まいにちポップス(My Niche Pops)

令和元年初日から毎日更新中〜1日1ポップス。エピソード、歌詞の和訳、謎解き、マニアックな捜査、勝手な推理、などで紹介していきます。text by 堀克巳(VOZ Records)

「オンリー・ザ・ロンリー(Only The Lonely)」ロイ・オービソン(1960)

 おはようございます。

 今日もロイ・オービソン・「オンリー・ザ・ロンリー」を。

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(Dum-dum-dum-dumdy-doo-wah
 Ooh-yay-yay-yay-yeah
 Oh-oh-oh-oh-wah
 Only the lonely
 Only the lonely)

 

Only the lonely 
Know the way I feel tonight
Only the lonely 
Know this feeling ain't right 

And there goes my baby
There goes my heart
They're gone forever
So far apart

But only the lonely
Know why
I cry
Only the lonely

 

(Dum-dum-dum-dumdy-doo-wah
 Ooh-yay-yay-yay-yeah
 Oh-oh-oh-oh-wah
 Only the lonely
 Only the lonely)

 

Only the lonely
Know the heartaches I've been through 
Only the lonely 
Know I cry and cry for you 

And maybe tomorrow
A new romance
No more sorrow
But that's the chance

You gotta take
If your lonely heart breaks
Only the lonely

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孤独な人だけが
今夜の僕の気持ちをわかってくれる
さみしい人だけが
この気持ちがしっくりしないとわかっている

そして、僕のあの娘が通り過ぎると
僕の心も行ってしまう
永遠に行ってしまう
あまりに遠い場所へ

だけど、さみしい人ならわかってくれる
どうして僕が泣いているのか
さみしい人なら


孤独な人だけが
私が経験した心の痛みをわかってくれる
さみしい人だけが
僕が君を思って泣いて、泣いているのを知っている

そして、たぶん明日
新しいロマンスがおとずれて
悲しみは消えるかも
だけど、それはどうなるかわからない
受け入れるしかないんだ
もし、君のさみしい心が傷つくことになっても
孤独な人ならば

   (拙訳)

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オンリー・ザ・ロンリー」は、「オー・プリティ・ウーマン」と並ぶロイ・オービソンの代名詞とも言える曲で、彼の初めてのメジャー・ヒットでもありました。

 

  1936年にテキサス州ヴァーノンで生まれたロイは、6歳の時に父親からギターをプレゼントされて以来音楽に夢中になっていたといいます。

     レコード・デビューはメンフィスのサン・レコード。エルヴィス・プレスリーを生み出したことで有名なレーベルですね。ロイが組んでいたバンド”ティーン・キングス”がレコーディングした「Ooby Dooby」という曲がレーベルのオーナー、サム・フィリップスに気に入られたのです。

 そして、この曲をあらためて録音し直し、リリースすると全米59位まで上がりました。

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 しかし、その後はヒットが出ずくすぶっていた彼は、地道にライヴをやりながらナッシュビルの出版社ウェスリー・ローズでソングライターとしてせっせと曲を書いていました。彼が大学時代の恋人であり妻となったクローデットのために書いた曲「クローデット」がエバリー・ブラザーズに提供が決まった頃に、ロイはサン・レコードを離れ、エルビス・プレスリーと同じようにRCAと契約します。しかし、RCAでもヒットは出ませんでした。

 また、ある日テキサスで知り合ったジョー・メルソンというソングライターに声をかけられ彼は一緒に曲作りをするようになります。

 そして、ウェスリー・ローズを介して、フレッド・フォスターというプロデューサーが運営するモニュメント・レコードに移籍することで、彼はブレイクすることになります。少なくともロイに関しては、サム・フィリップスよりフレッド・フォスターの方が適したプロデューサーだったことが証明されていきます。

 (どんな天才的な才能を持つアーティストでも、特別な人物との出会いがなければ、その才能を開花させることはできない、このブログでたくさんのアーティストの歩みを追ってみてつくづく感じることです)

 

  そして、メルソンと書いた「Up Town」が全米72位と久しぶりにチャートインを果たします。

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 この曲で、ロイはストリングスを入れることを提案したそうです。そして、それが彼のスタイルにつながってゆくのです。

 ドライでソリッドなロカビリー・サウンドではなく、ストリングスを加えた叙情的でドラマティックなサウンドが、彼のベルベット・ヴォイスを活かすことになった、ということです。

 それが結実したのが次のシングルのこの「オンリー・ザ・ロンリー」。全米2位の大ヒットになりました。

 

