おはようございます。前回もご紹介しました作詞家リンダ・クリード。今日は彼女のキャリア最後の方の作品を。フィリス・ハイマンの「Old Friends」です。
A million times or more I’ve thought about you
The years of tears the laughter things we used to do
Of memories that warm me like a sunny day
You touched my life in such a special way
I miss the way you run your fingers through my hair
Those crazy nights we cuddled in your easy chair
Oh no, I won’t let foolish pride turn you away
I’ll take you back whatever price I pay
Old friend, it’s so nice to feel you hold me again
No, it doesn’t matter where you have been
My heart welcomes you back home again
Remember those romantic walks we used to take
You held my hand in such a way my knees would shake
You can’t imagine just how much I’ve needed you
I’ve never loved someone as I love you
Old friend, it’s so nice to feel you hold me again
No, it doesn’t matter where you have been
My heart welcomes you back
Old friend, this is where our happy ending begins
Yes, I’m sure this time that we're gonna win
Welcome back into my life again
Yes, I’ve tried to live my life without you
Knowing I had lost my closest friend
Though I fell in love from time to time
Knowing I would never find
The kind of love I had when you were mine
Old friend, it’s so nice to feel you hold me again
No, it doesn’t matter where you have been
My heart welcomes you back
Old friend, this is where our happy ending begins
Yes, I’m sure this time that we're gonna win
Welcome back into my life again
Welcome back into my life again
Welcome back into my life again
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百万回、いやもっとそれ以上
あなたのことを思い返してきた
涙に濡れた年月 笑い合い、共ににしてきたこと
そんな思い出は晴れた日のように私を温めてくれる
あなたはそんな特別な方法で私の人生に触れていた
あなたが指で私の髪をなぞってくれたあの感じが恋しい
あなたの心地よい椅子で揺られ
恋にのぼせていた夜
もう、くだらないプライドであなたを遠ざけたりはしない
どんな代償を払ってでも あなたを取り戻すわ
昔からの友だち
また抱きしめられていると感じられて
すごくうれしい
どこで何をしていたかなんて関係ない
私の心はあなたをまた迎え入れる
あのロマンチックな散歩を覚えてる?
あなたのあの手の取り方で 膝が震えたわ
どれほどあなたを必要としていたか
想像もできないでしょう
あなた以上に愛した人はいない
昔からの友だち
また抱きしめられるなんて 本当にうれしい
どこにいたかなんて関係ない
私の心はあなたをまた迎え入れる
昔からの友だち
ここが私たちの幸せな結末が始まる場所
今度こそきっと私たちはうまくいく
ようこそ、また私の人生へ
あなたなしで生きようと
必死にやってきた
いちばん大切な友だちを
失ったとわかっていながら
時には恋もしたけれど
わかっていた
あなたが私のものだった あれほどの愛は
二度と見つからないと
昔からの友だち
また抱きしめられるなんて 本当にうれしい
どこにいたかなんて関係ない
私の心はあなたをまた迎えている
古くからの友だち
ここから私たちの幸せな結末が始まる
今度こそきっと私たちうまくいく
ようこそ、また私の人生へ
ようこそ、また私の人生へ
ようこそ、また私の人生へ (拙訳)
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All Musicという、アーティストや楽曲の情報を集めた有名なサイトがありますが、そこでフィリス・ハイマンを紹介するページの冒頭にはこう書かれています。
”フィリス・ハイマンは、アニタ・ベイカーやホイットニー・ヒューストン、マライア・キャリー、トニ・ブラクストンといった彼女の後に続いたもっと有名なボーカリストたちと同じくらい、名前だけで誰にでも通用する存在(mononymous)であるべきだ。"
ホイットニー、マライアみたいに名前を聞いただけでわかる、それくらいのシンガーになりえた人だったということです。確かに、彼女は1980年代のR&Bシーンでは、常にチャートの上位に作品を送り込む人気アーティストではありましたが、ホイットニーやマライアのようにポップス・シーンでは広く知られることはありませんでした。僕が過去形で言っているのは、彼女はすでに亡くなっているからです。1995年6月、まだ45歳の若さで自ら命を絶ったのです。
フィリス・ハイマンはペンシルベニア州フィラデルフィアで生まれています。音楽学校で学んでいた時の先生の一人が、スタイリスティックスの「誓い」などを書いたフィラデルフィア・ソウル最高の作曲家/アレンジャー/プロデューサーのトム・ベルでした。彼はSecond Discというサイトの取材でこう語っています。
「フィリスは私のクラスによく座っていました。今でもあのおさげ髪が目に浮かびます。」
「彼女は孤独を抱えた人でした。そのメロディに“孤独”が含まれていた場合、それが結果的に、孤独な雰囲気をいっそう強めることになりました」
