おはようございます。
今日は80年代に生み出された数あるバラードの中でも僕が特に好きだった、パティ・ラベルの「If Only You Knew」を。
I must have rehearsed my lines
A thousand times
Until I had them memorized
But when I get up the nerve
To tell you the words
Just never seem to come out right
If only you knew
How much I do
Do love you
If only you knew
How much I do
I do need you
I dream of moments we share
But you're not there
I'm living in a fantasy
Cause you don't even suspect
Could probably care less
About the changes I been going through
If only you knew
How much I do
Do love you
If only you knew
How much I do
I do need you
No, you don't even suspect
Could probably care less
About the changes I been going through
If only you knew
How much I do
Do love you
If only you knew
How much I do
I do need you
I say you don't know how much I need you
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台詞(セリフ)をリハーサルしたはず
数えきれないほど
すっかり覚えてしまうまで
だけど、勇気を奮い起こして
あなたに伝えようとすると
言葉がどうしても上手く出てこない
あなたが知っていてくれたらいいのに
どれほど私が
あなたを強く愛しているかを
知っていてくれたらいいのに
どれほど私が
あなたを本当に必要なのかを
あなたと分かち合う瞬間を夢見る
だけど、そこにあなたはいない
私は幻想の中に生きているの
だってあなたは気づきもしない
たぶん関心がないの
私の揺れ動く気持ちになんて
あなたが知っていてくれたらいいのに
どれほど私が
あなたを強く愛しているかを
知っていてくれたらいいのに
どれほど私が
あなたを本当に必要なのかを
だってあなたは気づきもしない
たぶん関心がないの
私の揺れ動く気持ちになんて
あなたが知っていてくれたらいいのに
どれほど私が
あなたを強く愛しているかを
知っていてくれたらいいのに
どれほど私が
あなたを本当に必要なのかを
あなたにはわからないでしょう
私がどれほどあなたを必要としているのかなんて (拙訳)
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前回ご紹介した「レディ・マーマレイド」のインパクトがあまりに強すぎたせいか、”ラベル”はその後ヒットを出せずにもがいていました。そのうちに、メンバーのパティ・ラベル、ノナ・ヘンドリックス、サラ・ダッシュ、それぞれが望む音楽の方向性が離れてゆき、ノナのメンタルの状態が悪くなっていったことなどもあって、1976年に彼女たちは解散することになります。
グループのメイン・シンガーであったパティ・ラベルはグループが契約していたEPICレコードとあらためてソロ・アーティストとして契約し、1977年にソロアルバムをリリースします。
ソロデビュー曲「Joy to Have Your Love」
しかし、ソロになっても彼女はなかなかヒットには恵まれませんでした。それで、エピック・レコードの親会社であるCBSレコードは、彼女の故郷であるフィラデルフィアを拠点に1970年代に”フィリー・ソウル”として一大ブームを巻き起こしたケニー・ギャンブルとレオン・ハフが設立したフィラデルフィア・インターナショナル・レコードに彼女を移籍させます。1981年のことでした。しかし、この頃はフィラデルフィア・インターナショナルにはかつての勢いはなく、移籍後最初のアルバム「The Spirit's in it」も成功はしませんでした。
しかし、そこで彼女の”流れ”を変える人物と出会います。それがデクスター・ワンゼル(Dexter Wansel)。フィラデルフィア・インターナショナルのソングライター、アレンジャー、プロデューサーです。ちなみにこの方、アーティストとしても作品をリリースしていて特に1976年発売のファースト・アルバム「Life on Mars」のタイトル曲はジャミロクワイのジェイケイの愛聴曲として知られ、1980年代後半のクラブシーンの”レアグルーヴ”の定番曲の一つになりました。
デクスターは女性作詞家のシンシア・ビッグスと組んで「The Spirit's in it」に1曲提供をしていましたが、その後同じコンビでパティに2曲提供します。その一つが「The Best Is Yet to Come」。「Just The Two of Us」で有名なグローヴァー・ワシントン.Jrとの共演で、グローヴァーのアルバムの表題曲としてシングルにもなりR&Bチャート14位、グラミーの最優秀女性R&Bヴォーカルにもノミネートされました。
そしてもう1曲がこの「If Only You Knew」。全米チャートは最高46位でしたが、R&Bチャートでは見事1位に輝いています。
パティにこの曲を歌わせる際に、デクスターはあるリクエストをしたそうです。
「彼女がラベルの一員として歌っていた頃は、『Lady Marmalade』ですら、よく聞き取れない歌詞が多かったんです。だから僕はこう言ったんです『パティ、君が笑いながら歌うと、言葉がすごくはっきり伝わるんだ』って。だから何テイクか、笑顔で歌ってほしいと頼んだんです。そうしたら本当に、ベルの音みたいにクリアな歌詞になったんですよ。」(『The Billboard Book Of #1 R&B Hits』)
パティの持ち味は濃厚でまったりとしていてかつ迫力のある歌声です。「レディ・マーマレイド」のようなインパクトのある曲と、泥臭さのあるニューオーリンズのミーターズの演奏というのはこの上ないマッチングだったんですね。しかし、1970年代後半から音楽シーンは一気に都会的に洗練されたものに向かっていきました。
ソロになってからの彼女のアルバムを聴いていくと、彼女の歌声と当時流行していた都会的なサウンドとの折り合い、最良の着地点を模索する試行錯誤の歴史としてとらえることもできるように思います。
そしてこの「If Only You Knew」でようやく良い着地点が見つかったわけですが、<笑顔で歌う>というのが”隠し味”だったわけです。
それにしてもデビューから「レディ・マーマレイド」でブレイクするまで約12年、そしてソロ・アーティストとしてヒットを出すまでそこから7年と、彼女は”下積みする”宿命があるのかもしれません(「If Only You Knew」が売れた時には彼女はすでに39歳でした)。やり続けること、が大切なんだなあ、とあらためて教えられる気がします。
さて、この曲のことをネットで調べていてびっくりしたのが、藤井風がインスタのBGMでこの曲を使っていたことです。彼が古い洋楽に詳しいのはよく知っていましたが、こんな曲まで知っていたのか、と思いました。その投稿は見つけられませんでしたが、2023年の4月のことだったようです。
そんなことを知ると、その後2024年3月にリリースした彼の代表曲の美しいイントロがいっそう味わい深く感じられるようになりました。
追記:僕は観ていなかったのですが、「EIGHTJAM」で、本人が「満ちてゆく」のイントロはこの曲にインスパイアされたと明言していたみたいですね。

