まいにちポップス(My Niche Pops)

令和初日から毎日、1000日連続で1000曲(せんきょく)を選曲(せんきょく)しました。。。古今東西のポップ・ソングのエピソード、洋楽和訳、マニアックなネタ、勝手な推理、などで紹介しています。キャッチーでメロディアスなポップスは今の時代では”ニッチ”なものになってしまったのかなあとも思いますが、このブログを読んでくださる方の音楽鑑賞生活に少しでもお役に立てればと願っています。みなさんからの追加情報や曲にまつわる思い出などコメントも絶賛募集中です!text by 堀克巳(VOZ Records)

「イフ」ブレッド(1971)

 おはようございます。

 今日はブレッド「イフ」です。



If a picture paints a thousand words
Then why can't I paint you?
The words will never show
The you I've come to know


If a face could launch a thousand ships
Then where am I to go?
There's no one home but you
You're all that's left me too

 

And when my love for life is running dry
You come and pour yourself on me


If a man could be two places at one time
I'd be with you
Tomorrow and today
Beside you all the way


If the world should stop revolving
Spinning slowly down to die
I'd spend the end with you
And when the world was through


Then one by one the stars would all go out
Then you and I, would simply fly away

 

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  "もし一枚の絵が 千もの言葉を表現できる(Paint)なら

 どうして僕は君を描け(Paint)ないんだろう?

 言葉では 僕が知るようになった”君”を言い表せないんだ

 

 もし一つの顔が千もの船を海に浮かべられるというなら

 僕はどこに行けばいい?

 家にいるのは君だけ、君だけが僕に残された全てなのに

 だから僕が生きるための愛が乾いてしまった時

 君はやってきて、君自身を僕に注いで潤してくれる

 

 もし人が一度に二つの場所に入れたとしても

 僕は君といるよ

 明日も今日も 君の隣にずっと

 

    もし、地球が回転を止めて  ゆっくり死に向かおうとも

 君と終末を過ごすよ

 世界が終わったら そして少しずつ星が消えていったら

 君と僕はただ飛び去っていくだけさ  ”  (拙訳)

 

 

 この歌詞で厄介なのは

 「もし一つの顔が千もの船を海に浮かべられるのなら」

     ”If a face could launch a thousand ships

 のところです。全く意味がわからないので調べてみたところ、”ギリシャ神話”がルーツなんですね。

 トロイの木馬(今でこそコンピューターのマルウェアの名前になっていますが)で有名なトロイ戦争、今ではトロイア戦争と表記するそうですが、その原因となったスパルタ王妃ヘレネーにまつわる表現だったのです。

 

 ヘレネー(今ではパズドラのキャラクター名で有名みたいですが)はスパルタの王妃で世界一の美女と呼ばれていて、女神から世界一の美女と結婚できると約束されたトロイアのパリスによって奪われてしまうのですが、その彼女を奪還するために始まった戦争がトロイア戦争だとされているようです。

 

 ちなみに、ブラッド・ピット主演の映画「トロイ」ではヘレネー(ヘレン)をダイアン・クルーガーが、パリスをオーランド・ブルームが演じていました。

 

 ただし、千もの船を海に浮かべた顔、という表現はギリシャ神話には出てきません、これは16世紀のイギリスの劇作家、クリストファー・マーロウの「フォースタス博士」に出てくるのです。

 これは「ファウスト」を下敷きにした作品で、悪魔(メフィストフェレス)と契約したフォースタス博士がヘレネーを妻にするのですが、劇中で彼がヘレネーの顔を見たときに言った言葉が

「これが千もの船を海に浮かべた顔か(原文にはそれに加えて、イリウムの塔を焼き払わせた、という表現もつきます)」というものでした。

 

 なんか、思いがけずアカデミックな展開になってしまいましたが、ともかく、奪還するために幾千もの船を進水させたほど(戦争を起こさせたほど)の美しい顔、という意味なんですね。それから、絶世の美女をたとえる時に使われるようになったようです。慣用句とまではいいませんが、英語圏の人にはある程度聞き馴染みのあるものだったのでしょう。

 

 ちなみに、香港のシンガー、カレン・モクは2013年に、まさに「The Face That Launched A Thousand Ships(邦題:千もの船を海に浮かべた顔)」という曲を書いて、リリースしています。

 

 この「イフ」の主人公は、美しい顔を求めてたくさんの男が出航したという話があるけれど、僕の求めている人はもうすでに家にいてくれているのだから、他に行くところなんてない、と歌っているわけなんですね。

 

 

 

 ブレッドは1968年にロサンゼルスで結成されたグループ。この曲も含めシングル・ヒット曲はほぼ全てメンバーのデヴィッド・ゲイツが書いています。

   

   ブレッド結成以前、彼はLAでソングライター、セッション・ミュージシャン(ベース)として活動していて、ベンチャーズのバックからキャリアを始めて、フィル・スペクターのセッションでもいくつかベースを弾いたことがあるそうです。

   ソングライターとしては女性3人組ザ・マーメイズの「Popsicles and Icicles」という曲が1964年に全米3位のヒットになっています。


THE MURMAIDS popsicles and icicles

 

 「イフ」について彼はこう語っています。

「ある晩、ダイニングテーブルに向かって書いたんだ、子供達も妻も眠ってしまった後に。最後のパートを残して、一時間半くらいしかかからなかった。歌詞を見るといくつかおかしな表現が少しあるよね。君と僕はただ飛び去って行くだけさ、とか。あんまり普通は考えないことだよね。書き終わった時、僕は言ったんだ、これは今まで描いた中で最高の曲だし、たぶん、今後もこれ以上の曲は書けないだろうって。僕にとっては、この曲は他のどの曲よりも、時間を超えて生き続けているものなんだ」

 

 このブログに何度も登場している法則

 ”名曲はあっという間にできたものが多い”

 に当てはまる曲がここにもありました。

 でも、これも何度もここで書いていることですが、この法則は、それまでに途方も無い労力と時間を曲作りに費やしてきた人にしか訪れない法則でもあります。

 デヴィッドも1960年代前半から職業作家として曲作りを始めていた蓄積があったわけですね。

 

 メロディはとても美しく温かみがありますがシンプルでもありますから、歌詞はただありふれた言葉より、少し変わった表現が入ったことがかえって効果的だったのかもしれないと、僕は思います。

 

 最後はこの曲の異色なカバーを。ある程度の年齢以上の方には「刑事コジャック」でおなじみの俳優テリー・サバラス。なんとナレーションでやっています。しかも、イギリスのチャートではNO.1(1975年)になったそうです。