まいにちポップス(My Niche Pops)

令和初日から毎日、1000日連続で1000曲を選曲しました(苦笑)。古今東西のポップ・ソングをエピソード、歌詞の和訳、マニアックなネタ、勝手な推理、などで紹介しています。みなさんの音楽鑑賞生活に少しでもお役に立てればうれしいです。みなさんからの情報や思い出話などコメントも絶賛募集中です!text by 堀克巳(VOZ Records)

「涙のバースデー・パーティ(It's My Party)」レスリー・ゴーア(1963)

 おはようございます。

 今日はクインシー・ジョーンズのプロデュース作品の中でも異色のアメリカン・ポップスを。

  曲は「涙のバースデー・パーティ」。全米NO.1ヒットで、日本でも園まりや中尾ミエがすぐさまカバー・ヴァージョンをリリースしている、ポップス・スタンダードのひとつです。

  ジャズ・マンであるクインシーが何故ポップスをプロデュースしたのでしょう?

 当時、彼はマーキュリー・レコードの副社長兼A&Rという立場でした。ある日彼は社長のアーヴィング・グリーンから、音楽的に優れているだけじゃなく、会社の売り上げに貢献するようなポップスのレコードを作るよう依頼され了承したのです。

 しかし、ポップスは彼にとって畑違いでした。

「とにかく大量のデモテープを聴きとおし、下手な歌手のお粗末な歌に耳を傾け、ガラクタの山のなかから自分の方向性を探り出す必要があった。私にはたんにヒット曲を作るためだけでは超えられない音楽的な一線があるような気がしていた」

                   (「クインシー・ジョーンズ自叙伝」)

 彼が”ガラクタの山”から選び出したのは、レスリー・ゴーアという16歳の少女で、理由は”キーを外さずに歌っていたから”だったといいます。

   そして、彼とリスリーは二人で200~300曲のデモを聴き、選んだのがこの曲だったのです。

 曲はアーロン・シュローダーという人がやっている音楽出版社が持っているものでした。当時は音楽出版社が自分が持っている曲をいろんなところに同時にプレゼンをしていました。この曲を聴いて気に入ったプロデューサーに、このブログでもおなじみのフィル・スペクターがいます。この前の年に彼はアーロンが持っていた「He's a Rebel」という曲をクリスタルズに歌わせ全米NO.1のヒットにさせたり、アーロンの会社とつながりが深かったのです。フィルもこの曲のレコーディングに入ります。

 クインシーとフィルというポップ・ミュージック史に名を残す二人の大プロデューサーが、同じ曲を同時にレコーディングをしていたわけです。もちろん、お互いそれを知らずに。

 両者ともほぼ同じ時期にレコーディングを終えています。たくさんのミュージシャンを呼んで”ウォール・オブ・サウンド”を作るフィルの方が、時間がかかるでしょうから、録音に入った時期はフィルの方が早かったのかもしれません。

 そして、ある日クインシーがシャルル・アズナブールというフランスのシンガーのコンサートのためにカーネギー・ホールに行くと、偶然同じタイミング車からフィル・スペクターが降りてきて、彼と知り合ったばかりだったクインシーがフィルに近況を尋ねると

 ”It's My Party"という曲をクリスタルズと吹き込んだばかりで、大ヒット間違いなしだと、言ったそうです。

 慌てたクインシーは、スタジオに駆け込んで曲のアセテート盤(レコードをプレスする前の参照用のオーディオ・ディスク。ラジオ用のプロモーションで使われた)を100枚作り、各地のラジオ局に送ったそうです。フィルは当時ポップスで一番勢いのあるプロデューサー、彼のヴァージョンと競っては勝ち目がないと思ったのでしょう。先にオンエアを勝ち取ってヒットさせることにしたわけです。

 クインシーがレコーディングして発売するという電話を受けたアーロンは青ざめたそうです。もちろん、フィルがレコーディングしているからです。

 この曲を書いたひとり、ウォーリー・ゴールドによると、このことがあってからフィルは2度とアーロンの事務所には来なかったそうです。

   ただ、フィルのプロデュースした”ウォール・オブ・サウンド”のヴァージョンも出来上がっていたはずですから、聴いてみたかったなとは思います。

 

 クインシーのヴァージョンに話を戻しますが、こちらのアレンジャーはクラウス・オーガーマンです。

 彼はジャズ、フュージョン好きで知らない人はいない名アレンジャーです。特に弦のアレンジが素晴らしい。僕も、マイケル・フランクス「スリーピング・ジプシー」、ジョージ・ベンソン「ブリージン」、アントニオ・カルロス・ジョビン「Wave」といったアルバムでの彼のアレンジに心酔したひとりです。

 そのクラウスが、こんなストレートなアメリカン・ポップスをやっていたなんて驚きです(調べてみるとコニー・フランシスも手がけているんですね)。

 といったわけで、なかなか興味深いエピソード満載の曲なんです。

 

 


Leslie Gore - It's My Party

クインシー自身が2010年のアルバム「Q:Soul Bossa Nostra」でカバー。歌っているのはエイミー・ワインハウスです。


Amy Winehouse - It's My Party

 レスリーは1960年代後半からヒットが出なくなりますが、ソングライターとしてクインシーのアルバム「スタッフ・ライク・ザット」に参加したり大ヒット映画「フェーム」のサントラで数曲書いています。

 また、彼女は1969年に、このブログで紹介した「98.6」(キース)と「青空は恋の色( Lazy Day)」(スパンキー&アワ・ギャング)をミックスさせた不思議なシングルをリリースしています(まったく売れませんでしたが、、)

 


Lesley Gore - 98.6/Lazy Day

 

It's My Party

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