まいにちポップス(My Niche Pops)

令和元年初日から毎日更新中〜1日1ポップス。エピソード、歌詞の和訳、謎解き、マニアックな捜査、勝手な推理、などで紹介していきます。text by 堀克巳(VOZ Records)

「ツイスト・アンド・シャウト(Twist And Shout)」アイズレー・ブラザーズ(1962)

 おはようございます。

今日はアイズレー・ブラザーズの「ツイスト・アンド・シャウト」です。

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Well, shake it up baby now
Twist and shout
Come on baby now
Come on and work it on out
Well work it on out, honey
You know you look so good
You know you got me goin' now
Just like I know you would

Well, shake it up baby now
Twist and shout
Come on, come on, come, come on baby now
Come on and work it on out
You know you twist, little girl
You know you twist so fine
Come on and twist a little closer now
And let me know that you're mine, woo

Ah, ah, ah, ah
Yeah, shake it up baby now
Twist and shout, shake it up, work it on out
Well shake it, shake it, shake it, baby


Writer/s: Bert Russell, Phil Medley

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腰を振って、ベイビー

ツイストして叫ぶんだ

さあ、ベイビー、さあ、バッチリ決めようぜ

バッチリ決めよう ハニー

すごくいかしてるよ

その気になってしまうぜ

まるで僕が思っていた通りさ

 

腰を振って、ベイビー

ツイストして叫ぶんだ

さあ、ベイビー、さあ、バッチリ決めようぜ

君はツイストを踊っているんだ、リトル・ガール

すごく上手だよ

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 この曲はやっぱりこの人の曲として有名ですよね。

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  しかし、本来この曲はアイズレー・ブラザーズが歌ってヒットさせたもので、ビートルズのアレンジもそれをベースにしているんです。

 

 じゃあ、アイズレーがオリジナルかというと、これまたそうではなくてザ・トップ・ノーツというグループが1961年に最初に録音しています。

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    1960年に出たチャビー・チェッカーの『ザ・ツイスト(ツイスト No.1)』の大ヒットで世界中は”ツイスト”ブームでした。”ツイスト”はこのビデオにも登場しますが、腰をくねらせる(ツイストさせる)ダンスなんですね。

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 ビルボード誌は1958年から2018年の60年間でトータルのチャートを発表し1位になったのがこの「ザ・ツイスト」(ちなみに2位はサンタナの「SMOOTH」)でしたから、それほどの特大ヒットだったわけです。

 ですから、この時代はツイスト・ブームにあやかった曲がたくさん作られていて、この「ツイスト・アンド・シャウト」も間違いなくそうでしょう。

 

 そしてこのトップ・ノーツのオリジナルをプロデュースしたのがフィル・スペクターなんです。当時彼はまだ駆け出しで、当時の大ヒット・プロデューサー・チーム、リーバー&ストーラーの舎弟のような立場で仕事を始め、だんだんとプロデューサーとしても仕事をするようになった時期です。

 トップ・ノーツはフィルとジェリー・ウェクスラー(のちにアレサ・フランクリンなどを手がけ、R&Bという言葉を考えた人でもあります)の共同プロデュースで始めたようですが、全く意見が合わず、特に「ツイスト&シャウト」の現場は最悪だったようです。

ウェクスラーはこう語っています。

「そもそもフィルの場合には、共同作業なんてありえない。彼の流儀でやるか、ぜんぜんやらないかのどっちかなんだ」

ということで、この曲に関してはフィルにすべて任せたのでしょう。曲を書いたバート・バーンズも現場にいたそうですが、苦痛に耐えながら沈黙していたそうです。

「わざわざ特等席に座らせて、曲の殺戮場面を見せつけるようなものだった」

そう、ウェクスラーは回想しています。

                 (参考:「フィル・スペクター 蘇る伝説」)

 確かに、キツイ言い方をすれば、ツイスト・ブームにあやかっただけの新味のないアレンジのように聴こえなくもないですね。やっつけ仕事というか。

 

 そして、このレコーディングで苦痛に耐えていた作者のバート・バーンズ自らがアレンジして、見事リベンジしたのがアイズレーのヴァージョンだったのです。

 

 アイズレー・ブラザーズオハイオ州シンシナティ出身で、オーケリー、ルドルフ、ロナルド、ヴァーノンの兄弟の年長4人でゴスペルを歌い始めました。しかし、一番年下のヴァーノンがわずか13歳で交通事故で亡くなってしまい、グループは一度活動をやめてしまいます。

 1957年に活動を再開することにし、3人はニューヨークに向かいます。

 彼らの一番最初の録音とされているのが「The Cow Jumped Over the Moon」という曲です。

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 そして、メジャーのRCAビクターと契約した2作目「シャウト」(1959)が彼らのとっての初ヒットになりました。

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  その後、精力的にシングルをリリースしましたが1曲もチャートに入らず、彼らは契約を切られてしまいます。そして、セプター・レコード(ディオンヌ・ワーウィックなどが在籍)の系列レーベル"WAND"に移籍しました。

 彼らのもとにバート・バーンズが「ツイスト&シャウト」を持っていき、この曲を取り上げるよう説得したといいます。「シャウト」でみせた彼らのエネルギッシュなボーカル・パフォーマンスこそ、この曲に合っていると考えたようです。

 文字通りチャビー・チェッカーの「ツイスト」とアイズレーの「シャウト」を見事に融合させたのがこの「ツイスト・アンド・シャウト」なのかもしれません。

 そして、このヴァージョンのアレンジの特徴はアフロ・キューバンのリズムをとりいえていることです。

 バートは若い頃から、黒人音楽やラテンに夢中になり、マンボのナイトクラブに入り浸り、ソングライターになる直前にはキューバに渡っています。

 もともとそのリズムが念頭にあったので、なおさらフィル・スペクターのアレンジに対して彼は全然納得できなかったのかもしれません。

 

 

   ちなみに、バート・バーンズはこの後、ゼムの「ヒア・カムス・ザ・ナイト」やジャニス・ジョプリンのカバーで知られる「心のカケラ(piece of my heart)」などを書き、ドリフターズの「アンダー・ザ・ボードウォーク」やヴァン・モリソンの「ブラウンアイド・ガール」などポピュラー・ミュージック史に残る傑作をプロデュースしていますが、1967年に38歳の若さで亡くなっています。

 21世紀に入って彼を再評価する動きが高まり、2016年には「 BANG! The Bert Berns Story」というドキュメンタリー映画も作られています。

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