まいにちポップス(My Niche Pops)

令和初日から毎日、1000日連続で1000曲(せんきょく)を選曲(せんきょく)しました。。。古今東西のポップ・ソングのエピソード、洋楽和訳、マニアックなネタ、勝手な推理、などで紹介しています。キャッチーでメロディアスなポップスは今の時代では”ニッチ”なものになってしまったのかなあとも思いますが、このブログを読んでくださる方の音楽鑑賞生活に少しでもお役に立てればと願っています。みなさんからの追加情報や曲にまつわる思い出などコメントも絶賛募集中です!text by 堀克巳(VOZ Records)

「ホワッツ・ゴーイン・オン(What's Going On)」マーヴィン・ゲイ(1971)

 おはようございます。

 今日はマーヴィン・ゲイの「ホワッツ・ゴーイン・オン」です。


What's Going On

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Mother, mother
There's too many of you crying
Brother, brother, brother
There's far too many of you dying
You know we've got to find a way
To bring some lovin' here today, yea

Father, father
We don't need to escalate
You see, war is not the answer
For only love can conquer hate
You know we've got to find a way
To bring some lovin' here today

Picket lines and picket signs
Don't punish me with brutality
Talk to me, so you can see
Oh, what's going on
What's going on
Ya, what's going on
Ah, what's going on

In the mean time
Right on, baby
Right on
Right on

Father, father, everybody thinks we're wrong
Oh, but who are they to judge us
Simply because our hair is long
Oh, you know we've got to find a way
To bring some understanding here today
Oh

Picket lines and picket signs
Don't punish me with brutality
Talk to me
So you can see
What's going on
Ya, what's going on
Tell me what's going on
I'll tell you what's going on - Uh
Right on baby
Right on baby

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母さん

とてもたくさんの母親たちが声を上げて泣いている

兄弟たちよ

あまりにもたくさんの仲間が命を落としている

僕たちは見つけなくちゃいけない

今日、この世界に、愛をもたらす方法を

 

父さん

これ以上エスカレートさせる必要なんてないんだ

わかるよね、戦争が答えじゃない

愛だけが憎しみに打ち勝つことができる

僕たちは見つけなくちゃいけない

今日、この世界に、愛をもたらす方法を

 

デモ隊の行列 掲げるプラカード

暴力で僕を痛めつけないで

話してみて そうすれば君にもわかるさ

ああ、何が起こっているんだい?

何が起こっているんだい 何が起こっているんだい

 

それまでの間は そうさ、その調子でいくんだ

 

神よ

誰もが僕たちが間違っていると思っています

ああ、ただ髪が長いというだけで

僕たちを裁く人たちはいったい何者なんですか

僕たちは見つけなくちゃいけないんです

今日、この世界に、愛をもたらす方法を

 

デモ隊の行列 掲げるプラカード

暴力で僕を痛めつけないで

話してみて そうすれば君にもわかるさ

ああ、何が起こっているんだい?

何が起こっているんだい 

何が起こっているのか教えてほしい

何か起こっているのか、僕が話そう

そうさ、その調子さ、その調子で行くんだ、、、(拙訳)

 

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 フランク・シナトラのようなジャズ・バラードを歌う歌手に憧れていた”イケメン”。

それがキャリア当初のマーヴィン・ゲイでした。

 それをモータウンの社長ベリー・ゴーディの手ほどきによって、ポップなR&Bシンガーとしてブレイクすることになったのです。

 そして1960年代後半は、タミー・テレルという女性シンガーとのデュエットでもヒットを連発していました。


Ain't No Mountain High Enough (extra HQ) - Marvin Gaye & Tammi Terrell

 

  しかし、タミーは病に倒れ、歌も歌えないほどの状態になりましたが、モータウンは彼らの曲の作曲家で彼女に歌い方を教えていたヴァレリー・シンプソンにタミーっぽく歌わせ、マーヴィントとタミーのデュエット作品としてリリースをしました。

 

 もともとモータウンの操り人形のような自分の状態に疑問を持っていた彼は、そのことで会社への不信感をいっそう募らせてゆき、妻(ベリー・ゴーディーの姉)との関係もこじれ、だんだんと心を病むようになって行きました。その結果、音楽の仕事からしばらく離れ、ベッドルームから一歩も出ないような日々を過ごすようになったと言われています。

 

 1970年3月にタミー・テレルが亡くなったことで、いっそう深いダメージを受け、完全に家にひきこもってしまった彼を立ち直らせるために、友人のプロ・フットボール選手、メル・ファーとレム・バーニーは、彼をフット・ボールに誘い出すことにします。