彼女は心に深刻な問題を抱えていました。父親はアルコール依存症、母親は躁鬱、2人の兄弟も躁鬱の症状があったといいます。そして彼女自身も鬱病と双極性障害に苦しみながら歌手としての人生を歩むことになってしまいます。
ブルース・スプリングスティーンは双極性障害だった父親の影響で、自身も重度の鬱病に苦しんでいたとことが知られていますが、それはただそういう気質が遺伝する、というDNAの問題だけじゃなく、鬱の症状の肉親と毎日毎日一緒に過ごすということが子供にどれだけの影響を与えるか、ということを示しているのだと僕には思えます。
彼女には”ネクスト・ビリー・ホリデイ”というキャッチ・コピーがついていたそうです。ただ、それは単に声質やボーカル・スタイルが似ていただけではなく、トム・ベルが言うように、彼女の孤独が歌に滲み出てしまうことが、ビリー・ホリデイを無意識に連想させたという面もあったんじゃないかと推測します。
彼女のキャリアを振り返ると、最初の大きなチャンスは、1976年に同郷のフィラデルフィア出身のドラマー/プロデューサーのノーマン・コナーズのアルバム「You Are My Starship」に参加したことでした。そこで、「Old Friends」を書いたトム・ベルとリンダ・クリードの作品、スタリスティックスの「ゴーリー・ワウ(Betcha by Golly, Wow)」をカバーしています。
1977年にはアルバム「フィリス・ハイマン」でデビュー。トム・ベル作の「Loving You Losing You」がシングルになり、トムとリンダ・クリードの作品「I Don't Wanna Lose You」(オリジナルはスピナーズ)をカバーしています。
その後、彼女はコンスタントに作品をリリースし続けますが、その中に僕の大好きなダンス・ナンバーがあり、それが現在彼女の一番の代表曲になっています。1979年リリースの「You Know How To Love Me」。このブログでも取り上げたロバータ・フラック&ダニー・ハサウェイの「私の気持ち」、ステファニー・ミルズの「燃える恋心」などを書いたジェームス・エムトゥーメとレジー・ルーカスがまさに絶好調の時代に作った曲です。今はロング・ヴァージョンがサブスクやYouTubeで人気があるらしいので、そちらをご紹介します。
1979年から1985年までフィリス・ハイマンはアリスタ・レコードと契約していました。社長のクライヴ・デイヴィスは彼女をR&Bじゃなく白人にも売れるアーティストにしたいという狙いがあって彼女の作品の制作の主導権を握っていたようで、それが彼女が望む方向性ではなかったため、両者の関係はどんどん悪くなっていきました。そんな中、1984年にアリスタが契約したのがホイットニー・ヒューストンでした。クライヴの興味はホイットニーに移っていきます。そして、ホイットニーと入れ替わるようにしてフィリスはレーベルを離れることになります。そして、ご存知の通り、ホイットニー・ヒューストンは見事に”白人にも売れるアーティスト”になるわけです。
その後、彼女は地元を代表するレーベルであるフィラデルフィア・インターナショナルと契約し、1986年、7枚目のアルバム「Living All Alone」をリリースします。そこからのファースト・シングルとしてリリースされたのがこの「Old Friends」でした。
かつて愛し、今でも忘れられない相手をあえて”昔の友だち(Old Friends)”と呼び、再び受け入れようとする歌です。ただ単に”ヨリを戻す”とは違う、大人の女性らしい繊細なニュアンスが伝わってきます。作詞家リンダ・クリードの素晴らしさがよく現れていると思います。
リンダは幼い頃から外では遊ばずに部屋で詩を書くことが好きな子供だったそうで、作詞家としてキャリアを積み、大ヒットをたくさん生み出した後も、表舞台に出ることを一切避けていました。ポール・マッカートニーが会いたいと言ってきたのを断った、なんて話もあります。家事や子供のおむつ替えをやりながら何度も何度も曲を聴いて歌詞を書いていたという彼女は「私は今もずっとユダヤ人の中流階級の主婦で、母親であって、たまたま歌を書いているだけ」と語っていたそうです。
派手なショービジネスから距離をとり、一人の主婦、母親として生きることを優先したことが、 心の核心をどんな人にもわかりやすく共感できる彼女の歌詞によく現れているように思います。
リンダは26歳で乳がんを発症し、治療しながら作詞を続けていましたが、1986年4月に36歳の若さでで亡くなってしまいます。それは、がんと闘病しながらも子供を授かったときに彼女が歌詞を書いた「グレイテスト・ラヴ・オブ・オール」をホイットニー・ヒューストンがカバーして大ヒットし始めたタイミングでした。そして、それを追いかけるようにして、彼女の最後の作品の一つであるこの「Old Friends」も静かにR&Bシーンでヒットしていったのです。
「Old Friends」は大切な人が戻ってくるのを迎え入れる歌です。それは、大都会のショービジネスの中で疲れきったフィリスのことを、故郷のフィラデルフィアのレコード会社と、故郷を代表するソングライターであり彼女の音楽教師だったトム・ベル、とリンダたちみんなが歓迎している、という気持ちを込めたものだったように僕には思えます。リンダは自身が若い頃にニューヨークで夢破れてフィラデルフィアに帰った時のことを「アイム・カミング・ホーム(I'm Coming Home)」(ジョニー・マティス)という歌詞にしたことがあったからです。そして、このかしの主人公のように、フィリスに幸せになってほしい、という気持ちもこもっているように思います。
そして、そんな幸福な歌を、憂いのあるフィリスが歌うことで、幸福になることへのとまどいや畏れもかすかに滲んでくるような、深い味わいのようなものがあると思います。
1995年にフィリスは睡眠薬の過剰摂取が原因となって亡くなってしまうわけですが、彼女が書き残したメモにはこう書かれていたそうです。
”I’m tired. I’m tired. Those of you that I love know who you are. May God bless you.”(疲れた、疲れたの。私が愛したみなさん、それが誰かわかってると思います。みなさんに神のご加護がありますように)
疲れた、と繰り返すほど追い込まれながら、最後は自分が愛した人たちへ想いを残していたわけです。
彼女はリンダが癌だったことを知らなかったそうで、この曲を歌うたびに、両親や友達のことを思い出しながら、何よりリンダのことを思い出していつも泣いてしまう、と語っていました。
最後に、貴重な映像がありますので、ぜひご覧ください。1989年に行われた来日公演(ブルーノート東京)で彼女が「Old Friends」を歌った時のものです。この曲が彼女にとってどれほど大切なものだったのかがよく伝わってきます。
2021年に発売された彼女の9枚組アンソロジーには”Old Friends"というタイトルがつけられています。


