まいにちポップス

1日1ポップス。エピソード、歌詞の和訳、謎解き、勝手な推理、などで紹介していきます

「ベティ・デイビスの瞳(Bette Davis Eyes)」キム・カーンズ(1981)

 おはようございます。

    今日は1980年代のアメリカで3番目に売れたという「ベティ・デイビスの瞳」です。

 オリジナルは昨日このブログに登場したジャッキー・デシャノン。彼女が1975年にリリースした「ニュー・アレンジメント」というアルバムに収録されていました。


Bette Davis Eyes - Jackie DeShannon (1974)

 

 そしてこの曲をカバーして大ヒットさせたのがキム・カーンズです。


Kim Carnes - Bette Davis Eyes

 

 ”ジーン・ハーロウのような金髪    唇は甘い驚き

 その手は決して冷たくなることはない  彼女の瞳はベティ・デイビスのよう

 

 彼女が音楽をかけると あなたはもう考え直せなくなる

    彼女はニューヨークの雪のようにピュアで 瞳はベティ・デイビスのよう

 

    あなたを弄び 不安にさせる  あなたを喜ばせるためなら何でもいいの

 彼女は早熟 そして熟練者を恥ずかしがらせる方法だって知ってるの

    グレタ・ガルボのように、吐息交じりにあなたを遠ざける

 ベティ・デイビスのような瞳をして

 

 あなたに家まで送らせて(それが彼女の欲望をきたてる)

 彼女の玉座にあなたを横たえる ベティ・デイビスのような瞳をして

 

 彼女はあなたに身を任せながら

 あなたをサイコロのように転がすの

 あなたが青ざめるまで楽しむ ベティ・デイビスのような瞳で

 

 彼女はすっかり信じ込ませて あなたは丸裸にされてしまう

 どうでもいいことを投げかけて あなたを惑わせる

 彼女は獰猛 そして恋のプロさえ恥ずかしがらせる方法だって知ってるの

 男の子たちはみんな彼女はスパイだって思ってる

 ベティ・デイビスの瞳を持つ女

 

 あなたを弄び 不安にさせる  あなたを喜ばせるためなら何でもいいのよ

 彼女は早熟 そして熟練者を恥ずかしがらせる方法だって知ってるの

 男の子たちはみんな彼女はスパイだって思ってる

 ベティ・デイビスの瞳を持つ女

 

 あなたを弄び 不安にさせ 喜ばせる 

 あなたを信じこませ あなたを丸裸にする 

 あなたのことを知っている 彼女はベティ・デイビスの瞳を持ってるの"(拙訳)

 

  ベティ・デイビスアメリカ映画史上屈指の名女優。

 主に1930年代から50年代にかけて活躍したのですが、アカデミー主演女優賞5年連続を含む11回ノミネート(うち2回受賞)というのは当時ではぶっちぎりの記録でした。

 1999年にアメリカ映画100周年を記念して選定された”映画スターベスト100”の女優部門では堂々の第2位(1位はキャサリン・ヘプバーン、3位はオードリー・ヘプバーン)にランクされています。

 大きな瞳が印象的で、悪女をはじめとして様々な役を演じきる凄まじい演技力で評判の人だったようです。

 ジャッキー・デシャノンは彼女の「情熱の航路」という映画を見てこの「ベティ・デイビスの瞳」と言う曲のアイディアが浮かんだといいます。

 ただ歌詞は共作者のドナ・ワイスが書いていますので、ジャッキーがそのアイディアを彼女に伝えたのか、もともとドナの方のアイディアだったかは不明です。

 

 映画のほうは母親との関係が原因で心を病んでしまった女性が、ひとり船旅にでるうちに別人に変わってゆく話らしく、ベティ・デイビスの変貌ぶりが話題になったようです。(写真を見るだけでも相当な変わりようですね)

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 それから、ジーン・ハーロウは1930代にセックス・シンボルとして人気で26歳の若さで亡くなった女優。グレタ・ガルボスウェーデン出身でサイレント期からハリウッド映画の黄金期を代表する美人女優。ポップス好きにはユーミンペンネーム呉田軽穂の元ネタとしても知られていますね。

 

 

 さて、話を戻しますが、ジェッキーのオリジナルとキム・カーンズのヴァージョンは全然違う曲になっていると言ってもいいですね。あらためて聴き直してみても、このアレンジをしたキム・カーンズのスタッフはすごいなあと思います。

 主人公の女の”悪女度””魔性度”が全然違っていて、ジャッキーの歌の感じだったら、まあ一回くらい騙されてもいいか(?)なんて思わなくもないですが、キムのほうは、マジで怖いです(苦笑。

