まいにちポップス(My Niche Pops)

令和元年初日から毎日更新中〜1日1ポップス。エピソード、歌詞の和訳、謎解き、マニアックな捜査、勝手な推理、などで紹介していきます。text by 堀克巳(VOZ Records)

「スーパースター(Superstar)」カーペンターズ(1971)

 おはようございます。

 今日はカーペンターズの「スーパースター」です。

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Long ago and oh so far away

I fell in love with you

Before the second show

Your guitar, it sounds so sweet and clear

But you're not really here

It's just the radio

Don't you remember you told me you loved me baby

You said you'd be coming back this way again baby

Baby, baby, baby, baby, oh, baby

I love you, I really do

 

Loneliness is a such a sad affair

And I can hardly wait to be with you again

What to say to make you come again

Come back to me again

And play your sad guitar

 

Don't you remember you told me you loved me baby

You said you'd be coming back this way again baby

Baby, baby, baby, baby, oh, baby

I love you, I really do

Don't you remember you told me you loved me baby

You said you'd be coming back this way again baby

Baby, baby, baby, baby, oh, baby

I love you, I really do

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昔のこと、とても遠い昔

私はあなたと恋に落ちた

2度目のショーの前に

あなたのギターは、とても優しくクリアだった

だけどあなたはここにはいない

それはただラジオから流れてきたの


私を愛しているって言ったこと忘れたの、ベイビー

もう一度ここに戻ってくるて言ったじゃない、ベイビー

ベイビー、ベイビー、オー、ベイビー

愛しているの 本当に

 

孤独はなんて悲しいことなんでしょう

あなたと一緒になることが待ちきれないわ

あなたにまた来てもらうには何と言えばいい

もう一度戻って来て

そして、悲しげなギターを聞かせてよ

 

 

私を愛しているって言ったこと忘れたの、ベイビー

もう一度ここに戻ってくるて言ったじゃない、ベイビー

ベイビー、ベイビー、オー、ベイビー

愛しているの 本当に        (拙訳)

 

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 曲を思いついたのはリタ・クーリッジ、曲に出てくるスーパースターはエリック・クラプトン

 

 この曲のオリジナルはデラニー・ブラムレットとボニー・ブラムレットによるデュオ”デラニー&ボニー”で、1969年のシングル「カミン・ホーム」のB面曲として発表されたものでした。オリジナル・タイトルは「グルーピー(スーパースター)」で、エリック・クラプトンがギターで参加しています。

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  ”グルーピー”という言葉はちょうどこの頃定着してきたこともあって、曲のタイトルにしたそうです。

 ロック・スターを思い焦がれるグルーピーを歌にするという基本的なアイディアを考えたのがリタ・クーリッジだったそうです。

   リタ・クーリッジも、レオン・ラッセルとともにデラニー&ボニーのレコーディングに参加している仲間でした。

 

「スーパースターは、私がAメロとサビを書いたの、そんな前じゃない時にボニーが私に言ったんだけど『あなたが最初に”スーパースター”の話をした時、レオンは鼻であしらっていたわ』って。クレジット上は、ボニーとレオンになっていて、実際ボニーも曲作りに加わっているわ。私は自分が持っていた曲を持って彼女の部屋に行き、二人座って、そこにデラニーが加わって一緒に歌ったわ、その晩ギターに合わせて3人で歌ったデモを実際に録ったわ。ボニーは近いうちにそれを見つけるって約束したわ。

 私が「スーパースター」に何も関わらなかったのは、ボニーがいつも(夫のデラニーから)何かにつけ殴られていたからよ。もし私が電話して「それはおかしい」と言ったり、ほかの誰かにそのことを言えば、彼女の目に黒いアザができたはずよ。あの時私は自分の人生をかけて彼女を守ったの。ボニーを苦しめるようなことはしないわ」

        (GOLDMINE  Nov 18, 2016)

 

    リタが自分がこの曲に関わったと主張すれば、ボニーに害が及ぶからそうしなかった、何だかやりきれなくなるエピソードですね。彼女が”Aメロとサビ”を書いたというのは、歌詞のことだと思います。

