まいにちポップス(My Niche Pops)

令和初日から毎日、1000日連続で1000曲を選曲しました(苦笑)。古今東西のポップ・ソングをエピソード、歌詞の和訳、マニアックなネタ、勝手な推理、などで紹介しています。みなさんの音楽鑑賞生活に少しでもお役に立てればうれしいです。みなさんからの情報や思い出話などコメントも絶賛募集中です!text by 堀克巳(VOZ Records)

「アム・アイ・ザ・セイム・ガール(Am I The Same Girl ?)」バーバラ・アクリン(1969)

 おはようございます。

 今日はバーバラ・アスキンの「アム・アイ・ザ・セイム・ガール」。”シカゴ・ソウル”と呼ばれる、1960年代から70年代にかけて人気のあった軽快で洗練されたR&Bの中でも特にポップな1曲です。


Barbara Acklin - Am I The Same Girl

 バーバラ・アクリンは1966年にブラウンズウィック・レコードのシカゴ支社の受付嬢として働き始めたそうです。彼女はもともとバック・シンガーの仕事をやっていてインディーズからシングルも出していました。


Barbara Acklin - I'm Not Mad Anymore

 ブラウンズウィックでのデビューを夢見ていた彼女は、当時レーベル再建を託されてやってきたプロデューサー、カール・デイヴィスに自身のデモを渡します。 

 そのデモに入っていた「Whisper(Gettin'Louder)」という曲を気に入ったカールは、当時のブラウンズウィックの看板シンガーだったジャッキー・ウィルソンに歌わせ、これが全米最高11位の大ヒットになりました。


Whispers (Gettin' Louder)- Jackie Wilson

 このヒットはカールにとってブラウンズウィックでの初手柄になります。当然カールは気を良くしたでしょうし、被災微差のヒットになったジャッキーの後押しもあったでしょう、彼女は見事レコード契約を勝ち取ります。当初は結果が出ませんでしたが、そして四枚目のシングル「Love Makes a Woman」が見事全米15位のヒットになります。


Barbara Acklin - Love makes a Woman

 そして彼女の7枚目のシングルがこの「Am I The Same Girl」です。

 プロデュースはカール・デイヴィスでアレンジはソニー・サンダース。ソニー

ヒット作りのためにカールがブラウンズウィックに連れて来た人でした。シカゴ・ソウルの中心人物としてカール・デイヴィスは知られていますが、実際にその多くのサウンドを手がけたのがソニーだったということは忘れてはいけません。フィル・スペクターにとってのジャック・ニッチェのような存在だったのではないかと僕は推測します。

 曲を書いたのはソニーユージン・レコードユージン・レコードは日本のソウル・ファンにはおなじみ、シカゴを代表するコーラス・グループ”シャイ・ライツ”の中心メンバーです。

 ちなみに「Oh Girl」と並ぶシャイ・ライツの大ヒット曲「Have You Seen Her」(1971年全米3位)はユージンとバーバラの共作です。ちなみにかつてユージンとバーバラは結婚していたという噂が信じられていたようですが、それはデマだったようです。


The Chi-lites "Have you seen her"

  さて、話を戻してます。「アム・アイ・ザ・セイム・ガール」を録音した後、カールは、完パケ音源からボーカルを抜き代わりにピアノを入れたものを作り、バーバラより先に発売します。

 グループはヤング・ホルト・アンリミテッド、タイトルは「ソウルフル・ストラット」でした。


Soulful Strut/Young-Holt Unlimited

 エルディー・ヤング(ベース)とアイザック・ホルト(ドラムス)の苗字からグループ名がつけられていて、ピアニストが加わって”ヤング・ホルト・トリオ”としてデビューしますが、ピアニストが交代したのをきっかけに”ヤング・ホルト・アンリミテッド”という名前に変えた第一弾が「ソウルフル・ストラット」でした。

 しかし、このオケはバーバラように作ったものですから、彼らは演奏していないと言われています。

    なぜ急遽インスト・ヴァージョンを先にリリースしたのでしょう?

 これは僕の推測ですが、しかし、かなり確信を持った推測として言えば、この曲のレコーディングした1968年、まさにこの曲が大ヒットしていたからだと思います。


Archie Bell & The Drells - Tighten up (1968)

 「このオケ”Tighten Up”っぽく、ないっすか?」

 「そうだな、インストにしたら売れるかもな」

 などという会話があったかどうかはわかりませんが、

 カールの狙い通り(以上?)、このヴァージョンは全米3位の大ヒットになります。

ヒットを受けて急いでアルバムを出す必要があったのでしょう。彼らのアルバムには

 バーバラの持ち歌のバックトラックが前述の「Love Makes Woman」などもう3曲使われているそうです。

 ともかく、しわ寄せをモロに受けたのが、バーバラです。「アム・アイ・ザ・セイム・ガール」は全米最高79位という小ヒットで終わってしまったのです。

 

 しかし、半年後にダスティ・スプリングフィールドがこの曲をカバーし、イギリスで

最高43位まであがっています。


Dusty Springfield - Am I The Same Girl 1969

 この年の初めに彼女は、現在では名盤の誉れの高い「ダスティ・イン・メンフィス」というアルバムをリリースしていますが、当時はイギリスでチャートに入らないという散々たる状況でしたので、43位でも喜ぶべきことでした。

 

 というわけで、この曲はずっと「ソウルフル・ストラット」のほうで人々に記憶されていたわけです。

 その”忘れ去られていた”「アム・アイ・ザ・セイム・ガール」に再びスポットが当たったのは、1992年にスウィングアウト・シスターがカバーしたのがきっかけでした。

イギリスで21位アメリカで45位、その他多くの国でヒットしました。

 


Swing Out Sister - Am I The Same Girl

 ボーカルのコリーンはダスティ・スプリングフィールドの影響を公言していますし、

この当時のイギリスのクラブシーンで、バーバラなどの洗練された”シカゴ・ソウル”もよくプレイされていたことがカバーにつながったのかもしれないと推測します。

 ともかく、彼女たちのオリジナル曲かと錯覚してしまうほど、カバーの域を超えたヴァージョンだと僕は思います。

 

 

セヴン・デイズ・オブ・ナイト

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ソウルフル・ストラット

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Am I Same Girl

Am I Same Girl