まいにちポップス(My Niche Pops)

令和初日から毎日、1000日連続で1000曲(せんきょく)を選曲(せんきょく)しました。。。古今東西のポップ・ソングのエピソード、洋楽和訳、マニアックなネタ、勝手な推理、などで紹介しています。キャッチーでメロディアスなポップスは今の時代では”ニッチ”なものになってしまったのかなあとも思いますが、このブログを読んでくださる方の音楽鑑賞生活に少しでもお役に立てればと願っています。みなさんからの追加情報や曲にまつわる思い出などコメントも絶賛募集中です!text by 堀克巳(VOZ Records)

「スプリンクラー」山下達郎(1983)

 おはようございます。

 梅雨といえば、一昔前はしとしと振り続ける長雨という印象がありましたが、最近はゲリラ豪雨が多くて、風情も変わってきたようです。

 そんな現代の激しい雨にぴったり合い始めたような気がする曲、「スプリンクラー」を。


Tatsuro Yamashita (山下達郎) - スプリンクラー

 

 この「スプリンクラー」は1983年にアルバム「MELODIES」を発表した後にシングルのみでリリースされたものです。

 1995年のベストアルバム「トレジャーズ」のライナーで彼は、「MELODIES」以降の

ムーン・レコード時代を”シンガー・ソングライターとしての12年”と表現していていました。「MELODIES」の頃に、自分の音の傾向が固まってきて、歌詞に注意を向けるようになって自分で手がけるようになったからのようです。

 

   そして、 2012年に発売された「ぴあ」の”山下達郎”超”大特集”のインタビューでは「僕はシンガー・ソング・ライターであり、私小説作家なんですよ」と語っているので、今も続いているのだと思います。

 

 なぜ、彼はわざわざ自分のことを”シンガー・ソングライター”なんだと発言しているのかというと、きっと、今だに世間の多くがそうは捉えていないから、なのでしょう。

 

 確かに、70年代後半から彼を聴いてきた僕のような人間からしたら、山下達郎こそ”サウンド志向”の代表選手だったわけで、いわゆるシンガー・ソングライターのイメージとは違っていたように思います。

 しかし近年は希望という名の光」をはじめとして、歌詞が注目される作品も目立つようになっていて、その印象は随分変わってきた気もします。

 

 1988年の彼のインタビューを読み返していたら、興味深い発言がありました。

 

「始めはね、日本語を乗っけるってのは無前提にどんな言葉でも無理だと思ったんですよね。アイウエオって母音が多い言葉だし、アイウエオ一つ間違えると非常に不快な乗り方になるんだよ。アクセントが違うし。字余りとかを乗っける勇気もないしね。だから始めは、内容どうのこうのというよりも、よりスムーズな韻の乗っけ方っていうのに、たとえゴロ合わせでも全神経を集中してやったんですよ。そういう人間をサウンド派と名づけたんですよね、サウンド指向と。で、そういうのに関係ない、泉谷しげるとか吉田拓郎のようなのをフォークと名づけたんですよ。優先順位の問題であって」

                (「ROCKING ON JAPA  FILE」)

 

 歌詞に対しては、価値判断基準、その優先順位が違っていただけだ、と言っているわけですね。

 確かに、シンガー・ソングライターというと、メロディやサウンドにスムーズに言葉をはめる人より、ちょっとはみ出した感じの人をイメージしますね。

 

   本来僕は彼の中では吉田美奈子が歌詞を書いた曲がとても好きなんですが、 

popups.hatenablog.com

 一番シンガー・ソングライターらしいなと僕が感じる彼の曲は、この「スプリンクラー」です。

 

 僕のイメージする”シンガー・ソングライター”というのは、普遍的でスタンダードなものじゃなく、その人ならではのちょっとクセのある視点、価値観が出た歌を作る人のことで、特にラブ・ソングにそういう曲があることが大事なように思います。

 

 この曲の、なにか揉め事があって、相手の女の子は手を振りほどいて地下鉄の階段を駆け降りてゆく、という状況の中で、主人公は

 君のもとに跪いて許してほしいと言えば済むの?とか、僕は君のおもちゃじゃない、とか、君なしでは生きられないというのは悲しい言葉で、言い出したらそれで終わり、だとか思うわけです。

 主人公がこのシチュエーションでこういう反応をしているポップ・ソングは他にないでしょう。

 本人もこう語っています。

 「だからあれは女性不信に満ちている、全面的にお前が悪いって」

                   (「ROCKING ON JAPA  FILE」)

 

 昔から「恋はフェニックス」「マッカーサー・パーク」を書いたジミー・ウェッブのような恋が成就しない、ペシミスティックな洋楽が好きだったという彼ですが、「スプリンクラー」以前にも「Paper Doll」などペシミスティックな歌詞は書いていました。

 

 しかし、「スプリンクラー」には明確な状況設定があり(雨の地下鉄。青山通りと表参道の交差点の千代田線の入口が歌の舞台なのだそうです)、ただ単に悲観的なだけじゃなく、ドラマ性が歌詞によって演出されています。

 遠ざかる彼女、壊れたスプリンクラーのように階段をこぼれ落ちてくる雨、そこで込み上げてくる感情が”彼女のほうが悪い”というのが新鮮で、かえってすごくリアルです。

 一方的に悪いと決めつけてるんじゃなくて、相手が悪いと思いながらむちゃくちゃ動揺しているのも感じますから。

 若くてナイーヴな男子のリアリティがすごく出ている。

 

 そう考えると、世界で他に類のないタイプのラブソングだと思うんですよね。

 

 この曲の歌詞の魅力、特異性をしっかり嗅ぎ取ったのが矢野顕子です。”弾き語り”でカバーしています。サウンド、アレンジを変えてもこの曲は魅力的であり、すなわち山下達郎は”シンガー・ソングライター”なんだという見事な実証例なんじゃないでしょうか。

  


Akiko Yano - Super Folk Song - 8. スプリンクラー

 

  最後にアルバム「Rarities」に入っているロング・ヴァージョンを。


Tatsuro Yamashita - Sprinkler ( Long Version ) スプリンクラー

 

OPUS 〜ALL TIME BEST 1975-2012〜(通常盤)

OPUS 〜ALL TIME BEST 1975-2012〜(通常盤)

  • アーティスト:山下達郎
  • 発売日: 2012/09/26
  • メディア: CD
 

 

 

Rarities

Rarities

  • アーティスト:山下達郎
  • 発売日: 2002/10/30
  • メディア: CD
 

 

 

SUPER FOLK SONG

SUPER FOLK SONG

  • アーティスト:矢野顕子
  • 発売日: 2013/04/10
  • メディア: CD