まいにちポップス(My Niche Pops)

令和元年初日から毎日更新中〜1日1ポップス。エピソード、歌詞の和訳、謎解き、マニアックな捜査、勝手な推理、などで紹介していきます

「終わりの季節」細野晴臣(1973)

 おはようございます。

 今日は細野晴臣の「終わりの季節」です。


Haruomi Hosono - Early Hosono - 9. Owari No Kisetsu

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扉の陰で 息を殺した

かすかな言葉はさようなら

6時発の 貨物列車が 窓の彼方で ガタゴト

 

朝焼けが 燃えているので 窓から 招き入れると

笑いながら入りこんで来て

暗い顔を 紅く染める

それで 救われる気持

 

今頃は 終りの季節

つぶやく言葉はさようなら

6時起きの あいつの顔が 窓の彼方で チラチラ

 

朝焼けが 燃えているので 窓から 招き入れると

笑いながら入りこんで来て

暗い顔を紅く染める

それで 救われる気持

 

作詞:作曲 細野晴臣

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「いま思えば、はっぴいえんどは『風街ろまん』というアルバムを作るために集まったグループだったんだなと。それができたから、みんなまたもとの場所に戻っていった。たぶんそういうことだったんじゃないか」

                   (門馬雄介「細野晴臣と彼らの時代」)

 アメリカで最後のアルバム「HAPPY END」を制作したあと、はっぴいえんどは解散し、メンバーはそれぞれの活動をスタートさせました。

 

 埼玉県狭山市にあるアメリカ村稲荷山公園<旧ジョンソン基地跡地公園=ハイドパーク>のそばにあり、ジョンソン基地の隊員やその家族が住んでいた集落の通称。国道沿いに洋風な住宅が立ち並んでいた)に引っ越していた細野晴臣は、自宅でアルバムを制作を始めます。

 

 当時アメリカでは細野が敬愛するジェイムズ・テイラーが「ワン・マン・ドッグ」でザ・バンドが「ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク」で、家にレコーディング機材を持ち込んで”ホーム・レコーディング”を行っていました。

 レコーディング・スタジオを使うと時間の制約があり、それを嫌った彼は時間を気にせずにリラックスして録音できるホーム・レコーディングという方法を選んだのです。

 

 そして、普段寝室として使っていた八畳の洋間をスタジオ代わりにしたので、ドラムや楽器をセッティングするだけでいっぱいで、狭い部屋では音がまわりこんだり、他の楽器と音が混じったりしやすいのですが、あえて、そういうクリアすぎないナチュラルな音にすることを狙ったようです。

 

 その頃のアメリカ村はヒッピーのブームが反映されて、ミュージシャンやアーティストたちが移り住みコミューンのようなものを形成していた、いわば日本の現実社会から隔たりのある、細野いわく「プロテクターのなかに入っているような幻想の世界」だったそうです。

 

 そんな状況のなかでも、彼のアンテナの中に入ってきたものが「終末思想」「終末観」というものだったといいます。

 

 公害問題、石油危機など日本中に未来への危機感が広まっていました。そこに拍車をかけるように大ベストセラーになったのが「ノストラダムスの大予言」でした(僕は小学生でしたが買って読みました、、、)。

 その時期、彼には子供が生まれたこともあって、未来に対しての不安感がとても大きくなっていたといいます。

ノストラダムスが本当にブームだったからね。洗脳されてしまった人がいっぱいいて。僕も終末思想を持っていたから、趣味として(笑)」

              (門馬雄介「細野晴臣と彼らの時代」)

 その当時の彼の「終末観」が反映された歌が「終わりの季節」だったそうです。

 

 そんなエピソードを知って、僕はとても驚いてしまいました。

「終末思想」といったものの影響はいままで微塵も感じなかったからです。

 シンプルに「別れ」の情景を描いたポップスは星の数ほどある中で、この「終わりの季節」は最高の1曲だとずっと思ってきました。

 

 皆さんもご存知の通り、現実の「別れ」ってそんなドラマティックなものじゃないですよね。なにげなくて、不器用なぎこちなさがつきまといます。

 そういう、現実の別れの情景のぎこちなさと切なさみたいなものが、本当によく氷河んされているなあ、といつもこの曲を聴くたびに思ってしまうんです。

 そして、かすかなポジティヴな余韻を残してくれる、ところもいいんですよね。

 

 ただ、「終わりの季節」というタイトルについては、あらためてながめてみると、そういったペシミスティックな気持ちもなくはなかったのかなあ、と思わなくもありません(ずいぶんまどろっこしい言い方になりました、、、)

 

 細野本人が歌うぼくとつとして温かみのあるオリジナルもいいのですが、この曲の中に内気にしまいこまれていた情感を見事に引き出したのが矢野顕子です。

 1984年のアルバム「オーエス・オーエス」に収録されている彼女の素晴らしいカバー。


終りの季節

細野と矢野の共演。


細野晴臣 矢野顕子 - 終わりの季節 (Owari No Kisetsu)

 

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