まいにちポップス

1日1ポップス。エピソード、歌詞の和訳、謎解き、勝手な推理、などで紹介していきます

「ショー・ミー・ザ・ウェイ(Show Me The Way)」ピーター・フランプトン(1976)

 おはようございます。

    今日はピーター・フランプトンの「ショー・ミー・ザ・ウェイ」を。


Show Me The Way (Live)

 

 ”君はどんな風に感じてるだろう?

   電話のベルが鳴っている

   心が通じる人はいないんだ 海以外にね

 

     誰を信じたらいいんだろう?

  僕は床にひざまづいている

     見えない力が導いてくれるはず 誰に電話すればいいのかを

     星が出て輝いている だけど僕が知りたいことは

 

     ああ、僕を導いてくれ

  これからどうすればいいか教えて欲しい

 

     君がいらだっている理由が僕にはわからない

  誰かがコップを水に落としたら、僕はもぐるよ    

     円を描いて泳いでも 沈んでゆくように感じる

  僕みたいなバカな役割も必要なんだ

 それを癒しだって思うヤツもいたけど

  僕が本当に知りたいのは

     ああ、僕を導いてくれ (毎日)

  これからどうすればいいか教えて欲しい

 

 僕は夢を見ているのかな?

 恥ずかしいって全然思わないよ

 こんなことが起こるなんて信じられないよ

 

 君の寝顔を見つめていると

 愛の世界へ君を連れていきたいと思うんだ

 

 僕を導いて欲しい(毎日)

 どうすればいいか教えて欲しい

 来る日も来る日も君のことが欲しいんだ

    僕を導いて欲しい(毎日)

 どうすればいいか教えて欲しい

 

    君が欲しいんだ 昼の夜も

 君が欲しいんだ 来る日も来る日も     "                      (拙訳)

 

 

 この曲が入っている「フランプトン・カムズ・アライヴ」は1970年代に洋楽に親しんでいた人には馴染みの深いアルバムだと思います。

 この二枚組のライヴ・アルバムが、それまでアメリカのレコード売上記録を持っていたキャロル・キングの「つづれおり」を抜いて、史上最高の売上げを記録したのですから、大きな話題になりました。ライヴアルバムが?しかも二枚組?と誰もが思ったわけですね。

 彼がそこまでのビッグ・スターだったかというと決してそうではなく、このアルバムの前にリリースしたアルバム「フランプトン」は最高32位というまあまあくらいのヒットで、シングルに至っては1曲もチャート入りしたことがなかったのです。ですから、なおさら驚くべきことだったわけです。

 1976年1月6日にリリースされた時はヒットチャートで191位、そこからじわじわと売れ始め4月に入って1位を獲得し、合計10週1位になりました。全米で800万枚以上、世界でも1800万枚近く売れたというモンスター・アルバムになりました。

 

 残念ながら僕はこの時代にアメリカで暮らしていたわけではないので売れた理由はわかりませんが、そのアーティスト・パワーとは別に、市場の大きな動きもあったはずだと思います。シンプルに言えば、ロック・コンサートを楽しむという娯楽自体が広く定着して大きなマーケットになっていたのではないか、ということです。

 

 彼はそれまで各地でこつこつとライヴを積み重ねることで、ちょうど人気が高まっていました。新たなライヴ・アーティストとしての魅力を持っていたのです。そこにアイドル的なルックスも兼ね備えていた、これも大きかったように思います。

 

 それに加えて、アメリカの場合、特にこの時代は音楽市場においてラジオが圧倒的なパワーを持っていましたから、ラジオ向きな楽曲というのが命綱でした。

 

 それをクリアしたのがこの「ショー・ミー・ザ・ウェイ」(全米6位)と、もう1曲「君を求めて(Baby, I Love Your Way)」(全米12位)でした。


Baby, I Love Your Way

 ウィル・トゥ・パワーやビッグ・マウンテンのカバーもヒットしましたから、今ではこちらの方が知名度が高いかもしれません。

 