(タミーが亡くなってからショックで隠遁生活になったと書いているものがけっこうありますが、マーヴィンはその以前からすでに引きこもっていたんですね)

 

 するとマーヴィンは、だんだんと真剣にプロの選手になろうと思いこんで、ハード・トレーニングに打ち込むようになり、ウェイトを12kg増量し肉体もかなりビルド・アップしたそうです。しかし、まわりがなだめて説得することでその夢もあきらめ、また音楽の仕事に戻ることになりました。

 

 タミーが亡くなる少し前に彼は、一度音楽の世界に戻ろうとして、自分にとってウォーミングアップ的な仕事をやっています。モータウンのグループ”オリジナルズ”の曲を書き、プロデュースをしたのです。

 

「将来何かをやろうかいろいろ考えてみて、まず僕は自身の過去を検証しなければと思った。オリジナルズを聴いたとき、彼らの可能性に興奮した。4人の違った声のために曲を書くアイディアがとても気に入ったんだ」

 (「マーヴィン・ゲイ物語 引き裂かれたソウル」)

 

 1969年後半から1970年にかけて「ベイビー、アイム・フォー・リアル」(全米14位)、「ザ・ベルズ」(全米12位。1971年にローラ・ニーロがカバー)、「We Can Make It Baby」の3曲のシングルを手がけています。

 

 彼はオリジナルズのコーラス・ワークを考え指導していきます。そして、オリジナルズのコーラス・ワークを手がけたことが、アルバム「ホワッツ・ゴーイン・オン」での彼の一人多重コーラスにつながったことは間違いないでしょう。

 

 「We Can Make It Baby」という曲には、アルバム「ホワッツ・ゴーイン・オン」の雰囲気を思わせるところがあるように僕には思えます。 


We Can Make It Baby

 

 さて「ホワッツ・ゴーイン・オン」の作者はマーヴィンと、モータウンの作家アル・クリーヴランド、とフォー・トップスのメンバー、レナルド・オビー・ベンソンの3人の共作とされていますが、曲を思いついたのはベンソンだったようです。

 

 ベンソンはフォー・トップスのツアーで訪れたサンフランシスコで、ピープルズ・パークという土地をめぐって、デモ隊と警察が小競り合いをしているのを目撃します。

 

 「ヘイト・アシュベリーと呼ばれ、長髪の若者が集まっていた。警察は彼らをたたいていたが、彼らは誰にも迷惑をかけていなかった。僕はそれを見て、一体何が起こっているのだろうと考え始めたんだ。ここで何が起こっているんだろう?疑問はまた次の疑問につながっていった。なぜ彼らは若者を家族から遠く離れた海外に送るのか?なぜ彼らは自分たちの子供をこの街の通りでで攻撃しているのか?って」

 (The Guardian)

 

 ベンソンは、スモーキー・ロビンソンとよく仕事をしていた作詞家のアル・クリーブランドの協力を得て、これらの問題に取り組んだ曲を作り始めました。

 

 そしてフォー・トップスのメンバーに聴かせてみると、プロテストソング(政治的な抗議をするメッセージ・ソング)だということで却下されてしまいます。

 

 その後、彼はイギリスで有名なTV番組に出演した時に、一緒に出ていた有名な女性シンガーに楽屋でこの曲を聴かせ、歌ってみないかと頼んだことがあったそうです。ベンソンは彼女の名前を忘れてしまったようですが、それはジョーン・バエズではないかと言われています。

 

 その後ベンソンはマーヴィンに聴かせると、まだ自分で歌う気持ちになれなかった彼はオリジナルズに歌わせようと言い出しますが、マーヴィンがこの曲を歌うのを聴いた彼はマーヴィンしかいないと思います。そして、曲の権利をいくらか渡すからぜひ歌ってほしいと交渉したそうです。

 

 その結果マーヴィンは自分で歌うことにし、歌詞をいくらか書き、メロディをいくつか修正しました。

 ベンソンはマーヴィンの曲の関わりについてこう語っています。

 

「彼は曲を微調整(fine-tuned)したんだ。言い方を変えれば異なる色彩を加え、もっとゲットーな感じ、もっとナチュラルな感じを加えたのさ。それが、この曲を歌というより物語のようにしている。彼は曲を視覚化させたんだよ」

   (The Guardian)

 

 マーヴィンの歌詞のインスピレーションになったのは、彼の弟フランキーがヴェトナム戦争で経験したことでした。

「僕がヴェトナムで目撃した死と破壊には本当にうんざりさせられた。戦争は無意味で、間違っていて、不当だ。そうしたすべてを僕はマーヴィンに伝えた」

(「マーヴィン・ゲイ物語 引き裂かれたソウル」)