  実はこの曲は当初、エルヴィス・プレスリーに歌ってもらいたいと思って作ったそうですが採用されず、その後エヴァリー・ブラザースからも却下されたため、自ら歌うことになったそうです。

 

 ちなみに、エルヴィスはのちに 自身のラスヴェガスのショーで、ロイについて”最も完璧な声”'”世界で最も偉大なシンガー”と語っていたそうで、エルヴィスが生涯ロイの曲をレコーディングしなかったのは、自分よりロイが歌った方が良いという敬意があったからではないかと考察している人もいます。

 

 ジェフ・リンは自分が作ってみたかったシンプルな曲は何かという質問にこう答えています。

「その一つは、間違いなくロイ・オービソンの「オンリー・ザ・ロンリー」になるよ。とてもクレバーな曲なんだ。とてもシンプルで、4つのコードしかないのに、何百ものコードに聞こえるんだ」

「「オンリー・ザ・ロンリー」は、あらゆる美しさを備えていると思う、とてもシンプルなコードなのにね。僕はいつも、"どうやって作ったのだろう?"と考えていたものさ。僕が小さい頃、13歳の頃は、"これを全部まとめて、こんな美しいものに誰がやっているだろう?"と思っていた。それは僕さ(笑)。冗談だよ。僕はベストを尽くしているけど、あの作品に近づくことさえできないと思うよ」

(Forbes   Dec 1, 2019)

 

 シンプルなコードの曲を豊かに聴かせる、このアプローチはジェフのE.L.Oにつながっているように思えます。

 また、ロイは自身のヴォーカル・スタイルを”「Ooby Dooby」から「オンリー・ザ・ロンリー」の間のどこかで身につけた”と語っています。

 

 「オンリー・ザ・ロンリー」はロイのヴォーカル、サウンド、という音楽的なスタイルが確立された曲だったわけですが、もう一つ重要な要素が打ち出されています。

 歌詞です。

 

 ブルース・スプリングスティーンはこう語っています。

「ロイは、あなたが今まで見た中で最もクールな、カッコ悪い負け犬だった」

 

 当時、ロックンロールは社会的弱者であり負け犬である若者を鼓舞させる音楽として人気を集めていました。

 ロイ・オービソンは、この「オンリー・ザ・ロンリー」で、その新たなヴァリエーション、発展形として、恋に破れた若者の思いを、ドラマティックなロックンロールにするということに成功したわけですね。

 そして、その影響をもとに、負け犬をクールにドラマティックに描くロック、というのを極めたのが「明日なき暴走」のブルース・スプリングスティーンだったわけです。

 彼の「涙のサンダー・ロード」のこの歌詞にこの「オンリー・ザ・ロンリー」が出て来ますね。

”Roy Orbison singing for the lonely 
  Hey that's me and I want you only "
ロイ・オービソンが孤独な者のために歌ってる、ヘイ、それは俺のことさ、おまえだけがほしいんだ)
 そして、J.D.サウザーもロイ・オービゾンに夢中になった一人で。彼の大ヒット曲「ユア・オンリー・ロンリー」は、タイトルも含めてあえて「オンリー・ザ・ロンリー」の影響がわかるようになっています(音楽的にはロイの「I'm Hurtin」という曲の影響も大きいですが)。

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  その後彼は、”ヤツに彼女を奪われることをおそれてひたすらビビっている”という内容の「ランニング・スケアード」(1961年全米1位)や”ふられて立ち直ったはずなのに、偶然君と会ったらどうしても泣いてしまう”という「クライング」(1961年全米2位)など、言い方は悪いですが”へなちょこな”主人公の歌を、美しくドラマティックに歌うことで大人気になっていくのです。

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 でも、言ってみれば、人はみんな”へなちょこ”です。へなちょこな世界でも、それをドラマティックな音楽で彩ることで、気持ちが日常の鎖から解き放たれ、ひとときの勇気をもらえたりする、そういった働きというのが、ポップ・ソングの真理のひとつのように僕には思えるんです。

 

 最後は1987年、彼がなくなる1年前に行われたコンサートのライヴ映像を。

 ロサンゼルスのアンバサダーホテル内にあるナイト・クラブ「ココナッツ・グローヴ」で、彼を敬愛するアーティストやエルヴィス・プレスリーのバック・バンド(TCBバンド)のプレイヤーなどを迎えて行われたライヴで、1989年に『ブラック・アンド・ホワイト・ナイト』というタイトルでリリースされています。

 集まったのはスプリングスティーンJ.D.サウザーのほかジャクソン・ブラウンエルヴィス・コステロトム・ウェイツ、ジェームズ・バートンなどすごい面々。

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