 

 ボニーはこう語っていたようです。

「たとえリタが曲を書いていなかったとしても、彼女の助けがなければ出来上がらなかったはずよ。彼女が座ってハーモニーをつけてくれたから、私はパートを作ることができたの」

           (Blender October 2002)

 一方、レオン・ラッセルはこう語っています。

「僕が初めて"スーパースター "という言葉を使うのを聞いたのはリタ・クーリッジだったんだ。彼女は、メンフィスでレコード制作をしていたディオンヌ・ワーウィックの話をしていて、『彼女は私が初めて見たスーパースターよ』と言ったんだ。

 その言葉に馴染みがなかったので、ちょっと衝撃を受けて、曲を書いてみようとして、最終的に、ボニー・ブラムレットと一緒に仕上げたんだ」

 (discovermusic  December 19, 2020)

 

 真偽はわかりませんが、レオンはあまり核心にふれようとしていない感じが個人的にはちょっとします。

 ただ、間違いないのは、リタ・クーリッジがこの曲の発端であること、ボニーの曲作りを手伝ったこと、そして、レオンは”グルーピーの恋”というコンセプトは小バカにしつつも、”スーパースター”という言葉には惹かれていたということでしょう。

 

 そして、翌1970年レオン・ラッセルがプロデュースしたジョー・コッカーのライヴ・アルバム「マッド・ドッグス&イングリッシュメン」に参加したリタ・クーリッジはソロでこの「スーパースター」を歌っています。

 歌の最大の貢献者でありながら、作者としてクレジットをされなかった彼女への、レオンからのお礼というか罪滅ぼしのように感じるのは僕だけでしょうか?

 レオン自身がこの曲を歌っている音源や動画を探しても見つけることがてきなかったのですが、そこからも、やはり曲を中心になって書いたのはリタとボニーだったんじゃないかと、それをソングライターとしての才能があったレオンが直して、まとめあげたのではないかと、僕には思えます。

 

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 ちなみに、リタ・クーリッジは、曲に出てくるスーパースターのギタリストとはエリック・クラプトンかという問いに

「彼は当時、私たちが知っていた唯一のギタリストだった」

 と答えています。遠回しな肯定とみていい気がします。

 リタはデラニー&ボニーの他、クラプトンのバック・ボーカルも務めていたことがあったようです。

 

 

  さて、カーペンターズリチャード・カーペンターがこの曲を初めて聴いたのはデラニー&ボニーでリタ・クーリッジでもありませんでした。

 「ある夜、レコーディングから帰ってきて、『トゥナイト・ショー』をつけたんです。(ホストの)ジョニー・カーソンは、まだ有名になる前のベット・ミドラーをゲストに迎えて、彼女は『スーパースター』を歌いました。彼女はもっと現代風のトーチソング(報われない片思いの歌)として歌っていたのですが、この曲がまさに僕の耳をとらえたんです」

                (Blender October 2002)

 ベット・ミドラーがこの曲を録音したのは、カーペンターズの1年後1972年のデビューアルバム「The Divine Miss M 」でした。

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 リチャードは興奮してスタジオにカレンを連れて行き、試してみたそうですがカレンはあまり乗り気じゃなかったそうです。

 曲のフィーリングと歌詞が気に入らなかったそうで、リチャードはアレンジが変わればよくなると、時間をかけて彼女を説得したそうです。

 そして、この曲をカバーするにあたり、リチャードは

"I can hardly wait to sleep with you again"

"I can hardly wait to be with you again”

 に変更しています。ラジオでかかりやすくするため、そして何よりもカレンのイメージを損なわないための配慮でした。

 

 発売直前になってリチャードはグルーピーの歌は自分たち向きじゃないと怖気づいてしまったそうですが、「雨の日と月曜日は(Rainy Days and Mondays)」の次のシングルとしてこの曲が発売されると、全米2位の大ヒットになりました。

 

 最後はボニー・ブラムネットが2016年にパフォーマンスした映像、客席にはレオン・ラッセルがいます。

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