まいにちポップス(My Niche Pops)

令和元年初日から毎日更新中〜1日1ポップス。エピソード、歌詞の和訳、謎解き、マニアックな捜査、勝手な推理、などで紹介していきます。text by 堀克巳(VOZ Records)

「僕のラヴ・ソング(LOVE YOU LIKE I NEVER LOVED BEFORE )」ジョン・オバニオン(1981)

 おはようございます。

 今日はジョン・オバニオンの「僕のラヴ・ソング」です。

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Heard a promise in the wind
Then I saw you walkin' in
Tell me, baby, where ya been so long
Waited all my life to feel this strong

I love you like I never loved before
And every day I love you so much more
I'm feeling like I've never felt so sure
Love you like I never loved before

Lonely days and lonely nights
Finally gone and out of sight (thanks to you)
I'll do everything within my power
To make your life get sweeter hour by hour

I love you like I never loved before
And every day I love you so much more
I'm feeling like I've never felt so sure
Love you like I never loved before

I'll do everything within my power
To make your life get sweeter hour by hour

I love you like I never loved before
And every day I love you so much more
I'm feeling like I've never felt so sure
Love you like I never loved before

I love you like I never loved before
(No, I never) No, I never (never loved before)
I love you like I never loved before
(No, I never) No, I never, never loved like this before
I love you like I never loved before
(No, I never) No, I never, no, I never
I love you like I never loved before

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風の中で約束が聞こえて
そのあと、君が歩いてくるのが見えた
教えておくれ、ベイビー、こんなに長い間どこにいたのか
こんなに強く思いながら、ずっと待っていたんだ

今までにないくらい君を愛している
そして、毎日、君をもっと愛するんだ
今までにないくらい確かな気持ちを感じている
今までにないくらい君を愛している

孤独な日々、寂しい夜
やっと消えて見えなくなった(君のおかげで)
僕の力でやれることは何だってやるよ
君の人生が時とともに甘くなってゆくように


今までにないくらい君を愛している
そして、毎日、君をもっと愛するんだ
今までにないくらい確かな気持ちを感じている
今までにないくらい君を愛している

僕の力でやれることは何だってやるよ
君の人生が時とともに甘くなってゆくように
そして、毎日、僕は君をもっと愛するんだ
今までにないくらい君を愛している

今までに感じたことのない気持ちで
今までにないくらい君を愛している

今までにないくらい君を愛している
そうさ、今までにないくらい君を愛している
そうさ、今までにないくらい君を愛している
そうさ、今までにないくらい君を愛している

 (拙訳)

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 ジョン・オバニオンはアメリカではワン・ヒット・ワンダー(一発屋)で終わりましたが、日本ではAORファンに人気が高く、それにプラスして大型タイアップもあったおかげでで、1980年代の洋楽ファンには馴染みのある存在でしょう。

 

 どちらかというと裏方出身や地味目のキャラが多い、AOR系のアーティストとしては異色の”イケメン”だったということも特筆できると思います。

 

 彼は1947年にインディアナ州ココモ出身に生まれ、13歳の頃には演劇と”Hog Honda & the Chain Guards”という地元のバンドの活動を始め、15歳ですでにラジオ番組のホストをつとめていたそうです。

 そして、20歳から地元のTVで「ジョン・オバニオン・ショー」という番組を持っていたそうですから、ローカルでは有名人だったようです。

 

 YouTubeには「ジョン・オバニオン・ショー」の映像がいくつかあがっています。その中からダイアナ・ロスの「タッチ・ミー・イン・ザ・モーニング」を歌っているものを。

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 映像は 1974年で「僕のラヴ・ソング」の7年前ですが、すでにベテランっぽい雰囲気がありますね。ただ、この時で彼はすでに27歳になっていたわけですが。ちなみに、同じ年に彼はベル・レコードから「When Jeremiah Can Be With Me」というシングルを吹き込んでいますが、記録に残っているのがプロモ盤だけなので、流通はしなかったのかもしれません。

 また、この頃彼はジャズ・トランペッターのドク・セバリンセンに認められ、彼のバンド”Today's Children”のシンガーになっています。ドクは人気TV番組「ジョニー・カーソンズ・トゥナイト・ショー」の専属バンドもやっていて、それをきっかけにジョニー・カーソンがジョンをたいへん気に入って、一年に5回も番組に出演させたそうです。

