おはようございます。
今日はオリジナル・ラヴの「接吻 -kiss-」です。
TVドラマ(柴田恭兵主演「大人のキス」)の主題歌としてヒットしましたが、オリコンは最高13位と、トップ10には入っていなかったんですね。
しかし、その後たくさんのアーティストがカバーするスタンダードのひとつになっていきました。
この曲を書いたときのことを田島貴男はこう回想しています。
「よく”名曲は3分で書ける”とか言われるけど、「接吻」に、あっという間にできた。自分でも珍しい早さで、ホントにそういうことってあるんだなと思った。
もともとドラマのタイアップありきの話で、こういう曲を書いてくれないかと依頼された時には、チャンスだと思った。ただタイアップ曲というのはたいてい時間的な制約があるんだ。この時も、翌週までには曲を作らないといけないような感じだった。やるとは言ったものの、そんなに早くできるのかなぁと思いながら家に帰って、とりあえずギターを持った。そしたらその瞬間にサビのメロディが出てきた。本当に、不思議なくらいパッとできた。こういうふうにうまくいく時の常なんだけど、AメロもBメロもまるでサビメロが連れてきてくれたかのようにすらすらっと出てきたんだ。だから、曲自体はほとんど1日か2日で完成したんじゃないかな」
(田島貴男「ポップスの作り方」)
しかし、20歳頃ソウル・ミュージックを好きになって以来”セクシーなラブ・ソングを書きたい”とずっと思っていて、煽れから7、8年経ってようやく「接吻」が書けたので、すぐに書けたというのは気のせいで、
「それまで無意識のうちに自分の中で発酵させた曲が、何かのきっかけで表面に出てきたことなんだと思う」
「フッと出てきたように見えた曲も、実は過去に試していたことが生かされた結果だったんだろうね」
と分析しています。
また歌詞については、こんな影響があったようです。
「『接吻』の頃は、どうやって日本語でラブ・ソングを書いたらいいのかをすごく研究していた時期だった。昔の人はどうやっていたのかなぁとか、古い歌謡曲の歌詞を読んで研究してみたり。そういうことをやって2年ぐらい経った頃に、ドラマの主題歌として『接吻』を書くことになった。アマチュア時代は、日本語の歌詞をちゃんと読んだこともなかった。でも、デビュー後しばらくして阿久悠さんの詩集を読むようになったり。だからいまになって思うと、『接吻』にはどこかに阿久悠さんの影響があるような気がする」
(田島貴男「ポップスの作り方」)
彼はメジャー・デビューするに当たって、<ヒット曲を自分で作りたかった>と語っています。
「それはサブカルチャー的なカッコよさとは、また違うんだ。サブカルならばカッコいい雰囲気の言葉が舞っていればいい、という面もある。僕はそういうカッコよさは嫌いではない。でも、そういう曲って、そのカッコよさを共有している人たちだけで収まってしまうし、ひょっとしたら、流行が変わればパタッと聴かれなくなってしまうかもしれない。僕が本当に描きたいポップスはそういう音楽ではなかった」
(田島貴男「ポップスの作り方」)
1994年の渋谷公会堂のライヴで彼が「俺は渋谷系じゃねえ!」と叫んだそうですが、サブカルっぽい音楽じゃなく、普遍的なポップスをやっているんだ、という気持ちがこめられていたのかもしれません。
あれからかなりの年月が経って興味深いのは、当時は渋谷系を代表するヒット曲だった「接吻」が今はCITY POPとして再び人気だということです。ピチカート・ファイヴやフリッパーズ・ギターの仲間ではなく、山下達郎一派に近いものとして捉えられているわけで、これは音楽性から言えばまったく妥当なことだと僕には思えます。
シティポップ・ブームで「プラスティック・ラヴ」「真夜中のドア」の次はこの曲に火がつくといいな、などと思っていたのですが、最近TVCMでこの曲の新しいヴァージョンが流れ始めましたね。
それぞれがソロでもクリエイティヴな才能を発揮し、たくさんのアーティストから人気の高いスリーピース・バンド”Ovall”との共演。これはホントかっこいいですね。