはず”といったその心情には、みなどこか気持ちを揺さぶられるところがあるわけです。アメリカでは繰り返し歌になってきた主要テーマのひとつでもあります。

 そして、抽象的な表現より、設定を具体的にして描くからこそリアリティが増し、結果的に共振性を持つようになるのでしょう。

 

 ”ロックンロールを成人させる”というのは、単に歌詞や音楽を成熟させることではなく、もうティーンエイジャーではないけれど、内面では成人しきれていないという、相反する複雑さを音楽に反映させることだったのかもしれません。

 

 そして、この曲はフィル・スペクターを思い出させる雰囲気がありますが、フィル・スペクターサウンドではやっていません。これは大変重要なことです。

 フィル・スペクターサウンドとは、大勢のミュージシャンをスタジオに集めて録音し重層的な反響を作り上げるもので、フィルは”ティンエイジャーのためのシンフォニー”を作ることが狙いだったと言われています。曲がロマンティックにファンタジックになる絶大な効果があったわけです。

 

 かつてスプリングスティーンフィル・スペクターに影響を受けて、「明日なき暴走」という曲で、楽器を重ねて録音して、それに近いアプローチをしています。

 報われない労働者階級の若者の疾走を、ドラマティックに演出する効果があったわけです。

 

 しかし、「ハングリー・ハート」はほぼバンドの1発録り、重ね録りはしていません。「ハングリー・ハート」という曲は本質的に、フィル・スペクターサウンド

”合わない”のです。

 それは、この曲が決して決して過去のR&Rのリバイバルやオマージュではなく、歌の主人公はロマンティックな夢を見る若者じゃないからです。 

 あくまでも、リアルな”現在進行形”のロックンロールをやろうという彼の意思が反映されたわけです。

 

 ソングライターとしてのスプリングスティーンは、この曲よりはるかに深みのある、作家としての手応えも大きいかっただろうと思われる作品を多数残しているので、この曲はそんなに高く評価してはいないようです。

 

 しかし、ポップ・ミュージックの評価というのは、作品の深さや重さだけで量るものではないと僕は思います。

 曲、歌詞、サウンドのバランスが絶妙であることと、そして何より大衆への訴求力が大事なはずです。

 そして、そういう視点は、作者本人には持ちえないもので、リスナーこそが語るべきことです。

 ですから僕は、この「ハングリー・ハート」は単なるスプリングスティーンのヒット曲じゃなく、代表作と呼んで差し支えないものだと思っています。

 

 


Bruce Springsteen - Hungry Heart (Official Audio)

 リリース直後のライヴ・ヴァージョン


Bruce Springsteen - Hungry Heart (The River Tour, Tempe 1980)

 

Hungry Heart

Hungry Heart