 

 さて、どう言う経緯でキムがこの曲をやることになったのでしょう。

 まず、前のアルバムの制作時にプロデューサーのジョージ・トビンがこの曲のデモを聴かせたそうです。テーマと歌詞に特に興味をもった彼女は歌いたいと言ったらしいですが、出版権の問題でうやむやになってしまいます。

 その後かなりたってから、キムがこの曲を気に入ってると聞いたドナ・ワイスが直接彼女に電話してきたことがきっかけで、新しいプロデューサーも曲を気に入って次のアルバム用にレコーディングすることになります。

 ちなみに、新しいプロデューサーはヴァル・ギャレイというピーター・アッシャーの元で働いていた人で、ジェイムス・テイラーの「JT」「ダディーズ・スマイル」やリンダ・ロンシュタットの「風にさらわれた恋」「夢はひとつだけ」といった名盤のエンジニアです。60年代にはジャッキー・デシャノンとも仕事をしていました。

 

 キムはこの歌の歌詞の世界に合わせてアレンジをもっとダークにミステリアスしたくてバンドと丸3日リハーサルしましたが、着地点を見つけられませんでした。

 そして通しで40回くらい演奏する途中で、キーボーディストのビル・クオモが中断して”こんなのダメだ!何かリフみたいなものが必要だ!”と言いだしました。

 キムとヴァルが「どんなリフ?」とたずねると、彼は後ろにあったシンセ(Prophet-5)であの印象的なイントロのリフを弾いたそうです。そして、全員それだ!ということで、曲全体を思いっきりシンセ・ポップの方向に切り替えることになりました。

 本来、アコースティックなポップ・ロックをやってきた彼女はこの路線は正直どう思っていたのだろう?と思ったのですが、どうやらノリノリだったみたいで、アレンジを詰める時に、ゲイリー・ニューマンの「カーズ」みたいなフレーズにしたらどう?などと、もう一人のキーボーディストに言っていたそうです。


Gary Numan - Cars

(このブログで5日前に登場したばかりですが、、)

 

 

 しかし、シンセ・メインのサウンドにはしましたが、彼女はライヴ・レコーディングが好きらしく、この曲はダビングなしの一発録りの2テイク目だったとのことです。結果的に無機質なサウンドとヒューマンなテンションがうまい具合にミックスされたことが、この歌の歌詞と絶妙にまっちしたのかもしれませんね。

 

 ちなみに、この曲の影の功労者ビル・クオモはこの曲のイントロも考えています。 


Steve Perry - Oh Sherry (lyrics)

 

 
  ここで、キム・カーンズのプロフィールを少し。

 独特のハスキー・ボイスで迫力のある歌いっぷりが印象的ですが、ソングライターとしての才能もあった人です。

 カリフォルニアで生まれ育った彼女は若い時から音楽活動を始め、ソングライターとして最初に契約した会社はドン・ヘンリーグレン・フライ、JDサウザーなども契約しており、彼らとデモテープを一緒に作ったこともあったそうです。

 最初の目立った仕事は、ニューシネマの傑作として再評価された映画「バニシング・ポイント」(1971)のサントラで、シンガーとして”キム&デイヴ”と言うデュオで「Nobody  Knows」を、作家としては「Sing Out For Jesus」と言う曲をビッグ・ママ・ソーントン(エルヴィスの「ハウンドドッグ」のオリジナルを歌った人です)に提供しています。

 そのほか1970年代前半に日本でも人気のあったアイドル、デヴィッド・キャシディにも何曲か提供(共作)しています。

 アーティストとしても1971年にデビューしますが、最初の3作はチャートの200位にすら入りませんでした。

 そして彼女がヒットを出すのは1980年になってからで、スモーキー・ロビンソンのカバー「モア・ラブ」が全米10位、ケニー・ロジャースとのデュエット「荒野に消えた恋Don't Fall in Love with a Dreamer)」が全米4位になります。「荒野に消えた恋」は彼女と夫のデヴィッド・エリントンが書いた曲でした。


kenny rogers Don't fall in love with a dreamer

 

 そして、翌年「ベティ・デイビスの瞳」で頂点に立つわけです。

 その後は彼女はヒットに恵まれず徐々にリリースも無くなっていきます。大きすぎる成功の代償でしょう、「ベティ・デイビスの瞳」の印象が強すぎたのだと思います。しかし、彼女自らが選び、やりたい方向でりあげた作品で大ヒットしたわけですから、それはそれで幸せなことなのでしょう。 

 

 

 

私の中のドラマ

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