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 無名のシンガーが大人気TV番組に5回も出演したわけですから、そこでデビューの話もありそうなものですが、オールド・スタイルのジャズ・ヴォーカリストというのがネックになったのかもしれません。

 

  彼がようやくチャンスを掴んだのは、80年代にスタートしたTVのオーディション番組「スター・サーチ」に参加し勝ったことでした。そして番組の音楽プロデューサーだったジョーイ・カルボーンとジョーイの古くからの仲間で、ブロンディの「コール・ミー」など数多くのレコーディングに参加していた人気セッション・ギタリストだったリッチー・ジィトーが彼のプロデュースをすることになったのです。

 (アルバム「僕のラヴ・ソング」の金澤寿和さんのライナーによると、イングランド・ダン&ジョン・フォード・コーリーなどのマネージャーだったスーザン・ジェセフという女性が彼らを引き合わせたとのことです)

 

 1978年にワーナーから「Something About Love」というシングルを作っています(のちに、日本のアルバムのボーナス・トラックになっています)が、こちらもプロモ盤のみでほとんど流通しなかったようです。ただ、これがノーザン・ソウル調で、ダリル・ホールっぽいニュアンスもあるなかなかの作品でした。

 そして1980年には、クライヴ・デイヴィスのアリスタ・レコードから「Ocean Of Love」というシングルをリリースしています。

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 この「Ocean Of Love」ですが、ジョーイ・カルボーン&リッチー・ジィトー、コンビが手がけて日本のソニーのTVCMソングで大ヒットした「オーバーナイト・サクセス」のテリー・デザリオが、アルバム「オーバーナイト・サクセス」(1984)の中でカバーしています。

   また、彼はとにかくチャンスが欲しかったのでしょうか、この年彼は役者としてチャールズ・ブロンソンの映画「ボーダーライン」に出演しています。

 

 そして、アリスタでも成功しなかった、ジョン、ジョーイ、リッチーのトリオが、ようやくヒットにこぎつけた曲が、エレクトラと契約してリリースしたこの「僕のラヴ・ソング」だったのです(全米24位)。

 この時すでにジョンは34歳だったわけですが、それまでのジャズ、ポピュラー・ヴォーカリストのスタイルを捨て、当時人気だったTOTOに代表されるようなハード・ポップなロック・スタイルに挑んだことがよかったのかもしれません。

 

 そして、1982年に彼は東京音楽祭に参加するために、ジョーイ、リッチーとともに来日します。そして「君だけのバラード(I Don't Want To Loose Your Love)」で見事グランプリを獲得します。

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 そして、この来日を大きなチャンスにつなげたのがジョーイ・カルボーンでした。日本に愛着を感じ、日本のマーケットに興味を持った彼は帰国後、ビートルズを来日させたプロモーターとして知られ、洋楽専門の音楽出版社を運営していた永島 達司氏に、日本の音楽の仕事をしたいとアプローチした結果、得た仕事が薬師丸ひろ子が主演した角川映画里見八犬伝」の映画音楽でした。

 そして、その主題歌をジョン・オバニオンに歌わせ、ヒットしたのが「里見八犬伝( I Don't Want This Night To End)」でした(オリコン14位)。

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 しかし、その後、彼のリリースは途絶えてしまいます。

役者としては活動していたようで、1990年には「The Judas Project」というインディペンデント映画で主演をつとめています。

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 久しぶりに彼の歌を聴くことができたのが、1995年のアルバム「Hearts」でした。

これは、「風のシルエット」、「ハート悲しく」、「アイム・ノット・イン・ラヴ」や「愛ある別れ」などAOR系の名曲をジャズやボサノヴァ・アレンジで歌ったものでした。

 

 彼もまた、昨日このブログに登場したジョン・ヴァレンティと同じく、フランク・シナトラに憧れ歌い始めた人のようで、「ジョン・オバニオン・ショー」の映像を見ても、「僕のラヴ・ソング」よりもこちらの方が、彼本来のスタイルであったことがわかります。

 彼は2007年のツアー中にニューオリンズでひき逃げ事故に遭い、その後遺症のために亡くなってしまったそうです。

 その才能とキャリアに対して、残された作品があまりに少ないのが残念ではありますが、「HEARTS」のような、彼本来の持ち味を発揮できた作品を残せたことはせめてもの救いだと思えます。

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