まいにちポップス(My Niche Pops)

令和初日から毎日、1000日連続で1000曲(せんきょく)を選曲(せんきょく)しました。。。古今東西のポップ・ソングのエピソード、洋楽和訳、マニアックなネタ、勝手な推理、などで紹介しています。キャッチーでメロディアスなポップスは今の時代では”ニッチ”なものになってしまったのかなあとも思いますが、このブログを読んでくださる方の音楽鑑賞生活に少しでもお役に立てればと願っています。みなさんからの追加情報や曲にまつわる思い出などコメントも絶賛募集中です!text by 堀克巳(VOZ Records)

「ロビンソン」スピッツ(1995)

 おはようございます。

 今日はスピッツの「ロビンソン」です。


スピッツ / ロビンソン

 スピッツは1987年にメンバーが20歳の時に結成され、メジャーデビューが1991年ですから4年かかっています。そして、初ヒットとなったこの「ロビンソン」が1995年ですから、これまた4年かかっています。結成から考えると8年ですから、かなり時間がかかったブレイクだと言えるでしょう。

 

「う〜ん、あの曲は特に新しい試みも何もないし、今までとあまり変わらない。ニュートラルなスピッツな曲で、それが売れちゃったというのはどういうことなんだろうって未だによくわからないことではあるんですけど、自信は元からあったといえばあったんですよ(笑)」

 大ヒット直後の草野マサムネのインタビューも、けっこう醒めています(苦笑。

 調べてみるとドラマやCMなどの大きなタイアップがあったわけじゃないんですね。

今田耕司のシブヤ系うらりんご』というフジテレビの月〜金、夕方のバラエティ番組のエンディング・テーマだったそうで、視聴率はよくなかったそうですから、そのタイアップが大ヒットの起爆剤ではなさそうです。

(しかし、その番組の次のエンディング・テーマがシャ乱Qの「ズルい女」だったそうで、何か”持っていた”のかもしれませんが)

 

 スピッツはメンバー全員がハード・ロックが好きで楽器を始め、初期はブルーハーツに大きな影響を受けたパンク・ロックのスタイルだったそうです。

 しかし、ライヴハウスの人から「ブルーハーツに似ているから、それじゃあ先は望めない」と言われ、草野がアコギを持ち出しそれで曲を書くようになったそうです。

 その最初の曲が「恋のうた」で、それをきっかけに曲のスタイルが変わっていきました。

 ちなみに、スピッツは最初から歌詞に英語を使わないことについて、草野は「自分の中で勝手に桑田佳祐佐野元春に対するアンチテーゼみたいな気持ちがあって」と語っています。


[Vietsub] Spitz - Koi no uta「恋のうた - スピッツ」

 メジャー・デビューを果たしリリースのたびに関係者からの評価は高かったもののなかなか売れず、バンドとしてやりたかった方向性もサードアルバム「惑星のかけら」に達成感を感じていた彼らは、もっとリスナーに聴いてもらえる音楽追求しようという気持ちにシフトします。そこで現れたのが、プロデューサーの笹路正徳です。彼が加わり最初にリリースしたシングルが「裸のままで」という曲でした。


スピッツ / 裸のままで

 ここから明らかにバンドっぽさより、ポップスらしさに重きを置くようになり、それは草野の詞曲と声とマッチする方向性でした。

 その次に「君が思い出になる前に」、笹路のスケジュールが合わず土方隆之がプロデュースした「空も飛べるはず」「青い車」、笹路が再び手がけた「スパイダー」と、今ではスピッツの代表作となっているクオリティの高い楽曲群がシングルとしてリリースされ、バンドはいつ売れてもおかしくない状況になっていたように思います。

 

 笹路はスピッツの武器は草野の歌詞と歌声だと考え、こうアドバイスしたそうです。

「マサムネは、ハイトーンに行ったときの声がいいんだから、それを活かさない手はないよ。高いキーで、もっと声を張って歌った方が、聴き手の心に響くと思うな」

 実は、草野さんは自分の高い声があまり好きではなく、レコーディングの際もボーカルの音量を小さくしていたのです。笹路さんは逆に、それこそ君の魅力なんだと説得。それから草野さんは積極的に、ハイトーンを意識した曲を書くようになったのです。

         (ニッポン放送 NEWS ON LINE 笹路正徳インタビューより)

 もうひとつ、「ロビンソン」のヒットの要因だと笹路がとらえているのが、イントロのギターのアルペジオ。これはバンドのギタリスト、三輪テツヤが自ら考えたものでした。 

(ちなみにこのギターをレコーディングしたのは26年前の今日、阪神・淡路大震災があった日で、報道を見て深く動揺しながらも、集中しようと気を取り直して演奏したそうです)

 

 確かに名曲、スタンダードと呼ばれる曲には印象的なイントロがあるものが多いです。

 史上最もTV、ラジオでオンエアされた曲と言われているポリスの「見つめていたい」もアンディー・サマーズのあのギターのイントロがなかったら、、、どうだったんだろう、などとも思いますし。

 

 草野は「ロビンソン」は「 今までとあまり変わらない。ニュートラルなスピッツな曲」だと語っていたわけですが、質のいい曲を続けてリリースして今度こそブレイクしそうだという”場”が十分にあたたまっていたときに、彼らの持ち味が最大限に発揮された曲が生まれたからこそ、売れたのかもしれません。草野の詞曲ボーカルはもちろん、ギターをはじめとする、メンバー全体としての持ち味が発揮されていたわけです。

 

 40以上あるというこの曲のカバーの中から、ちょっと異色なものを。

イギリスのグループ”ouch!”(アウチ)による英語カバー「It Could Have Been Me」。

「ロビンソン」のオリジナルリリースの翌年ですから、日本人アーティストを入れても

最初のカバーのひとつじゃないかと思います。発泡酒のTVCMにも使われました。

 実は、これは僕がレコード会社にいた時に前任者から、こういうの作ったからリリースよろしく!って引き継ぎされたものです。で、このPVをロンドンに行って一日中テムズ川の船に乗って撮りました。そして、これを録画していた人がいたんですね、YouTubeにアップされています。


Ouch! It Could Have Been Me

 
 
<参考:「スピッツ」rockin'on>
 

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