まいにちポップス

1日1ポップス。エピソード、歌詞の和訳、謎解き、勝手な推理、などで紹介していきます

「シェリーに口づけ(Tout, tout pour ma chérie)」ミッシェル・ポルナレフ(1969)

 おはようございます。

 今日は、「あなたのとりこ」同様、21世紀に入っても日本で人気の高いフレンチ・ポップミッシェル・ポルナレフの「シェリーに口づけ」です。


Michel Polnareff tout, tout pour ma chèrie

 

 原題の”Tout, tout pour ma chérie”は、愛する人のためならすべて、”All ,All for My Darling”もしくは”Everything,Everything for My Darling"という意味だそうです。

 

 Tout ,toutが”チュー、チュー”のように聞こえて、chérieは人名のシェリーだと日本人は思ってしまうから「シェリーに口づけ」。

 なんとも乱暴ですが、フランス語のわからない日本人にとっては「シェリーに口づけ」がなんだかしっくりしてしまうから不思議です。「君のためなら」なんて邦題がついていたら、今ごろ耳にしなくなっていたかもしれません。

 空耳、なんてのもありますが、そういうざっくりした”イメージに片寄った”音楽の聴き方もとても楽しいものだと僕は思います。歌詞がわかりすぎると風通しが悪く感じることもありますし。

 

 特にこの「シェリーに口づけ」は、本国フランスでは1969年に発売されたシングルのB面で、アルバムにも入っていなかった曲ですから、1971年にこの曲に目をつけて、40万枚もの大ヒットにした日本のレコード会社の手腕は見事だとしか言いようがありません。

 日本人にしたら、これほどキャッチーな曲がどうしてB面?、、、とかえって不思議に思ってしまいそうですが、そのあたりは日本人とフランス人の音楽の嗜好性の違いでしょう。

 ひょっとしたら、日本人は世界で一番”ポップでキャッチーな曲”を愛する国民かもしれないな、などとも思ってしまいます。

 

 

 さて、そのミッシェル・ポルナレフ、生まれは1944年ですから、シルヴィ・ヴァルタンフランソワーズ・アルディと同い年なんです。1944年はフランス音楽界にとっては”当たり年”だったのかもしれません。

 父親がウクライナ人で、”ポルナレフ”という苗字はウクライナ人に多いものなのだそうです。

 その父親はエディット・ピアフイヴ・モンタンにも楽曲を書いた音楽家だったこともあり、彼は幼少期から徹底したクラシックの英才教育を受け音楽の成績も大変優秀だったそうです。しかし、エルヴィス・プレスリーを聴いて衝撃を受け、親の反対を押し切ってロック、ポップスへの道に進んだそうです。

 

 1966年に「ノンノン人形(La Poupée qui fait non)」でデビュー。奇抜な邦題ですが、原題の意味が”ノーと言う人形”でポルナレフはノン、ノン、ノ〜ン、ノンって歌っていますから、妥当といえば妥当です。シャンソン人形、みたいな語呂を狙ったというのもあるでしょう。

 (蛇足ですが、シーナ&ザ・ロケッツに「ノンノン人形」と言うオリジナルがあって、”私は夢見るノンノン人形〜”と言う歌詞になっています)


Michel Polnareff - La poupée qui fait non (1969)

 

 この曲はレコーディングはロンドンで行われ、レッド・ツェッペリン結成以前のジミー・ペイジジョン・ポール・ジョーンズが参加しています。

 また、スコット・マッケンジーがいち早くカバーし、大ヒット曲「花のサンフランシスコ」の一つ前のシングルがこの曲でした。英題は「"No, No, No, No, No" 」、邦題はそのまま「ノンノン人形」になっています。

 また、ジミ・ヘンドリックスもこの曲をカバーし、インスト・ヴァージョンを録音していたそうです。

 

 そして、この「ノンノン人形」の翌月にリリースしたセカンド・シングル「愛の願い(Love me, please love me)」も大ヒットします。 


Love me please, love me (Remastered)

 この曲も「シェリーに口づけ」と並んで、今も日本で耳にすることが多い気がしますが、調べてみると2000年にTVドラマ「青い経験」で使われたのを皮切りに、ソニー日本信販などのTVCMで使われていました。

 

 その勢いのままフランスでスターの座に君臨しますが、人気絶頂の1973年にフランスを離れロサンゼルスに拠点を移してしまいます。

 そして名門アトランティック・レコードと契約しますが、結局アメリカでは成功できませんでした。

 この時期の彼の作品の中で個人的に興味があったのは映画「リップスティック」(1976年)の音楽を彼が手がけていたことです。


Michel Polnareff - Lipstick 12"

  ヴァン・マッコイの「ハッスル」(1975)などに代表されるディスコ・ブームがはじまっていたころ、ポルナレフもチャレンジしていたんですね。ディスコ用12inchも作られていました。そしてクレジットを見ると、アレンジにはポルナレフとともにデヴィッド・フォスターの名前が!

 

 脱税問題などもあり、長い間フランスに入国できなかった時期もあったようですが、本国では作品をリリースすれば常にヒットし、2018年のアルバム「Enfin!」もフランスで4位になり相変わらずの人気を見せつけています。

 

  それから、僕が気になったのが彼のトレードマークのサングラスのことです。

 デビュー時はかけていなかったんですね。過去のジャケット写真や動画をチェックしてみると1969年頃からサングラスをかけ始めまていますが、縁が白く四角い、あの有名なサングラスにしたのは1972年頃からのようです。

 日本で「シェリーに口づけ」が発売された1971年の、シングル・ジャケットを見ると、サングラスは黒縁でした。

f:id:KatsumiHori:20200919125124j:plain

 そして、1972年にシングル「愛の休日(Holidays)」をリリースした時には(フランス盤も含め)ジャケット写真があのサングラスになっています(髪型もカーリーに)。

f:id:KatsumiHori:20200919145516j:plain

 

 「愛の休日」。僕はまだ子供でしたが「シェリーに口づけ」に以上に、TVなどで耳にした記憶があります(オリコンでは「シェリーに口づけ」も「愛の休日」も最高6位)。

 曲とともに、彼の白いサングラス姿が強く記憶に焼きついていますが、実は、その頃彼は白いサングラスをかけ始めたばかりだったんですね。

 「ノンノン人形」も「愛の願い」も日本ではリアルタイムでは売れず、「シェリーに口づけ」が実質デビューのようなものだったらしいですが、ビジュアル・イメージも固まった絶妙のタイミングでもあったわけです。


Holidays