まいにちポップス(My Niche Pops)

令和初日から毎日、1000日連続で1000曲を選曲しました(苦笑)。古今東西のポップ・ソングをエピソード、歌詞の和訳、マニアックなネタ、勝手な推理、などで紹介しています。みなさんの音楽鑑賞生活に少しでもお役に立てればうれしいです。みなさんからの情報や思い出話などコメントも絶賛募集中です!text by 堀克巳(VOZ Records)

「たくさんの花(The Flowers)」Polycat(2017)

  おはようございます。

 今日は突然、タイ産のCITY POPです。しかも、日本語で歌っています。

 このPolycatは男性3人組ですが、YouTubeを見ると8000万回以上も再生されている曲もあって、なぜそこまで人気があるのかは不勉強なためわかりませんが、人気があるようです。

 バンコクにもインディーズ・シーンがあって、日本の音楽を好きなバンドもいるらしく、このバンドのボーカルのNa(読みはナ、でいいんでしょうか?)は山下達郎、安全地帯、カシオペアなどが好きだそうです。

 日本でもここ何年も”CITY POP”が静かなブームが続いていて、たくさん若いバンドも出てきていますが、僕はなぜかこのPolycatや以前に紹介したIkkubaruのような、東南アジア産のCITYPOPのほうにシンパシーを感じてしまいます。

 

 それはなぜなんだろう?と、僕はリアルタイムでCITY POPを好んで愛聴していた人間もあるので自己分析してみました。

 

 まず、自分の感情の芯のあたりに恋愛に対する”ダサくて鈍臭くてセンチメンタルな塊”があって、そこをある種の音楽が刺激したり、くすぐってきた、という記憶があります。その塊は堅固なものじゃなくて、妄想なんかで膨張しちゃうようなやわらかいものです。でも、その鈍臭い感情をダイレクトに表現するのはすごく気恥ずかしい、という気持ちも強くて、洗練された形でカッコつけたいという無意識な思いもあったような気がします。

 そして、僕は田舎者でしたから、都会への憧れ、もちろんこれは大きかったです。

 

 ダサくてセンチメンタルな心情を持ちながら、絵空事を妄想できる能天気さを持ち合わせると、CITYPOPや AORというジャンルはとても楽しくなるわけです。

 

 それを考えると、今の日本の若い人たちは、”ダサくて鈍臭くてセンチメンタルな感情の塊”は、なくはなってないでしょうが、昔の人より感覚がスマートになったからその塊が縮小している、いやひょっとしたらダサく思われる恐怖から防衛本能によって強く抑制されるようになったのだろうか?などと思ったりもします。

 そして、なによりも現代は”憧れ”を持ちづらくなった世界だと、いうことも思い当たります。東京やニューヨークに昔ほどキラキラしたものを感じていないでしょうし。

 

 PolycatもIkkubaruも、まずはメンバーたちの才能やセンスが一番評価されるべきだと思いますが、西欧や日本の音楽に純粋な”憧れ”を持つことができる環境にいることも、大きく音楽に反映されているんじゃないかなと思います。

 

 そして、憧れを持って音楽に接していた僕は、彼らの音楽に昔の自分をオーバーラップさせたのかもしれません。

 

 これは音楽に限らず、アスリートとか他の業種にも言えることなんですが、”強い憧れ”に突き動かされた人や作品はいいですよね。

 もちろん、長くスパンでは、”憧れ”だけじゃやっていけないでしょう。他の動機も必要になってきます。キレイゴトじゃないことに飲み込まれてもいくでしょう。

 

 でも、そんななかでも、心の中に神棚を作って、そこに自分の”憧れたもの”をちゃんと祀っておいて、ときどき振り返って手を合わせることができているか、ということはかなり大切なことなんじゃないかと思います。

 

  


POLYCAT - たくさんの花 | THE FLOWERS [Official MV]

 

たくさんの花 (The flowers)

たくさんの花 (The flowers)

 

 

 

土曜日のテレビ (Doyobi no terebi)

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