 

 兄弟といっても関係は薄く、マーヴィンは戦地に手紙すら送ってこなかったそうですが、この戦争体験によってフランキーはマーヴィンからリスペクトされることになったようです。

 フランキーの体験談はアルバムで「ホワッツ・ゴーイン・オン」とメドレーのようにつながっている2曲めの「ホワッツ・ハプニング・ブラザー」によりはっきりと反映されています。

www.youtube.com

ヘイ、ベイビー、何だと思う?
俺は戻れるんだ、知ってたかな
戦争は地獄さ...いつ終わるんだ?
いつになったらみんなまた集まれるんだろう?
状況は本当に良くなっているのか?新聞に書いてあったみたいに
何か新しいことあったかい?新聞に書いてあることじゃなくて

 

 

 

 また「ホワッツ・ゴーイン・オン」というタイトルは、友人でフットボール選手のメル・ファーの一言がきっかけだったという話もあります。

 

「ある日、レムとマーヴィンと私でゴルフをした後、私たちはアウター・ドライヴのマーヴィンの家に戻った。みんなその日はスコアがよくて、気分良く座って雑談をしていた。その時私が言ったんだ。『ヘイ、ホワッツ・ゴーイン・オン(調子はどうだい?)』とね。するとマーヴィンが『曲のタイトルにしたらかっこいいじゃないか、オリジナルのように1曲書こう』と言った。それからピアノをポロポロ弾きだしたんだ」

(「マーヴィン・ゲイ物語 引き裂かれたソウル」)

 

 メルはそれが「ホワッツ・ゴーイン・オン」になったと言っていて、真偽は定かではありませんが、いろんな証言を合わせると、ベンソンの曲にこの時マーヴィンが作った曲のニュアンスを足したと見るのが良さそうな気がします。

 

 この曲のイントロで、男たちが”What's Happening"などと声を掛け合っていますが、

そこにはメル・ファーとレム・バーニーも入っています。マーヴィンの家でのやりとりを再現しているのかもしれません。

("What's Going Onという歌詞はベンソンとクリーヴランドが書いたとする本もあります)

 ”What's Going On"は最初「調子はどう?」っていう軽いあいさつの意味から始まって、曲が進んでいくと「世の中ではいま一体何が起こっているんだ?」っていうシリアスな意味へとかわり、同じ言葉なのに使われ方によって比重がぐんと大きくなるという、そんな仕組みがある曲なんですね。

 

 ちなみにマーヴィンは「ホワッツ・ゴーイン・オン」のレコーディングをやる気になかなかなれなかったようで、ベンソンとクリーヴランドがひと月くらい説得したという話もあります。

 

 しかし曲が完成すると、メッセージ・ソングはモータウンに合わないという理由でこの曲をシングルにすることに反対したベリー・ゴーディに対し、マーヴィンはリリースしなければ二度とモータウンで録音しないと、強硬な姿勢を貫きます。

 

 それまで、”操り人形”であったマーヴィンが、初めて見せる強い意志でした。何よりそれだけ価値のある作品ができたという自負があったはずです。

 

 この希代の名曲を語る時、タミー・テレルの死などにより精神的ダメージを受けていた彼が、弟のヴェトナム体験に触発され復活した、などと要約されることが多いようですが、実際はもっと”グズグズしながら”進んでいたわけですね。

 

 まわりからいろいろお膳立てされてゆく中で、ベンソンの書いた曲、オリジナルズとの仕事、フランキーの体験談、いろんなものが、鍋の中でじっくり煮込まれるように、時間をかけて融合されていったのです。

 

 そして彼の新たな創作のスイッチは「ホワッツ・ゴーイン・オン」を作る過程の中で生まれたのだと思われます。

 

 よ〜し!社会的な反戦歌を作るぞって、気合いを入れて作り始めたんじゃなく、まわりに後押しされて、なんとなく作業していくうちに、いつのまにか思いっきり”ゾーン”に入っていたんですね、きっと。

 

 クリエイターの創造力というのは、頭だけでなく、手、足、体を動かしながら、生まれ、育ってゆくものなんだという気がします。彼のような巨大な才能も例外じゃない、ということなのだと思います。

 

 そして、マーヴィン・ゲイは、クリエイターとしてはスティーヴィ・ワンダーのように自分の内面に”創作の燃料”がたっぷりあった天才ではなく、生涯を通じて自身を触発してくれるものを常に必要としていた天才、そんな風に僕には思えます。

 

 

 最後は、2019年に新たに制作されたオフィシャル・ビデオを。


Marvin Gaye - What's Going On (Official Video 2019)

 

 

 

 

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