 さて、彼のことを調べていて驚いたのですが、「フランプトン・カムズ・アライヴ」は当初二枚組ではなく一枚でのリリースを予定されていて、そこには「ショー・ミー・ザ・ウェイ」も「君を求めて」も入っていなかったそうです。

「ショー・ミー・ザ・ウェイ」も「君を求めて」もいいライヴ・テイクが録れていなかったらしいのです。

 この2曲抜きでミックス作業をしている時に、彼が所属するA&Mレコードのトップ、ジェリー・モスがスタジオに来たそうです。

 (ちなみに、A&Mレコードというのはハーブ・アルパート(Herb Alpert)とジェリー・モス(Jerry Moss)がアルパートのガレージをオフィスに始めたレーベルでAとMはそれぞれの頭文字になっています)

 

 スタジオで聴き終わるとモスは「え〜っ、残りはもうないのか?」とたずねたそうです。もっと聴きたいと。

 彼はその前にピーターのライヴも見ていたそうです。実際のライヴに比べて、一枚組のライヴ音源は物足りなく思えたのでしょう。

 それでピーターが「ショー・ミー・ザ・ウェイ」や「君を求めて」という曲もあるんだけど、いいテイクがないんだと説明すると、モスは「もっとライヴやって録ってくればいい」と行ったそうです。

 それで彼はもう6,7回、ライヴレコーディングを行い、二枚組に十分なほどの曲が揃ったそうです。

 

 あのときジェリー・モスがスタジオに来ないで、アルバムが一枚のままでリリースされていたらと思うたびに、ピーターは頭が真っ白になってしまうそうです。

 

 そこで僕が思ったのは、ライヴ・コンサートを丸ごと疑似体験できるメディアとしてのレコード、という意義が大きかったんじゃないかということです。ピーター・フランプトンってライヴがすごいいらしいぞ、じゃあ、ちょっとレコード聴いてみようかな、という風に。盛り上がっている観衆の声援が入った「ショー・ミー・ザ・ウェイ」がラジオでどんどん流れて、そのムードをいっそう煽る。

 一つのライヴを観た気持ちになるにはLP一枚じゃ短い、二枚組のほうがいい。

 とすると、

「フランプトン・カムズ・アライヴ」は二枚組なのに売れたのではなく、二枚組だから売れたのではないか

 という推測が成り立つわけです。

 

 ですから、ジェリー・モスのジャッジは素晴らしかったのです。何が素晴らしいって、会社の経営者として音源を聴いたのではなく、一人のリスナーとして聴いて率直に感じたことをもとにジャッジしたわけです。

 アーティストには、このような音楽好きでありながら客観的な判断を下せる人間が近くにいるかどうか、というのもとても大事なんですね。

 

 さて、「フランプトン・カムズ・アライヴ」の破格の大ブームの反動だったのでしょう、その後ピーターはセールス的には大きく失速してしまいますが、長くコンスタントに活動をし続けて来ました。

 もともとギタリスト志望で、セッション・ミュージシャンとしても活躍していたことのある彼は2006年にギター・インスト・アルバム『Fingerprints』を発表し、グラミー賞最優秀ポップ・インストゥルメンタル・アルバムに選ばれています。

 しかし、筋力が徐々に低下する難病にかかっていたことがわかり、残念ながら昨年でライヴ活動を終了したそうです(レコーディング活動は続けるそうですが)。

 

 最後に、「ショー・ミー・ザ・ウェイ」はイントロのトーキング・モジュレーター(トーク・ボックス)のフレーズがものすごく印象的ですが、彼がどんな風にやっているのかがわかるライヴ映像を。


Peter Frampton - Show Me The Way (Live Midnight Special 1975).avi

 

 そして、近年のライヴ。トーキング・モジュレーターのフレーズが変わっています。


Peter Frampton - Show Me The Way (Live in Detroit)